希望
「あたしは神様でもないし、ここはゲームの世界でもないけど、あんたの願いを叶えることは出来るよ」
スピーカーから個人通信。
聞き覚えのある声だった。
耳に心地よい。
もう二度と聞くことは無いと思っていた声。
「宇宙に帰っているのだと思っていたよ。アレク」
ぼくは少しも笑いもせず、彼女の冗談を聞き流す。
ひどい嘘だ。
ぼくの怒りを、化生以外のモノに向けさせないで欲しい。
大使と共に早く逃げろ、そう叫びたくなる。
「皮肉はよしてよ。イクトは冗談かと思っているだろうけど、私は本気で言っているの」
「怒るぞ。いいから早く行けよ」
「それが出来ないんだってば」
苛立つ心を理性で沈めようにも、湧き上がる怒りは消えはしない。
自然と語調は強くなる。
「なんでだよ」
けれど、アレクシーは気にした風も無くその理由を述べる。
「ママが言うにはね。あたしたちの宇宙船って、ここから一番近い銀河の外縁にある植民惑星までしか、飛べる燃料を積んでいないんだって。ただね。そこはもう既に星全体が侵食されているらしいの。救難信号を他惑星にも送っているのだけれど、返事は無いんだ」
何に侵されているのか、他の惑星はどうなっているのか、とは聞かなかった。
焦燥感が心臓を揺さぶる。
なんだそりゃ。
ふざけんなよ。
何億年後かって話だったろ。
「直接、母星まで行けよ」
「話聞いてた? 燃料がないんだってば」
「石油じゃダメなのか」
「地球上にある全てを合わせても足りないし、そもそも石油では動かないよ」
「じゃあ、お前はどうなるんだ!?」
ぼくは堪え切れずアレクを怒鳴りつけた。
そんなことがあって堪るかと。
そんな救いが無い話が在って良い筈無いと。
アレクに対して、理不尽に対して、全てに対して怒鳴り散らした。
喉を傷めせき込んだぼくを宥めるように、通信先の相手は穏やかな声が正気に戻す。
「そこを君と相談したいのだよ。私の可愛い娘婿」
「……大使」
ぼくは喉元がへばりつき、つっかえながらも「今の話は本当ですか」と尋ねた。
「そうだね。私たちはもう故郷の星に帰ることは出来なくなったよ。まいったね」
あっけらかんとした態度に、またもや怒りが再燃する。
「あなたが諦めてどうするんだ!」
あんたが諦めたら、アレクも同じ運命を辿ることになるんだぞ。
もしもそんなことになったのならば、ぼくは―――きっと堪えられない。
たとえ死しても、化生を滅し続ける幽鬼と成り果てるだろう。
しかし、ぼくの叫びに答えることは無く、大使は相談事を話し始めた。
「私は地球からずっとずっと遠いところから来たと話したよね。当然、ただ普通に飛ぶだけではここに至るまで何億何兆と年数を重ねて、辿り着くころにはお婆ちゃんになってしまう。私たちの宇宙船はね。光速を超えるんだ。意味は分かるかな」
彼女は真剣な時でも変わらない。
教え子を試すように問いを投げかける。
光の速度を超える。
そして、アレクは言った。
ぼくの願いを叶えられると。
ぼくは唇を震わせ、恐る恐るといった気持ちで大使に尋ねる。
「時を、超えられる―――と言うことですか」
「満点をあげよう。遠く離れた場所では無く、同じ場所をぐるぐると回り続ければ、過去へと遡ることが可能だと、私たちの星では既に証明済みだよ。」
彼女の言葉に息を呑んで、この時ばかりは怒りを忘れていたかもしれない。
もしもそれが本当だったとしたら、ぼくは過去へと戻って数々のことがやり直せる。
青森戦で、本土を守り切れなかった時。
首都戦で、佐々原を失ってしまった時。
関西戦で、避難し損なった家族を失い、一人になった時。
祖父を亡くした時。
全てを無かったことに出来るかもしれない。
ぼくは笑っていたかもしれない。
顔を歪ませて、子供の様に嬉し気に。
「ただし」
冷や水を浴びせかけるように、大使はこう付け加えた。
「過去へ遡った研究班曰く、世界には弾性があり、在るべき状態に戻ろうとする現象を持つため、未来は決して変えられなかったそうだよ。だからもし過去に戻ったとしても、佐々原ちゃんも、君のお祖父さんも救えないし、また同じ現実を突きつけられることになる」
運命は変えられないと言う。
ありがちな話だ。
またあんな思いをする?
冗談じゃない。
けれど。
たとえそうであったとしても。
今この時点で、やれることなど玉砕だけだ。
ならば。
「お願いします。大使の船を貸して下さい」
「娘を連れて行ってくれるなら喜んで」
そこで今まで黙っていたアレクが「ママ」と割り込んでくる。
「私の大事な大事なアレクシー。船はね。二人乗りなんだ。取り寄せようにも連絡が付かないしね」
今、初めて告げられたのだろう、アレクは絶叫するように「嫌よ! 嫌」とスピーカーの音が割れた。
数秒して音が元に戻ると、大使の声しか聞こえなかった。
「注射を一本打っておいた。娘は船に乗せて置く。動かし方は赤いボタンを押すだけで良い様にしておいたから。効果が切れる前に行ってくれるかな」
「大使」
「私はね。君が募ってくれた人たちと一緒にアメリカへと戻るよ。やっぱり私も女だからね。旦那さんといたいんだ」
そう言って、大使はぼくの人形へ宇宙船のある場所を転送してくれた。
こうなることを見越して、こちらに運び込んでいたのかもしれない。
「最後に一つ。過去の自分に、イクトが自分自身の未来の姿だと看破されては駄目だよ。そうなった途端、世界は同一の存在を許さない」
「死んでしまうってことですか」
「研究班の報告では、綺麗に影も形も無くなったらしいよ」
それが死んだのかどうかは、分からないけどね、と彼女はそう言って去って行った。
さようならも。
娘を頼むとも。
ぼくの重荷になるようなことは何も告げずに。
ぼくは全ての人形乗りたちに今の話をした。
ずうずうしくも後を頼むと言ってしまう。
しかし、返って来た言葉はどれも同じ。
「「「「「過去を変えて、未来を救ってください。あなたにならば出来ます」」」」」
そう祈るような重奏が聞こえた。
必ず。
必ずや成し遂げてみせる。
そう言って、ぼくは涙に濡れたアレクを横に乗せたまま、過去へと旅立った。
きっと明るい未来を勝ち取って見せる。
そう誓って。
表立った伏線は全て回収できたようなので、
これにて連載を打ち切りたいと思います。
ちょっと、ミステリーを書き始めてしまいまして、謎解きなど考えているとまったく他の作品が書き進まず……(汗)
感想欄で頂いた内容なども踏まえ、今後も作品作りに力を入れていきたいと思いますっ!
ここまで読んで下さった読者の皆様、拙著にお付き合い頂きまして、本当に有難うございましたっm(__)m




