感謝
ある屋敷に双子の兄弟がいた。彼らは生まれてすぐに親元から離され、屋敷に移り住んだ。いわば養子のような存在だった。
兄は行動力がありながらも、周囲の者たちを気遣う優しい少年。弟は冷静でありながらも、我が儘放題の自信家だった。
長閑な春風を背に受けながら、兄弟はいつものように庭先でのんびりと会話をはじめた。
「なんて僕らは幸せなんだろう。こんな広い屋敷に住めて、たくさんの人に愛されて。前を思えば、これほどの幸せはないよ」
兄は心地よい日差しを受けて目を細める。そして、全身を震わせて喜びに浸った。
兄の横に座る弟も鼻から息を吸いこむ。桜の花びらが彼らの周りを舞い散っていく。
「そうだね。母さんと離れることにはなったけど、主人や召使いたちも僕らを世話してくれる。思いっきり我が儘をいっても許してくれるし」
弟の話を聞いて兄はその頭を叩いた。弟は不服そうに兄を睨んだ。
「なにすんだよ、兄ちゃん。この前、召使いたちに喧嘩するなって怒られたばかりだろ」
兄は自信家の弟を指導するように、度々叱っていた。養子として二人を迎えてくれた主人は寡黙で教育熱心とはいえない。それでも愛してくれていることは確かではあるが、逆に弟を増長させてしまっているのは事実だった。
召使いたちも弟の言動を許している。心優しい彼女たちのお蔭で何不自由のない日々を送れるのだが、数日前には弟が、召使いに腹をたてて食ってかかった事件があった。
それが原因で弟は外に追い出されてしまったのだ。追い出された弟が、しばらく悲しい声で泣いていたというのが、その時の状況だった。
さすがに屋敷の主人も召使いも弟が可哀そうになったのか、すぐに室内に入れ戻してはいたが。
「我が儘を言うから、怒られるんだろ。もっとちゃんとしないと、しつけられるぞ」
兄の言葉を聞いて弟は立ちあがると、庭先の端を思いっきり掘りはじめた。あっという間に穴ができあがり、弟の体は土塗れになる。
その時、弟の行動を見た召使いから悲鳴があがった。
「おねーちゃん、ジロがまた穴掘りしてる!」
ジロと名前を呼ばれた弟は、召使いのひとりに軽々と持ちあげられて風呂へと運ばれる。
残った兄の頭を撫でたもうひとりの召使いが、奥にいる年下の女子を見た。
「タロはいい子なのにね。ジロはペットショップから買った時から暴れん坊だね。しつけ教室に通わなきゃ駄目かな?」
兄は言われて『ワン』と一声吠える。なんの不自由もない一日を暮らす彼らの平和な日常。兄をタロと呼んだ少女は風呂場でジロを洗う妹を見て、軽いため息を漏らした。
「ねえ、タロとジロって私たちのことをどう思っているんだろうね」




