襲撃者
男は暗殺者に追われていた。そして、感じていた。
敵は残忍な行いを躊躇なくする組織だ。それを証拠に家族も殺された。
今は無力な自分を呪って逃げ続け、家族の冥福を祈るしかない。
――俺が一体、なにをしたっていうんだ?
暗殺者の姿を確認して物陰に隠れる。見つかってしまえば終わりだと知っていた。
しかも敵は常に最新の武器を装備しており、更に一撃で死に至らしめる格闘術も持ち合わせている。
隠れつつ思う。俺に力があるのなら、復讐してやれるのにと。そして、逃げたとしても安住の地は、どこにあるというのだろうか? という不安も生じる。
光ある世界には、彼らの目が常に存在している。逃げ場があるとすれば影の世界。廃墟や地下道といった、人の目がとどかないところしかない。
考える余裕はなく、選択も限られてきていた。それでも冷静に行動を模索する。
憤死の覚悟で、復讐を果たすか? 安住の地を求める旅に出るか?
どれも最悪な状況に変わりはない。
失敗が死に直結する逃亡劇を、続けなければいけない現実がある。そんな複雑な想いを結論づけて覚悟を決めた。
どんな状況に陥っても立ち向かおうと――。
家族は復讐を望まないかもしれないが、自分にもプライドがある。力及ばないのはわかっていた。一撃でもいい。相手に手傷を負わせることができれば本望だ。
意を決すると物陰から飛び出して、暗殺者のひとりと対峙した。殺意のこもった暗殺者の視線が向けられる。
「いたぞ、追い詰めろ。逃がすな!」
周囲に響く暗殺者の怒号。
足音が響いたかと思うともう一人の暗殺者が姿を現し、挟みこまれた。暗殺者の手には殺傷武器がある。
動きをとめたら、狙い撃ちにされて終わりだ。
そう判断して、暗殺者の一人に体当たりを仕掛けた。
「うわっ!」
思いがけない反撃だったのだろう。暗殺者が声をあげる。
ところが直後に、暗殺者の攻撃を受けて床に叩き伏せられた。爆発的な腕力の前に成す術もない。
顔をあげた時には既に、二人目の暗殺者が武器を構えていた。
「が……」
慌てて反射的に飛び退いたが、回避したとは言い難かった。呼吸ができなくなり、建物の中に身を隠す。
敵の武器が何だったのか――。
全身に小刻みな震えと寒気が襲ってきて、置かれた状況を理解する。毒ガスか。
急激な睡魔に、身を任せることしかできない。
意識を失うまでの数十秒が何時間にも感じて、脳裏には家族との思い出が走馬灯のように駆け巡っていた。
男が息絶えた場所。そこは僅かな光しか届かない、粘着性のある生臭い空間であった。
暗殺者たちは建物に入ることはせずに、入口である小さな扉から覗きこむ。
男に死を与えた二人の人物は、暗殺者とは程遠い容貌をしていた。
眼鏡をかけたサラリーマンのような男性と、女の子である。男が本当に息絶えているのか、確認するのに彼らは慎重であった。
そして任務が完了したのを知ると、暗殺者の子供が口を開いた。
「どう、お父さん。死んだ?」
「ああ、殺虫剤から逃げようとしたみたいだが、うまいことゴキブリポイに入ってくれたな。このまま捨てることができるぞ」
憐れな男は暗殺者に運ばれ、非情にも建物とともにゴミ箱へ投げ捨てられた。




