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大使7

 グリーゼ近傍恒星カタログ。

 恒星の位置を記したその天体カタログはドイツの天文学者であるヴィルヘルム・グリーゼによって著されたものだ。

 大使はそのカタログを机の下にあった棚から取り出して、机に広げて見せる。

 カタログには豆粒サイズよりもずっと小さい地球と、それぞれの恒星との距離を絵図で記したページがあるのだが、大使は地球から海王星をなぞり、ページの端まで進んでさらにテーブルの上を滑らせ、立ち上がって入り口の対面になるホワイトボードへと指を押し付けた。

「これよりずっとずっと先にあるのが、私の母星『   』だね」

 その言葉は人には聞き取れない聴域で発音される為に、ぼくには聞き取れなかった。

「日本語で言うなら『黄金の星』かな。安直だろう?」

 それを認めてしまうと、黄金の国ジパングもたいがいということになる。

 黄金で出来た島よりは「瞳の色が由来ですか?」こちらの方がよほど情緒的で美しいだろう。

「あまりにも昔のことなので記録には残っていないけれど、たぶんそうだろうね」

 星自体が公害で薄汚れる前の名残りかもしれないけど、と遥か遠く失われた故郷を思い起こすように、彼女はホワイトボードの向こうを見やった。

「なぜ地球に来たんですか?」

「地球人を助ける為―――と言えば聞こえがいいが、母星の平和を守る為さ。太陽系は、化生が我々の母星や属星に至るまでの道のりなんだよ」

「というと」

 大使は備え付けてあるペンを一つ手に取り、ボードへと絵図を書き込んでいく。

 化生が発生した惑星。

 地球がある太陽系。

 そして、一際大きく描かれた『黄金の星』とその周囲を巡る惑星群。

「地球は私たちにとってのジークフリート線―――というと縁起が悪いね。侵攻を許しはしたものの最終的には勝ちを得たフランス側のマジノ線で例えておこうか。意味は分かるかな?」

 挙手をしない生徒へと、意地悪を持ってして答えるよう促す教師のごとく、大使はペンでぼくを指し示す。

「フランスの対ドイツ要塞線ですね。時のフランス陸軍大臣の名前がもとになっていると聞いています。第二次世界大戦でドイツ軍はそれを突破をすることが出来ず、行軍不可能とされた森を迂回することでフランスへと侵攻した、と」

 縁起が悪いと、ジークフリート線を言い換えたのは、それが連合国軍に破られたドイツ側の要塞線だったからだろう。

 あるいは戦後、その遺構が希少な動植物が避難・再生できる生物生息空間ビオトープとしての価値を持ち始め、それが化生の繁栄を連想させてしまうことを不快に感じたからかもしれない。

 大使はぼくの見解に拍手で持って応える。

「満点だね。そうなんだよ。太陽系を抜かれると、何億年後かに、私たちの植民惑星へと被害が出る。だからこの星系で唯一の知的生命体である君たちには、アメリカで言うところの日本の役割を担って欲しいわけだよ」

 ユーラシア大陸からアメリカ大陸に至るまでの、最後の飛び地。

 地球最大最強の国家であるアメリカを守る最後の砦。

 日本。

 それは化生が飛来する前からそうだった。

 そして今も、それは変わらない。

「さて。イクト君、ここで本題に戻りたい。そろそろ返事を聞かせて貰ってもいいだろうか?」

 返事?

 何か問いかけられたことがあっただろうか?

 訝しげな表情を浮かべてしまう。

「おいおい。車中で散々話したじゃあないか」

 大使は呆れた様子でこう続けた。

「君を娘のお婿さんにしたいって」

 吹き出すぼくに対し、大使はいつも通りに笑みを浮かべた。

 しかし。

 目は笑っていなかった。

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