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慟哭3

 昨晩は遅くまで風呂に入った為に体が怠かった。

 眠たい目を擦りつつも、ぼくは機嫌が良い。

 昨日のバカ騒ぎがあまりにもバカらしかったというのもあるけれど、あの後、風呂の中でそれぞれの身内自慢が始まり、アレクシーは大使を、大使はアレクシーを、少尉はなんとつい最近に黒服と付き合い始めたらしく、恥ずかしがりつつも気風良く、彼氏自慢をしてくれた。

 大使は驚いていたっけな。

 お目付け役がどうするつもりなんだ、とでも言いたいのだろうが、自分を棚に上げるな。

 地球人がよその星の人に好かれるというのは、同じ星に住む人間としてはなんだか誇らしく、嬉しい気持ちになった。

 そして、ぼくの番となり、ぼくは祖父の話をした。

 家族の誰よりも祖父との仲が良く、どんな幼年期を過ごしたかを語る。

 喜色満面にしゃべるぼくが珍しいのか、大使は微笑まし気に、少尉は相槌を打ちながら、アレクシーは少し羨ましい様子で、姦しい彼女たちはちょっかいを挟むことも無く、ぼくの話を聞いてくれた。

 今は島根県の海沿いに住んでいて、会いに行けないことも。

 すると大使は何でも無いことのように気軽に言った。

「じゃあ、こちらへ無理やりにでも連れて来るといい。許可は取っておこう」

 あっさりと、ここ二年間、思い悩まされていたぼくの問題が解決した。

「手続きがあるけど、お昼までには済ませて置くから、迎える準備をしておくように」

 そう言われていたので、ぼくはこの駐屯地に来てから一番に高揚した気分を抑えられず、鼻歌交じりに身支度を整えていた。

 来月にはぼくも成人になる。

 祖父は常々、ぼくが大人になったら酒を飲む、と嬉し気に話していた。

 ようやくその約束を果たすことが出来る。

 きっと、昨晩のバカ騒ぎよりも楽しい夜になるに違いない。

 スマホから着信音。

 すわ大使からの連絡かと飛びつき、落胆する。

 全員参加の緊急ミッション通知だった。

 またぞろ北九州の工業地域だろうか。

 間の悪い。

 昼までには終わればいいけれど。

 気軽にゲームをしていた頃が懐かしい。

 筐体に入って、寝違えそうに重いBMIを被る。

 ミッションスタート。

 輸送車から見える眺めはいつも通りに海岸沿いだった。

 海に沿った道路に人形と自律走砲台が配されている。

 しかし、陣形はまだ未完成らしく起動した人形から順に、配置についていた。

 本当に緊急だったのだろう、海岸沿いの木々も焼かれずに残っていた。

 地図を網膜に映し出す。

 ぼくの配置はここで良いらしい。

 ついていないことに郷原の指揮下だった。

 こちらを隊長機が見て来たので、咄嗟に地図へと目を戻す。

 縦深防御を取っているのは水際作戦を行うには、敵が来たのが唐突過ぎたからだろう。

 おかしな話だ。

 海の上をぷかぷか浮いて来る流木が本土に近づいて来れば、すぐに分かりそうなものなのに。

 また、敵がいつ来てもいいように、北九州や山口あたりの海岸線は常時警戒態勢にある。

 こんなに慌てふためくことはないだろう。

 改めて地図を見やる。

 ここは一体どこの海岸線だろうか。

 なんだか見覚えがあるということは、やはり以前に戦った北九州工業地域近くが戦場になっているのだろうか。

 地図に映る光点が徐々に増え始める。

 けれども、敵を押さえる要であるV字型が交差した部分は、いつまでも穴が開いたままだった。

 ぼくは地図から再び景色に目を移し、その穴が開いているであろう方角を見る。

 海岸沿いの道に生えた木々は、春になれば桜を咲かすだろう。

 少し離れたところには港があり―――見覚えのある赤い屋根瓦が並んでいた。

 あれ?

