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郷原2

 CONTINUEの文字が浮かぶ。

 ミッションは途中だったが、ぼくはBMIを脱ぎ捨てた。

 筐体に横たえた体は力無く、立ち上がれない。

 呼び鈴が何度も慣らされた後、銃声が聞こえた。

 開かれた扉の向こうには、ぼくと同じように正気でない郷原の姿があった。

 肩を怒らせ、こちらへと近づいて来る。

 その右手には銃を。

 左手には、頬を腫れ上がらせた佐々原の髪を握り込んでいた。

 郷原は佐々原の腹を蹴り飛ばして、自身の左手を空ける。

「ガキが縋り付くように止めおって! お前もだトータ! 勝手に任務を放棄して! お前らはなぜ命令を聞かない!? 何度も! 何度も! 何度も! 何度も! 何度も! 何度も!」

 筐体から引きずり出されたぼくは、何度も、を言った数だけ、ベッドの角に頭を叩き付けられた。

 おかしいことに痛みを感じない。

 まるで自分の体の感度が無くなったみたいだ。

 額が割れ、血が目に入る。

 ああ。

 世界が赤い。

「呆けた面をしおって! それでも誇り高き帝国兵か! お前らがしゃんとせんから、俺がお前らを教育するために! 任務を途中で抜け出すという軍人にあるまじき行為をさせられてしまったではないか!」

 郷原に腹を蹴り上げられ、胃液を吐き出す。

 痛く感じないのに、体は反応するんだな、と他人事のように思う。

「なぜ黙っている! 俺が問うているのだ! なぜ命令を聞かないと!」

 ぼくの顔が気に食わないのか、顎を蹴り上げられてから、踏みしめられる。

 頭蓋の軋む音がした。

 そこでふと顔を踏みつける足の力が緩む。

 泣きそうな顔を浮かべた郷原の顔には、いつも浮かんでいた苦行僧を思わせる皺が見えない。

「なあなんでなんだ。教えてくれ。俺は間違っているのか。だからお前らは勝手に行動するのか。だったら頼むから俺に従ってくれ。そして、大陸を取り戻そう。同胞を救い出すためにはお前らの力が必要なんだ。俺には助け出したい人がいる。だから協力して欲しい」

 ぼくは答えない。

 答えられない。

 どうでもいい。

 そう思う。

「だから答えろっつってんだろーが!」

 再び踏み下ろされる足。

 しかし、それはぼくの体には落ちてこなかった。

「ファック! 二層に何をしている! この蛆虫が!」

 尋常なる速さで室内に駈け込んで来た少尉は、郷原の軸足となる側の足を、刈り取って倒し胸を踏み潰す。

 胸骨が砕ける軽い音がし、郷原は口から吐血した。

 咽込みながらも、郷原は痛みを意に介さず吐き捨てるように少尉へ悪意を向ける。

「ロスケが! こんなところまで入り込んでいやがったのか! 門衛は何を見ていた!」

 喚き散らし、右手に握り込んでいた銃を少尉へと向ける。

 それに対して少尉は、その銃口に向かって手を突き出した。

 弾丸の発射される音。

 響く金属音。

 射出された弾丸は、少尉の手の平で回転を続け、やがて重力に従って足元へと落ちた。

「化け物が!」

 郷原は繰り返し銃弾を撃ち込む。

 しかし、結果は同じ。

 弾を打ち切った郷原は何か武器になる物は無いかと周りを探し始め、扉の向こう側に目を留める。

「おいそこのお前! こいつをぶち殺せ!」

 郷原が命令を向けた相手は入り口に立っていたアレクシーだった。

 彼女は叫びつける郷原を汚物でも見るように顔を顰めて「アビー」と聞いたことも無い冷え切った声で命令を下す。

「死なせてくださいと言うまでやって。言わないなら殺して」

「アイマム」

 少尉は命令されるまでもないと、アレクシーが言う前から郷原を踏み締めた足へ、徐々に力を加えていっていた。

 郷原は痛みに叫び、口元を血と涎で汚しつつも「我々帝国兵は! 貴様なんぞには屈せん!」と少尉の足を何度も殴りつける。

 少尉の足は金属のような音をたて、殴りつける郷原の手こそが傷を増やしていった。

 皮が捲れ。

 血が滲み。

 骨が見えても、郷原は殴ることを止めない。

 これ以上、力を加えては肺が完全に潰れてしまう、そこまで踏み込んだ少尉に対して、郷原は泣き叫びながらも、憎悪と悪意を浮かべた目を、助命に澱ませることは無かった。

 その一心不乱に自身の足を殴りつける様に、少尉は戸惑った。

「貴官はなぜそうまでジブンを憎む」

 しかし、郷原は答えない。

 もう声も出せないのか。

 殴りつける度に、何事かを小さく呟いているだけだった。

 蹴り飛ばされて部屋の隅に居る佐々原も、立って郷原を踏みつけている少尉も、離れた入り口から睨みつけるように見ているアレクシーにも届かない呟き。

 ただ、すぐ隣で横たわっているぼくには聞こえた。

 それは、ともすれば狂人の言葉だったが、ぼくにはよく理解できた。

「待ってろよ。じいちゃん。子供ん時によく語り聞かせてくれたろ。痛かった。しんどかった。寒かったって。だから。俺がこいつを。こいつらを倒すから。俺がすぐ助けに行くから。もう少しだけ待っててくれよ」

 泣きじゃくる子供の様な声は、まるでぼくの内心を表している様子で。

 ぼくは少尉の足に手を添えて、ゆっくりと頭を振った。

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