女王のお城へ
その年の冬は、なかなか終わりませんでした。あいかわらず、冷たい風が吹いて、雪が降りつづき、湖の水は凍ったままでした。
長く続く冬に、王様は命令を出しました。冬を治める女王を探し出し、季節を終わらせよと。
若者は、北へ向かいました。
わたしを さがして いとしい ひとよ
ふゆの じょおうの すむところ
ゆきに こおりに ふくかぜに
もしも わたしを みつけたら
もしも まことに のぞむなら
きせきを おこして みせましょう
吹く風に混じって、歌が聞こえてきたような気がして、娘は手を止めました。
けれども、それは気のせいだったのでしょう。風が、ごうごうという音を立てて吹いていましたから。
「冬なんて大嫌い」
かじかんだ指に息を吹きかけながら、娘はつぶやきました。家の中で、外套を着ていても、寒さはあちらこちらから入ってくるような気がしたのです。
「いいことなんて何ひとつない」
母親はある雪の日の朝、亡くなりました。父親は町で働くと言って、出て行きました。雪が降ったら帰ると言っていたのに、帰ることはありませんでした。娘はずっと、ひとりで冬を過ごさなくてはなりませんでした。
わたしを さがして いとしい ひとよ
娘が、歌の一節をふと声に出したときです。扉が開く音がして、雪が吹き込んできました。
近づくと、扉のそばに若者が倒れているのがわかりました。
若者の体は冷え切っていて、とても助かるとは思えませんでした。けれども、娘はあきらめませんでした。若者の長いまつげに雪がついていて、ふるえているように見えたからです。
「女王様を探しているんだ」
目を覚ました若者は、言いました。何でも、冬を治める女王様を探し出すことができれば、この冬を終わらせることができるのだそうです。
……ばかばかしい。
娘は思いました。たしかにそんなお話はあります。四季の女王様方のお城には塔があって、女王様が代われば、季節も変わると。でも、それはお話です。単なるお話のはずです。
「どうやって、女王様を見つけるつもりなの?」
「わかるんだよ、何となくだけれど。こっちにいるような気がしたんだ」
「むちゃだわ、こんな雪の中、ひとりで探し出そうなんて。助かっただけでも奇跡みたいなものよ」
「ひとりじゃないよ、はぐれてしまったけれど……ねえ、雪がやむまでここにおいてくれる?」
娘は、「いいえ」と答えようとしました。でも、口から出たのはなぜか「いいわ」ということばでした。
若者は笑いました。それは雪がやんだ朝にさしこむ、日の光のような笑顔でした。
次の日も、その次の日も雪は降っていました。
編み物をする娘を、若者はながめていました。日が暮れると、娘は手を止めて、若者の話に耳をかたむけました。
若者は女王を探してあちこちを旅していましたから、いろいろな町や村の話を知っていました。しかし、それは冬の話ばかりでした。
「冬は嫌いよ」
娘は言いました。
「なぜ?」
若者はたずねました。
「……だれもいなくなった気がするから」
「いなくなっていないよ、見えないだけさ」
森の木も動物たちも人も、やがて来る春を待っているだけだと若者は言いました。でも……と娘は思いました。春は遠く思われました。雪が氷がとけてなくなる日が来るとは思えませんでした。
「冬が終わることがあるのかしら」
若者は娘の頬に手を当てました。
「そうだね。きみがほんとうに望むのなら」
もしも まことに のぞむなら
歌の一節が思い浮かびました。
望みってなんでしょう。
娘はすりきれた外套の袖をなでました。母親の当てたツギがあちこちに残るそれは、雪の降る季節なのに、父親がなぜか残していったものでした。
娘は、雪がやまなければいいのにと思いました。
雪は静かに降っていました。