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大使5

 奇妙な間に堪えられず、ぼくは再度、尋ねた。

「なぜ、目が見えないふりをするんですか」

 失礼な質問だとは思ったが、当の本人は気にした風もなく、むしろ楽しげに笑みを深めた。

「質問を返すようで悪いけれど、どうしてそう思ったのかな」

「貴方は六つある施設の内『あの黒い建物が研究施設』と指を差して言いました。色は事前に誰かから聞けばいいかもしれませんが、位置に関しては目が見えなければできません。車を降りてから、ぼくを先導したのも貴方でしたよね」

「空気の揺れを気配で感じ取ったのかもしれないじゃないか。盲学校で柔道を習っていたらね。不思議と周りの様子が分かるようになったのだよ。日本の神秘という奴だね」

 お道化るフーは、別にぼくを説得する様子でも無く、ただ相手を困らせる為だけに反論してみた子供のようだった。

 ぼくは大人をバカにする子供を躾ける気持ちで、その言い訳を否定する。

「冗談は止して下さい。漫画の中でなら、そういったものを感じ取るなんて描写はありますが、実在した人物にそんな逸話はありません。たとえ記録に残っていない傑物がいたとしても、それは日常からそれのみを洗練している超人であって、貴方のような学校で少し習ったほどの文人には成り得ません」

 相当に失礼なことを言った気がするが、大使は笑みを崩さず「続きを聞かせて欲しい」と好きなアニメが始まった子供のように、ぼくに対して前のめりになった。

「百歩譲って貴方に、周囲の環境から周りの様子を把握することが可能であったとしても、車内では風が起こりません。しかも移動中だったんです。走っている車の窓の外にある建物に向かって正確に指を差すことは難しいと思いました」

 納得するように頷いた大使は面白がるように自分の目元を指差す。

「このマスクは?」

「手品師がよくやる手です。『透視術用目隠し』。周りからは見えてないように見せかけて、着用者は実のところ見えている。ネット通販で千円くらいで売っていました」

「それを既にネットで調べていた、ということは、そもそもからして、私の目が見えていると疑っていたということになるね」

「そうです」

「いつから」

「出会った時です」

 大使は先ほどとは打って変ったように、嬉し気にしていた唇を丸く開き、目隠し越しでも分かるほど眉を上げた。

「それはなぜ?」

「先ほども言った通りに、気配を読める人がいるなんてぼくは信じません。その上で聞きたいのですが、初めて会った時、大使は扉を開けてすぐ、ぼくを見下ろしましたよね? 目隠ししてるのになんでぼくの頭の高さが分かったんですか? ぼくの身長が大使よりも高いかもしれないのに。ぼくは声を掛けませんでしたし、手がかりは無かったと思います。あと大使は目が弱いとは言いましたけど、目が見えないとは言っていません。こちらはきっと悪戯心でわざと曖昧に言ったと思います。気付くかどうかを試す大使の遊び。そうではありませんか?」

 大使は呆気に取られた様子で口を開き続け、そうして、ようやくぼくの言葉を飲み込んだのだろう、咀嚼するように口を閉ざし、感心したように何度も頷いた。

「車中の動きは君に気付いてもらおうと、意図的にやったのだけれど―――どうしてどうして。見下ろしたの本当に無意識だったよ。君にばれていた上で、今まで目が見えない様に振る舞っていたとは恥ずかしい思いでいっぱいだ。ああでも、目が弱いと私が言ったのは悪戯、と言うのは、君のうがち過ぎだね。娘の恩人に嘘を吐くつもりになれなかっただけだし、聞かれたら目は見えていると答えるつもりだったよ。目隠しの件は言わないでね」

 それにはぼくが面はゆい気持ちになる。

 謎解きの名探偵ばりに語っていた分、余計に恥ずかしい。

「では、私が目を隠している理由は何か分かるかな?」

 推測を外した後なので、あまり言いたくは無い。

 しかし、大使はぼくの肩を両手で掴んで逃がさないようにし、無言の笑みで続きを促してくる。

 不承不承、ぼくは話を続けた。

「目が見えるのに、目を隠したい。これに理由を求めるとするのならば、幾つか理由があります。一つは目に火傷や傷などを負っている。他人に対する配慮や、他人に見られるのが恥ずかしいと思う人がそうします。二つ目は瞳の色が特殊である場合です。人と違うことにコンプレックスを持つ人がいます。もちろん例外があり、アレクシーも瞳の色は珍しいものですが、本人は別段、気にした様子もありません。三つ目は風邪用のマスクと同じで、すっぴん隠しです。これを除外しなかったのは大使ならありそうかと思いました」

 ふむ、と首を傾げる大使。

「さりげに私たちのことをバカにしてないかね。私はいいが、娘のこととなると話は別だよ?」

 言葉とは裏腹に、大使は笑みをいっそうに深めた。

 自分の教え子が難問を解く最中であるように、急かすようなことは言わず、けれど掴んでいたぼくの肩に力を込めた。

「それでどれが理由だと思うのかな」

「一つ目と二つ目が重複した四つ目を挙げます。目、あるいは目元に特徴があり、自身の身元、正体がすぐに分かってしまうというものです。アレクシーが瞳を晒しているところを考えても、その特徴は瞳の色では無いと判断します。なので、それ以外の何かだとぼくは考えたのですが、どういったものかまでは分かりませんでした」

 根拠は、とも、続きを、とも、大使は何も言わない。

 ぼくは続けた。

「大使に四台もの護衛車両を付け、日米両国の軍事施設に自由に出入りが出来、『ディスポーザブル』を制作した側の言動を見せ、貴重な新種の核を手軽に持ち歩ける人物。それがただの大使であるはずがありません」

 大使には話せない根拠がもう一つ。

 アレクシーの告白も根拠になるだろう。

 幼稚園にすら行ったことが無い理由。

 愛する我が子を行かせられない理由。

 溺愛しているからこそ、それは大使の弱みとなる。

 セキュリティ対策の一環だったのだろう。

 娘を誘拐なんてことをされたならば、大使は軍の機密であろうが、迷うことなく差し出してしまう。

 だから不特定多数の人間が出入りできる学校には行かせなかった。

 少尉という強力な護衛が付くまでは、散歩にすら出してなかったのかもしれない。

 だからこそ彼女は。

 あんなにも自儘で。

 けれど素直に。

 活動的であり。

 世間知らずだった。

 子供に教育を受けさせる義務よりも優先される超法規的存在。

「大使。あなたは大使などではなく、アメリカにおける誰にも代えがたい重要人物であると、ぼくはそう思います」

 すると彼女は嬉しそうに吊り上げていた口端を下げ、少しだけ残念そうに眉根を顰めた。

「解き方に関しては満点かな。むしろ、それ以上だよ。出会った時からばれていたなんて赤面ものだ。ただ辿り着いた結論に関してはもっと夢のある話だよ。私は大使で合っている。アメリカの、というわけでは無いけれどね」

 君がそこまで読み解くと期待したのは酷だった、と、彼女はぼくに背を向けて処理場の外へと歩き出す。

「おいで。答え合わせをしよう」


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