 いや。

 まさかな。

 冗談だろう?

 視界端に移したマップ。

 穴になっている部分には光点が無いのではない。

 光って現れては―――消えているのだ。

「配置に戻れ!」

「ポイント狙いに行くんですね。分かります」

「機体ポシャって大幅損になるっしょ」

 周りの怒声が聞こえるが、耳に入って来ない。

 ぼくはいつの間にか車道を走り出していた。

 あの桜には見覚えがある。

 チェリーロードと呼ばれる場所で、五キロにも渡って桜並木が続く。

 春にはそこで家族みんなでお花見をする。

 青い看板があった。

 踏み倒してしまったそれは、近くのキャンプ場の看板だとぼくは知っている。

 走って走って走った。

 家まで競争だと言ったのは誰だったろう。

 海水浴場が見える。

 あそこから舟を漕ぎ出し、毎日のように漁へ出た。

 見慣れた赤い屋根も見えた。

 あれは石州瓦と言って、日本三大瓦の一つだと、ぼくに自慢げに語って聞かせてくれた。

 その屋根瓦のある家々の隘路で、ぼくは祖父を見つけた。


 ぼくは敵の攻撃を受け、そして。

 伸ばした手の先に祖父はいなかった。


 長い長い絶叫の中で、ぼくは走馬灯のように今までを思い出した。

 オプション設定を開き、BMI入出力の感度を十割にカスタマイズする。

 カウントが〇になると再び映像が復活した。

 海水浴場からは離れている輸送車両の中。

 予備の人形が立ち上がる。

「一兵卒の分際で! 大尉である俺の命令に逆らうとは何事か!」

「どう? ポイントは稼げたかな?」

「このポシャりの早さじゃ全損でマイナスっしょ」

 スピーカー越しの声が肉声のように聞こえる。

 潮風が肌に張り付く様だ。

 気持ち悪い。

 振り払うように再び海水浴場へと走り出す。

 こちらでも戦闘が始まっていて、敵を撃つことに専念しているプレイヤーは、ぼくを咎めこそすれ、誰も立ち塞がらなかった。

 敵が見つからなかったのも無理はない。

 遠くの海に流木は見えなかったが、陸地近くには蠢く虫のように湧いて出てくる。

 敵は進化したのだ。

 波に乗って漂うのではなく。

 海底に根を張り。

 ゆっくりと。

 しかし確実に。

 新たな地を求めて行けるように。

 道々に並ぶ砲台が衛星からの距離パラメータと過去の敵性データに基づき、脅威度の高い標的に砲撃を繰り返す。

 響く轟音が耳に痛い。

 鼻が火薬の臭いに曲がりそうだ。

 飛び上がって着地した時の足が痺れる。

 けれど、先ほどよりずっと早く。

 ぼくの家に辿り着けた。

 いや、家はもう無い。

 何もない。

 何も。

 東西両端に突出した岬から、上陸する敵を背中から押し出すように打ち倒していく。

 縦深陣地を築き、あえて浸透させることにより、敵を側面から叩き大損害を与える。

 それを支えるにはここに足止めが出来るほどの戦力が必要だった。

 この作戦の総指揮を任されている士官もそう考えたはず。

 ただ。

 その上陸した敵木全てが、海底を這うように進んできた新種であったのならば。

 そしてその新種が、大使が言っていたように一体で人形五十を葬れる戦力。

 あるいはそれ以上だったならば。

 無数の人形の死骸が、木々に呑み込まれ消えて行く。

 消えて行く。

 ぼくの思い出が。

 さっきまで確かにあったはずの景色は既にない。

 木々という木々が重なり合い、押し合い、絡み合って、淡々とぼくの思い出を塗りつぶしていく。

「イクト」

 いつもの短い呼びかけ。

 スピーカーに流れる声にぼくは反応できない。

「イクト。そこは拙い」

 佐々原はさっきの言葉で意図は伝わっているだろうに、なぜ移動をしないのか、そう訝しげに声を重ねる。

