告白
講義が終わると生徒たちは、素早く筆記用具を片づけて教室を出ていく。
その中で、マイペースに筆記用具を片づける女性。男はその女性をじっと見つめていた。
男が見ているのは、一年前に意中の人になった女性だ。好きになったのは、大学の合格発表の時だった。
寒い中、合格発表の番号が記されている貼り紙の前にいた女性は、手袋を着けていなかった。冷え切った指先を呼気で温めながら番号を探していたのだ。
その姿を見て、まるで木の実をかじっているリスのようだなと思った。
番号を見つけて飛び跳ねる姿も小動物のようで、守ってあげたいと思ってしまったのだ。
いつかは告白しようとチャンスを狙っていた。今なら教室にいるのは自分と女性だけ。ようやくそのチャンスの時がきたのだ。
はやる気持ちを抑えようと思いつつも、いつの間にか駆け足になってしまっていた。それだけ気が急いていた。それでも、時が経つにつれて積み重なっていった想いは、男の口からはっきりと出た。
「一目見た時から好きでした。お願いします。僕と付き合ってください!」
告白された女性は一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに白い歯を見せて笑った。
「こんな私でもいいの?」
女性の問いに、男は迷わず首肯する。そして、用意していた手紙を差し出した。
明日、午後七時に隣の駅前で落ち合い、食事に行きましょうと書いたものだ。
食事に行く場所は夜景が奇麗に見え、『カップルに最適。雰囲気も良くなり、最高の夜を迎えること間違いなし』と雑誌で紹介されるような、展望レストランであった。
食事の料金は決して安くはない。それでも女性を誘うためだけに、男はアルバイトで貯金し続けた。これからの学生生活を幸せに過ごす有意義な投資と考えていた。
幸せな時間を前に多くを語る必要はない。その日は言葉少なく女性と別れ、自宅に戻ると興奮状態のまま寝た。
翌日の夜にはスーツにネクタイ姿。鏡の中の自分は、知的な男性にしか見えない。
電車に乗りながら考えていることは、デート進行のシミュレーションだ。そのため、隣の駅に着いたのが早く感じた。
時計を見ると予定通り、待ち合わせ時間の十分前だ。
ところが、約束の時間になっても女性は現れない。聞いた携帯電話の番号にかけても、彼女は出ない。
まだ電車に乗っているのか? もしかしたら、不備があったのかもしれない。
男はそう思いながらも、今度は女性の自宅に電話をかけた。
すると意外にも、コール数回で、「はい」という女性の返事があがった。彼女の声だった。
「なんだ。まだ自宅にいたのか。もしかして約束を忘れてた?」
男の問いかけに、彼女は受話器の向こうで「え?」と声をあげた。
「約束? なんのこと?」
「とぼけないでくれよ。昨日、君に告白したろう。君はオッケーしてくれて。今日、食事をする約束だったじゃないか」
男の言葉を聞いた彼女は、唸るような声を出しながら聞き返した。
「告白されてオッケーしたのって、もしかして私の双子じゃあ」
男は「えっ」と声をあげた。女性が双子とは知らなかったのだ。そう、双子だから声が似ているのは当たり前である。男は気まずい雰囲気になったと思って慌てて弁解した。
「ごめん。双子とは知らなかったんだ。ということは、僕が告白したのは君のお姉さんか、妹さんか。一目惚れだったから、詳しいことも訊かないでいたよ」
そんな男の弁解に、受話器の向こうの女性も気まずそうに告げた。
「違うわ。私たち、二卵性双生児なの。あなたが告白したのって、多分……弟よ」