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短編集 ~一息~  作者: つるめぐみ
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アドバイス

 お盆ということで墓参りに行くことにした。毎年、兄に任せてばかりだったので、今年は、次男のお前の役目だと言われたのだ。

 小さいながらも父の会社を継いで兄弟で頑張ってきた。そのため、兄は忙しそうだからと言い出せなかったらしい。今年はお前の顔を父さんも見たいはずだからと言われ、二十年ぶりに墓参りにきたわけだ。

 水桶に花、ローソクと線香、供え物などを手にして墓地の道を歩いていく。

 しかし、向かう途中で思いっきり転んだ。転んだ拍子に近くの墓石の角に膝をぶつけてしまい、嫌な感触に顔をしかめる。捲し上げて見てみると、皮膚が裂けて血が出ていた。

「くそっ、こんな場所で……」

 当然、傷を治療する薬や絆創膏といった気の利いたものはない。それなので血が出ているのも構わず、捲し上げた服を戻し、そのまま墓参りをした。

 慣れない手つきでも兄に教わった通り墓参りをした。後片付けもしっかりした。

 それなのに、妙なものは信仰も関係なく憑いてくるらしい。

 墓参りで負った傷は、今では人の顔のようになっていた。そう、人面瘡というやつだ。

「そんな経営の仕方じゃ、会社は潰れるぜ。いいから俺を信じてみな。悪いようにはしないから」

 どうやらこの人面痩、膝をぶつけた墓の主だったそうで、生前は腕利きの経営コンサルタントだったらしい。

 この人面痩の言うことは間違いないのか、墓石に刻まれた名前を頼りに調べてみたら本当に経営コンサルタントだった。そのため、アドバイス通りにしてみると、利益が一気に上昇したのだ。

「ほらな、俺の言うとおりだったろう。言っておくが、今のは第一段階だぞ。第二段階はもっと利益につながる。そして最終段階までいくと、お前さんは立派な第一企業の社長になっているはずだ」

 口調は荒いが、言うことは正しいので従い続けた。

「よし、今度はコスト削減といくか。従業員の残業や使用している商品、それと電気代、抑えられるものは徹底的に抑えるぞ。削減した経費は広告料や宣伝費用にするんだ」

 面白いように利益は伸び、兄にも気味悪く思われるほどだった。それもそのはず、今まで積極的に経営や利益のことは考えてはいなかった。それが、人が変わったように利益のために動きはじめたのだから当然だ。

「あの企業の従業員は優秀なんだ。裏で声掛けして引き入れよう。ここの経営には穴がある。そこを突いて客を奪い取ってやろう。あと、この税金なんだが……」

 しかし、人面痩がいう最終段階に近くなると、だんだん怖くなってきた。汚いことをするのを強要するようになってきたのだ。

「君には感謝している。けれど、そこまでするのは望むことじゃない。クリーンな企業。それが兄と決めた経営理念なんだ。だからそれは僕たちの意思に反する」

「おいおい、せっかく面白くなってきたのに、裏切りってわけかい?」

「僕はそんなことまでするとは聞いていない」

 人面痩がぴたりと話すのをやめる。そして、歯噛みした。

「やはり腹がたつ奴らだな。親子ともども、俺のアドバイスをきかないわけだ。だから小さな会社のままなんだよ」

 なるほど、これで納得した。どうしてこいつに憑かれたのか不思議だったのだ。

「もうすこしで、もうすこしで俺の思い通りになったのに。馬鹿な判断をしたと、きっと後悔するぞ」

 その言葉を最後に人面痩の目が塞がり、口が塞がる。顔のように隆起していた腫れも平面となり、人面痩は完全に消えてしまっていた。

「僕は……悪い夢でも見ていたのか」

 奇麗に治った膝を見て思う。自分の選択は正しかったのかと。

 しばらく会社の経営はうまくいくのかと不安でしかたなかった。

 しかし、自分が変わらなくてはいけないと考えを改め、本屋に行って経営関連の本を数冊買った。その成果が出たのだろうか。利益は以前よりは上がらなくなったものの、急激に下がることもなかった。

 早朝のテレビでは大企業の汚職と偽装が発覚したと騒いでいる。つい最近になって急激に業績が伸びた企業だ。

「社長さん。真面目そうなのにな。いや、顔だけで判断するのはおかしいか」

 兄の話を聞いて、連行されていく社長を見る。そこで思わぬものが目に入り、背筋に寒気がはしった。

 社長の首筋にある深い傷――それが、まるで笑っているように見えた。

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