いたみとあいと
部屋を出て階段を降りた二人は受付台と小さな机が設置された、玄関のある部屋を訪れていた。
どうやらここは宿のロビーらしく、二人は何かを探し受付の奥の部屋の様子を伺っている。
「おばさんいそう?」
「いや、奥にはいなさそうだな。」
「食堂の方かな?」
「この時間だとそうだろうね、とりあえず私達も食堂へ……。」
そう言って踵を返そうとする二人の背後から、活気のある女性の声がかかる。
「あらおはよう二人とも、何か用かしら?」
二人が声の元へと目をやると、そこには恰幅の良い中年の女性が大きな籠を肩に背負って立っており、二人へと向けにこやかに手を挙げていた。
「おはようございます、女将さん。」
「おばさん、おはよー!」
小さく会釈を返すベリアと、言うが早いか上機嫌のまま女性へと勢いよく飛びつくネフィア。
女性は飛びついてきたネフィアを片手でしっかりと抱きしめると、籠を近くの机に置いて両手でネフィアを抱き直し、ぐるぐると回り、はあと一息ついた。
「はっはっは、ネフィアちゃんはいっつも元気だね、おばさんまで嬉しくなっちゃうよ。」
「……申し訳ありません、朝からご迷惑を。」
「いいのよいいのよ、ほらベリアちゃんもおいで。」
「……え、いや、流石にそれは少しばかり気恥ずかしく……。」
「はっはっは、ベリアちゃんは恥ずかしがり屋さんねえ。」
「そういう訳では……、あ、そういえば朝食を……。」
頬を赤らめながら話すベリアを横目にネフィアを降ろす女性に、ネフィアは不思議そうな視線を向け話す。
「……わたしが元気だとおばさん嬉しい?」
「ん?……そうだねえ、ネフィアちゃんみたいに元気一杯な子を見てると、おばさんまで元気をもらえるからねえ。」
「……えへへー、じゃあわたし、もっと元気一杯になる!」
そう言ってにこにこと笑うネフィアに、先程女将さんと呼ばれた恰幅の良い女性は、また笑顔でネフィアを抱き抱えぐるぐると回り。
「あの、朝食を……。」
1人取り残されたベリアは、ぽつりと言葉を漏らすのだった。
「いやあ……、おばさん年甲斐もなくはしゃいじゃったわねえ……。」
肩で息をしながら受付の椅子に座り、ぱたぱたと手で顔を仰ぐ女性へとベリアは持っていたハンカチを差し出す一歩後ずさる。
どこへ行ったのか、その場にネフィアの姿はない。
「あらありがとうね、……ふう。」
「……ネフィアがご迷惑をおかけしました、申し訳ありません。」
深々と頭を下げるベリアに、女性はちょいちょいと手招きし、ベリアは首を傾げつつも女性の近くへと歩み寄り、片膝をついた。
「ほらベリアちゃん、もう少し寄って、そうそう。」
「……?」
女性は怪訝そうな表情をするベリアの頬に、ふっと優しく包むように両手を添え、柔らかく微笑みかける。
「……えぇと。」
「……ベリアちゃんももっとおばさんに甘えてくれていいのよ、ベリアちゃんもネフィアちゃんも、もうおばさんの可愛い娘みたいなものなんだから。」
「……。」
「恥ずかしいかもしれないけどねえ、もっと甘えてくれたら、おばさんも嬉しいわ。」
そのまま胸元へとベリアを抱き寄せる女性に、ベリアはどこか物悲しげに瞳を閉じる。
「やはり少し気恥ずかしいものがあるので、善処します。」
「……うふふ、おばさんもベリアちゃんくらいの頃は甘えるのは恥ずかしかったわ。」
「気が向いたらでいいのよ、いつでも甘えてちょうだいね。」
「……ええ、その時はまたぜひ。」
そう言ってゆっくりと立ち上がり深く頭を下げるベリアに、女性も苦笑しつつゆっくりと立ち上がる。
「それじゃあ朝ごはんにしましょうかね、……あら、そういえばネフィアちゃんは……?」
「……ああ、恐らく部屋に戻ったのだと思います。それではネフィアを連れてすぐ食堂へ向かいます。」
「ええ、それじゃあ今日はいつもより張り切っちゃおうかしらねえ!」
袖をまくり上げ食堂へと向かっていく女性の後ろ姿を見送り、ベリアは降りてきた階段を上り、自室の扉を開きベッドへと仰向けで倒れこむと、自分しかいない部屋でぽつりと、けれど誰かに聞かせるように言葉を続ける。
「女将さんはいい人だな、私達みたいな得体の知れない奴らなんかに、ああやって優しく接してくれる。」
「……それも真っ向から、裏表なく……。」
「だけれど少しだけ、……少しだけ眩しかったんだよな。ネフィア。」
のそりとベッドから身を起こし立ち上がるベリアの視線の先には、先ほどまで誰も居なかった筈の場所に、ネフィアが膝を抱え、伏せ目がちにベリアを見つめていた。
「……行こうか、ネフィア。女将さんが待ってるよ。」
「……うん。」
差し出されたベリアの手をきゅっと握り返し扉へと向かうネフィアの小さな身体は、普段よりどこか更に小さく見えた。
やっぱり暗いじゃないか