郷原
国はよほど切羽詰って来たらしい。
成績を出せない人形乗りはBMIとの情報伝達を円滑にする為に、部分的侵襲式手術を受けさせられることになっていた。
硬膜下に電極を設置し、頭がい骨によって阻まれていた電気信号を伝達し易いようにする。
聞くだけで痛そうな話だ。
ポイントが無くなった人形乗りはもっと悲惨だった。
完全侵襲式手術―――脳の毛細血管一本一本に極細のワイヤを通し、ニューロン全てに接続する手術を受けさせられる。
前者は八割成功するが、後者は血液型がAB型として生まれる確率と同じくらいだそうだ。
「経験のあるプレイヤーを十中八九は死ぬ手術を受けさせるなんて最悪の下策だ」
ミッションプレイ中にそう漏らす。
参加プレイヤーが全員、高位ランカーで検閲設定が解除されていた為に出来た発言だった。
その夜、一人の人形乗りが部屋を訪れて来る。
「久しぶりです。『郷原弁慶』です」
相変わらず落ち着いた声だ。
抑揚がつき、ゆったりとした語りには一音一音、力がある。
肩章は線が一つに星三つ。
あれから一尉へと昇進したらしい。
服の上からでも分かる胸や腕の盛り上がりは、ぼくら即席とは違う。
鍛え上げられた本当の自衛官ということだろう。
苦行僧。
彼の顔を端的に纏めるならこの一言に尽きる。
四角く角張った顔つきは武骨であり、ほお肉すべてを削ぎ落とした洗練された形。
こめかみに浮かぶ筋は剃り上がった頭にまで続き、まるで刀傷だ。
口元は固く引き結ばれ、何か得体の知れない痛みを噛み殺しているようにも見えた。
ベッドに腰を下ろすよう勧めると「ありがとう。しかし、ミッション後で汗を掻いているので、こちらに座らせて貰います」と床に直接、腰を下ろした。
ぼくも同様に床で胡坐を掻く。
座る時に郷原一尉を見下ろす形になったのだが、そこには僅かながら手術跡があった。
完全侵襲式を受けた跡。
「郷原さん、ランキング一桁でしたよね」
普段の接触が無くても、ベストテン入りしているプレイヤーの名前くらいは覚える。
『郷原弁慶』。
彼は確か六位から八位の間を行き来していたはずだ。部隊運用が上手く、一人の人形を囮にして敵木を集め、包囲して叩き潰すスタイルで大量ポイントを得ている。
釣り野伏と違うのは、囮役は部隊の中で最も強いプレイヤーではなく、立場の弱い者が採用されるところだろう。
囮を任された人間は、人形全損分のマイナスを負担する羽目になる。
自分の理想を押し付け、他人の痛みが分からない。
そういう人間が言いそうなことを、彼は続けて話した。
「入隊することを決めてから、自分の命は国に捧げています。より多くの敵を打ち倒せる力が得られるならば、手術は受けるべきです」
ぼくの問いかけに返事もなく、前置きすら無い。
昼間のプレイでの発言を咎められたのだろう。
ぼくは首を横に振って答えた。
「郷原さんのように自分から志願した人はそうでしょうが、ぼくらは違います」
「有事です。人形が使い捨てだとは言え、回収しなければ資源が尽きる。下位のプレイヤーを強化するか、減らすかの二択になるのは仕方がありません」
会話が微妙にかみ合っていない。
「ぼくらに死ねと言ってるんですか」
「吹聴して回ることを止めるよう言っています」
「なぜです」
「士気に関わります」
「成績が悪ければ、施術を受けさせられる恐怖に突き動かされることが士気ですか」
「恐怖であろうが、愛国心であろうが変わりません」
「だいぶ違う気がします」
「結果は変わらない」
寸断するように語尾を区切る郷原。
彼は答の無い質問をする子供に対して、説明しきれずに癇癪を起こす大人が、無理に言い含めるように強く、断定した口調で言葉を繋いだ。
「人を殺す。交渉が出来ない。この二つが分かっていれば、もはや我々には戦うことしか出来ない。俺はここに金を稼ぎに来たのでも、資格を取りに来たわけでも、騙されたわけでも、安定を求めたわけでも、刺激を求めたわけでも、ない。日本という国を守る為になった。だというのに純然たる隊員の中ですら任期満了で隊を辞める、今すぐ辞める、戦争になるなんて聞いてない――」引き結んだ唇の奥から、続く言葉を噛み潰すように鈍い音が籠もる。
「まして、ゲームなんて生産性の無いものに時間を費やす人間が、何人死のうと知ったことではない」
そのもの良いは飾り気がなく、いっそ清々しい。
世間様の顔色を窺って、腫れ物に触るよう扱う報道よりはずっと好感が持てる。
「郷原さんと初めて会った時から、そんな風に思われてるなとは感じていました」
開き直るな、と郷原は唸りを上げる。
「元々、真実を告げずに戦争へ参加させていたのは士気への影響が理由の一つだ。例え大国との戦争に敗北したとしても、国は教育を変えるべきでは無かった。子供とは国の礎。国が弱体化するのは避けられない。現に今、国民皆兵を求めたところで、日本人に戦う気概なんてものは無い。だからこそ戦時下の自衛隊に自らの意志で入る人間などは希少で貴い。ならば犠牲にしても構わない、志を持たない人材を無理にでも強化する必要がある。それが完全侵襲式手術だ」
被施術者が操る人形の動きは速く、的確だ。思考から動作に繋がるまでのタイムラグが少なくなり、自身の体を動かすのとほぼ変わらない感覚になるという。一騎当千では無いが、他を圧倒する操作技術を得られる。
その証拠としてあっという間にランキングは追い抜かれ、数か月後にはイクトことぼくの順位は三桁に乗ろうとしていた。まだギリギリ手術を免れているが、あと少しでも順位を落としたら、頭を掘られるだろう。
黙り込んだぼくに対し、郷原は大きく息を吸出し吐き出すと共に立ち上がった。
そのままこちらを振り返りもせず、部屋を出て行く。
「貴方も早く手術を受けて下さい。そして――国の為に死んで下さい」
正した、しかし機械的な口調でそう言い残して。
後日、郷原を昔から知っているという自衛官とミッションが同じになった。
チャットで話を聞くと、彼は元々『用捨人形』が好きなだけの一般ゲーマーであり、ぼくよりも五年も前に徴兵されたそうだ。
脳手術を受けた後は、自分が進んで志願したと信じ込んでいるらしい。
「すまない」
そう言われたので、以前はきっといい人だったのだろう。
横柄な態度に共感するのではなく。
郷原の代わりに謝ろうと、そう思われるくらいには。