大使6
ぼくは黒塗りの研究施設にある一室へと案内された。
黒塗りの建物。
あまり良い印象を受けない。
随行していた黒服が室内を一周し「問題ありません」と言ってから、出口を塞ぐように閉じた扉の前へ立ち、目線の先にあるホワイトボードを見据えたまま微動だにしない。
室内は駐屯地内にある会議室よりもずっと簡素だった。
壁に立てかけられた大量のパイプ椅子。
学校などでよく見かける長方形の会議用テーブルが四つ、口の形をして並んでいた。
あとは黒服が睨みつけるホワイトボードだけ。
他には何もない。
「こういう部屋の方が盗聴だったりをされなくていいんだよ」
壁にあるパイプ椅子を二つ手に取った大使は、一脚を入り口側にあるテーブルの前に、もう一脚をその斜め向かいに置いた。
そして、彼女は上座では無く、入り口側の椅子に座る。
椅子を用意することはおろか、お礼を言うことも忘れ、強張って動けずにいるぼくに「どうぞ」と席を勧めた。
「ご覧」
席に着くと前置きも無く、大使は目を覆っていたマスクを解き、その目を見開く。
そこにはアレクシーとは比較にならないほどに眩く、燦然と輝く白に限りなく近い太陽のごとき金色の瞳。
そして。
アレクシーと違うところがあった。
人としてはあり得ない、夜行性の動物に見る縦長の瞳孔は、燃えるように紅く染まっていた。
「不気味に見えるかもしれないけどね。怖がらないでくれると嬉しい」
ぼくが呆けたのを恐れと感じたのか「そんなにしゃちほこばらなくても大丈夫だよ。こんな部屋に通したのは私のことをあまり人に話したくないからなんだ」と傷ついたように微笑む。
「綺麗です」
揺らめく蝋燭の火を眺めるよりもずっと、心安らぐ思いだった。
思った通りにそう伝えると、世辞だと誤解されたのか。
大使は顔を綻ばせ「娘が好きになるのも分かるね」と独りごちた。
なんでそこでアレクシーが出てくるのか。
いつでもどこでも何度でも。
本当に娘が好きなんだな。
「アメリカはこのことを?」
「話さないことにはこうして軍事施設に自由に出入りなど出来ないよ」
「身の安全とかは大丈夫なんですか」
映画などでは解剖や実験などが行われるものだが。
ぼくは黒服に向かって視線を向ける。あれはつまるところぼくへの監視でも、大使への護衛でも無い、そういうことだろうか。
「彼は違うよ」
ぼくの視線に気づいた大使は頭を振って説明を続ける。
「彼は地球に住まう人たちに、私の権限を越えた技術供与をしないか見張るためのお目付け役だよ。護衛もしてくれてるけれどね。サングラスを取って見せてあげてくれるかな」
大使に言われた通りに黒服はサングラスを外す。
彼女同様に眩く、美しい瞳を持っていた。
「私は地球人と結ばれたからね。信用が置けないのだろう。かといって代わりを用意するにも、地球に来たいという物好きは母星には少ない。この星の日の光は私たちには刺激が強すぎる」
日の光がまったく入らない室内。
それにも関わらず彼女たちの瞳孔は縦に伸びたままだった。
猫や狐ならば、こんな暗い室内へ入った途端に、瞳孔は丸くなって採光を調整する。
彼女たちが生まれたところはよほど暗い世界だったのだろう。
大使は室内灯にすら眩そうに目を細めて、ぼくの心配に対しての答えを語る。
「心配してくれてありがとう。でも、アメリカさんも日本さんも、私が有益である間は、何もしないだろうさ」
「技術供与ですか」
ダイヤモンドをよりも固いと言われる核を潰しえる硬度を持つ合成金属。
敵の核を圧し潰し続けるほどの出力を持つ圧力機の開発。
ぼくの言葉に対して大使は感嘆の溜息を吐いて、背もたれに身体を沈める。
「処理場での質問はここで話を滑らかに進ませるための伏線だったのかな? だとしたら私は君を過小評価していたことになるね。私の範疇で最大限の評価だったんだけれど―――日本では埒外の存在というのかな」
「なんだか化け物みたいですね」
「褒めたんだよ」
「知ってます」
この人は、人をからかいこそすれ、馬鹿にしたりはしないだろう。
「処理場での前二つの質問は万が一にも大使が本当に目が見えなかった場合、デリケートな質問だったので、ちょっとクッションを置きたかっただけです。なので、ぼくへの認識をただの人間に戻してください」
「謙虚だね。日本人だからかな」
「一般的な反応です」
国で個性が決まるとか、十二星座型性格診断なみに信用ならない。
謙虚な奴なんてどこの国でもいるだろう。
人の理性を軽く扱い過ぎだ。
納得しないぼくに対して、大使は聞き分けのない子供に対する大人のように、自分の主張を折ってみせる。
「まるで私の見る目が無いようだから、君には胸を張って欲しいものだけれど―――堂々巡りになるね。話を進めよう」
そうしてここまで言及しなかった答を、ぼくの為に合わせてくれた。
「ご覧の通り。私は宇宙人だよ。駐地球特命全権大使、それが私の本当の役職さ」