「前は知ったようなことを言って悪かった」

「何の話」

「ごめん。知らなかったんだ」

「だから何の話」

 ぼくはそれに返事をせず、人形を動かす。

 前へ。

「イクト?」

 さらに一歩。

「イクト!」

 うるさい、ぼくは短く叫び通信を切った。

 すると木々が擦れ合う音がよく聞こえる。

 何か酷く醜い虫が無数に蠢き、鳴いている風に思えた。

 耳障りで、生理的に受け付けられない。

 撃って撃って撃ちまくってその音を掻き消そうとするが、耳元で這い回っているように消えてはくれない。

 いつの間にか弾を撃ち切っていた。

 這いずっていた音は、次第にぼくの耳の奥へと入り込み、鼓膜へとへばりつく。

 左腕に収納していた刀を抜き出す。

 近づくぼくに対して、木々は順繰りに水流を放つ。

 ささくれ立つ角度で狙いは見えていた。

 一斉に撃ち出せば、人形の一体くらいすぐに壊せるだろうに。

 まとまりがある様に見えても、所詮は脳ナシ。

 虫にすら劣る寄生物め。

 踏み潰してやる。

 潰してやる。

 潰れろ。

 木々の奔流の一部が百足のように這いずって、こちらへと向かって来る。

 百足は頭を落としても死なないと、祖父は言っていたので、体をバラバラに切り裂いてやる。

 次いで深い緑色に染まった核を取り出し、踏みつける。

 伸びるばかりで壊れない。

 何度繰り返しても潰れない。

 腹が立つ。

 人はあんなに脆いのに。

 虫がこんなに頑丈で。

 理不尽じゃないか。

 そうして、百足が動かなくなる。

 最後の抵抗とばかりに左手を、その強靭な顎で挟み潰された。

 ああ痛い。

 胸が張り裂けそうだ。

 すると、次には魚が陸に打ち上がったようにぼくへ向かって跳ねてきた。

 魚は自分たちが必要な分だけ取る様に、と祖父は言っていたけれど、こんな不味そうな魚はいらない。

 ぶつ切りに捌いて道端に捨てる。

 尾びれに顔を叩かれて、良い気付けになった。

 海底にいるはずのイソギンチャクが、なぜかその触手を器用に動かしてこちらへと近づいて来る。

 祖父と一緒に初めて見たのがオヨギイソギンチャクだったから、ぼくはイソギンチャクは動けるものだと思って、引っ越した先で笑われたことがある。

 陸で動けるのもいるのだな、と気持ち悪く思う。

 刀を取り出し切り付けるも、弾力があるその触手は上手く切れない。

 纏わりつかれて首を締められる。

 苦しいな。

 嗚咽が漏れそうだ。

 ぼくは切るのを止めて刺すことにした。

 何度も何度も繰り返したら、緑の玉のようなものが中から出てきて、動かなくなった。

 玉?

 ああ、そうだった。

 ぼくは今、化生と戦っているのだった。

 いけない。

 頭が呆けていた。

 首を締められたせいか。

 もっと前から熱に浮かされていた気がする。

 今もその熱は冷めやらない。

 潰れた左手が熱い。

 叩かれた頬が熱い。

 絡みつかれた体が、首が熱い。

 燃えるようだ。

 けれどそれより何よりも腹の底が、煮えたぎる様に。

 熱い。

 熱いんだ。

 ぼくは絶叫しながら敵を切り裂き続け、地に倒れ伏し、なす術なく化生の中に埋もれた。

 違う。

 ぼくは既に叫びを繰り返していた。

 あの時、佐々原がぼくの名を強く呼んだのは、ぼくの正気を疑ったのだ。

 この場に辿り着いてから。

 ずっと。

 この場に倒れ伏した今も。

「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも」

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