終わり3
今日を境目に、ぼくら日本人は完全敗北の道を辿るだろう。
ぼくが乗った人形から見える視界には、現存する日本人たち全てがいた。
視界に収まってしまうほどしか、もう日本人はいないのだ。
彼ら彼女らを前に、ぼくは最後の言葉を述べる。
「ここにいるのは、おそらく誰しもが今回の戦争により傷つけられた人間ばかりだろう。築き上げた財産を失い、先祖代々の土地を奪われ、掛け替えのない家族を殺された。ぼくもそうだ。みんなと同じように心の中に消えない火を抱えている。今後どんな平和な世界が訪れたところで、きっとこの火は消えないだろう。そのうちに自身を緩やかに燃やし尽くし、灰と化してしまうかもしれない。残ったみんなはそれを良しと、生き長らえることよりも、今ここで燃え尽きようと考えているに違いない。ぼくはそうだ。あれはもう五年も前のことだというのに鮮明に覚えている。祖父が殺された日に灯った火は、未だに苦痛を伴ってぼくの身を焼き続けている。手術によって、怒り以外の情動が消え去った今、ぼくにはこれしかない。この中にいるほとんどはそうだろう。ただもしも君たちの中にほんの少しでも嫌だと、やり残したことがあると、生きていたいと望む者がいるのならば、他国へと亡命して欲しい。臆病者などとは言わない。言った人間はぼくが容赦しない。ぼくはこの戦争に望んで参加したわけでは無かった。知らない内に戦って、知らない内に巻き込まれていた。けれど、今は違う。戦友が出来た。守りたい者もいる。ぼくを甘やかしてくれた家族や知人を安全に逃がしたい。だけど、ぼくは英雄では無い馬鹿者なので、守りたいと思う気持ちよりも、敵を殺したい気持ちが勝ってしまう。どうしようもない馬鹿だ。馬鹿では守れない。敵に背を向ける勇気のある者はみんなを連れて行って欲しい。勇ましい者は挙手を。それが無ければぼくが指名する。―――よし。勇者たちに万雷の拍手を。すぐにここを離れ出発して欲しい。聞こえるだろう。津軽海峡を越え、ここ日本最後の砦へと向かって来る、木々の擦れ合う鈍く耳障りな音が。あの不快な音を、自身の腹に宿した火にくべて、ぼくらは行くとする。決して振り返るな。そして、語り継いで欲しい。ぼくらのようにはなるな。ぼくらよりも上手く敵を葬る手段を考え、講じろ。次世代の地球人類全てに勝利を齎せ。ぼくらはその前哨でいい。総員。搭乗。敵を心の焚き木とせん」
「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」「腹に燻る火にくべよう」
ぼくと同じ澱みを抱えた仲間たち。
その呪詛の渦中でぼくは自身を戒める。
誰かを守る。
そう考えるよりも先んじて、敵を撃ち倒そうという憎悪が全員を支配した時点で、日本は―――人類は敗北が決まっていたのかもしれない。
では、それはいつ決まってしまったのか。
青森戦で、本土を守り切れなかった時か。
首都戦で、佐々原を失ってしまった時か。
関西戦で、避難し損なった家族を失い、一人になった時か。
島根戦で―――祖父を救えなかった時か。
ぼくの分岐点はきっとそこだろう。
誰かを守りたいという気持ち。
それを上回るほどの憎悪が腹の淵から湧き出した。
今もそうだ。
「腹に燻る火にくべよう」
みんなと共に呪いを輪唱している自分がいる。
では、人類全体の運命が決まってしまったのもその時か。
否。
ぼく一人が変わったところで人類の運命が変わるはずもない。
もっとずっと昔にあったはずだ。
いつだ。
いつ人は人を守ろうという意思を放棄し始めた。
BMI完全侵襲式手術。
人形と一心同体となる代償に、誰かを守りたいという気持ちすらも、怒りで塗り潰す悪魔の技術。
あれは。
きっと使われてはいけないものだった。
みんなの呪詛を一身に受け、ぼくは請い願う。
これが本当はゲームであったならば。
あるいは神が実在するのならば。
どうか。
どうかぼくにもう一度だけチャンスが欲しい。
今度こそは必ず上手くやって見せる。
だから。
どうか。
どうか。
「あの頃に戻して欲しい」