愛のかたち
最新医療機器が導入されている、とある病院の一室でひとつの騒ぎがおきていた。
「だから言ったじゃない。私は、この人に遺産の半分をもらうって約束していたのよ!」
ひとりの女性が、病室に響き渡る大声をあげて叫んだ。
すると老父の妻が、女性の声をかき消すように身を乗り出して叫ぶ。
「よく言うわ。お金目当てで転がりこんできた泥棒猫が! 婚姻届も出してないくせに」
病室の奥には、危篤状態となった老父が眠っている。その老父の遺産をめぐって、二人は争っていたのだ。
つかみ合いの喧嘩になりそうな二人の間に割りこんで、もうひとりの女性がとめた。
「やめてください。まだ、危篤状態じゃないですか」
二人をとめたのは老父の孫だった。彼女の横には老父にすがりつきながら泣き叫ぶ、少女の姿がある。
争っていた二人は、互いに老父の妻を名乗っていた。
「遺産の半分をもらう」と豪語した婦人は二十五歳。一年前に老父と親しい間柄となり、金目当てとしか思えない若さと美貌で彼をおとしていた。
婦人に「泥棒猫」と叫んだ妻は、年が五十で籍を入れたのは五年前だ。
遺産相続人となる老父の妻が亡くなった直後から、二人は老父につきまといはじめたのだ。彼女らに思惑があるのは、誰から見ても明らかだった。
「おじいちゃん、目を覚ましてよ。一緒にお山に行こうって言っていたのに」
大人たちの争いを横に、少女は大声で泣いていた。老父の孫は涙にくれる我が子を強く抱きしめる。
その時だ。扉を開けて黒服の男が姿を現した。全員が動きをとめて入室してきた男を見た。
「失礼します。遺産相続の件で来ました」
あまりの手際のはやさに、全員が驚く。
皆の反応を無視して、男はカバンから録音機を取り出すと、その音声を再生していた。
『だから言ったじゃない。私は、この人に半分の遺産をもらうって約束していたのよ!』
『よく言うわ。お金目当てで転がりこんできた泥棒猫が! 婚姻届も出してないくせに』
しかし再生されたのは、老父の遺言となるものではなく、先程の会話だった。
黒服の男はちらりと床にいる老父に目をやると、録音機を彼の枕元に置く。
すると驚くことに、危篤だったはずの老父が起きあがっていた。
「……ありがとうよ。お蔭で遺産の分配が決まったよ」
老父は言いながら、少女の頭を撫でてやる。彼の孫も老父に抱きついて号泣した。
弁護士はそんな老父と親子の姿を見ながら、争っていた二人に向かって冷静な口調で告げた。
「悪く思わないでください。これもビジネスですので……あなたたちは騙されたと感じたでしょうが、これもお互いさまだと思ってください。そう、愛に勝る、お金などないのですよ」




