大使4
基地東側にある岩国飛行場。
一般に利用されていた空港だったが、国が接収したらしい。
基地の敷地内からしか入れないよう、周りには高い壁が築かれていた。
さらにその飛行場の先には瀬戸内海が広がっている。
地図上、近視のぼくでも瀬戸内に浮かぶ甲島が、目を凝らさずとも見える距離。
けれど、あるものがその景色を遮っていた。
超大型浮体式構造物。
巨大な人口の島が浮かび、それを足場に正方形の施設が六つ建てられている為、ぼくの目の高さからでは、先の景色は建物に阻まれてしまう。
岩国飛行場を通り抜けて、ぼくらはその巨大施設へと車を乗り入れた。
「ここに設けた理由は軍用の輸送機が離発着でき、かつ、新しい施設を敷設できる場所だったからでね。あとは米軍の技術秘匿や、日本への譲歩だったり。色々とあるわけだよ。私としてはみんな心を一つに地球一丸となって戦って欲しいんだけれどね。まあ、みんなの気持ちも分かるから何とも言えないよ」
などと他人事のように話す。
あんたアメリカ大使だろう。
いや、そもそもこれは大使の領分なのか?
ただの人形乗りに過ぎないぼくをここへ連れてくるなんて、大使の仕事じゃないだろう。
大使は景色が流れていく車窓へと向き直り「黒い建物は研究施設。赤い建物は焼却炉。それ以外の灰色は全て処理場だよ」と各施設を指してにこやかに答えた。
「なんのですか」
「分かるだろう?」
手元にある核を弄びつつ「降りるよ」とぼくを外へと促した。空になったケースを片手に黒服がぼくと大使の後ろを付いて来る。
そして、ぼくは大使に灰色の建物の一つへと導かれた。
入り口には『第一圧潰処理場』と書かれている。
奥に進むと、ぼくが両手を広げても四分の一にも届かないであろう巨大な円柱が整然と並んで立っていた。
その中を何かが緩やかに、しかし力強く稼働する音がする。
「ゲーム内の設定通り。化生は圧力に脆い。ただ人形などの握力ではどうにもならないから、こうして専用施設に運んで処理を行わなければならない。ここまでは分かるね」
「はい」
ゲームの読み込み画面(実際にデータを読み込んでいるわけでは無いから、人形を輸送車から出す時間や稼働準備などに使っているのだろう)は時間を潰すために、世界観の解説がなされるので、否が応でも覚えてしまう。
「これは設定に書いてないのだけれど、核は圧力を掛け、一定の薄さまで伸び切るとタングステンよりも、ダイヤモンドすらも超える硬質化を起こすんだ。身を守っているんだね。そこからさらに強い圧力を掛け、五分ほど同じ状態を維持し続ける。すると核はもう限界とばかりに元の形を保てず、粉々に砕けてしまうわけだ。ちょうどいい。耳を澄ませてご覧」
機器の騒音で掻き消され、ほとんど聞き取れなかったが確かに聞こえた。
ガラス状のものが砕ける繊細な音。
そして円柱の一部が開き、中から粉々に砕かれた核が出てくる。
翡翠のようにも見える深緑色の核は、柱の横にある斜めに傾いた筒状の機器に捨てられ、運ばれていく。
「筒の先はさっきの赤い建物だよ。硬質化し、変質した核は燃やせば蒸発する。ああ、気体からの再生は無いよ、安心して」
後半部分は冗談半分で言ったのだろう。
こんな時にまで真剣に話さない人だ。
ともすれば重くなりそうな雰囲気を払しょくしようとしてくる。
彼女なりの気遣いであると察してからは、あえて空気を読んでいないのだろうとの理解になり、あまり腹も立たなくなった。
「回収した木々はこうしていたんですね」
「勉強になるだろう?」
「戦後の回収ミッションでもそれなりのポイントが付くのは、研究用に使われるからだと思っていました」
北九州戦を思い出す。
海岸に打ち上げられた木々は、輸送車両によってどこかへと運ばれて行った。
それがここなのだろう。
「それもあるけどね。砂浜に放って置きっぱなしだと苗床になるし、次の戦闘の邪魔にもなるのは君も分かるだろう。あまり高いポイントに設定し過ぎると、戦闘ではなくそちらで稼ごうとする人が増えてしまって駄目なんだけどね」
さもあのゲームを、人形を、開発した側の口振りでそう言う。
ただの大使が。
軍事施設で。
「それじゃあその流れで、次の勉強に移ろうか」
大使は「誰か」と近くに居た士官を呼び止め、「これをお願いできるかな」と言って手に持っていた核を手渡した。
「次にプレスされるのは、私が今、持っていた核だよ」
「何か違うんですか」
「違うからあんな後生大事にケースへしまっていたのさ」
その割には雑な扱いだったと思う。
そんな貴重品を無造作にぼくへと手渡さないで欲しかった。
目前の円柱が再び稼働を始める。
「黙って待っているのも暇だから、車内での話の続きでもしようか」
「人形にどの武器を持たせるかを考察するんですね」
「存外に意地悪だなイクト君は」
なんとか娘談義に持ち込まれないよう話題を受け流していると、先ほどと同じように円柱の一部が開く。
そこには。
無傷の核があった。
「これはね。君らが壱岐島へ偵察に行った時に、滑走路で交戦した敵木の核さ」
手元に戻って来た核を車中でしたように、こちらへ見せる。
傷一つ、無い。
「手に入れるのにぼくも同行したけど、やあ強いね。その個体に人形を五十機近く潰されたよ。砂浜から空港までの戦闘も含めると、五倍近くの損害だね」
その数字にぼくは息を呑む。
ぼくが揚陸艇近くまで逃げられたのは、運が良かったのだろう。
「つまり、その」ぼくは言い淀みながら「恐るべき敵木を生み出す核を、完全に壊す手段が今は無いという話ですか」と息を呑んだ。
そして。
「現在の敵木を自然淘汰して、主力となって行く、と」
「そう悲観することは無いよ」
黒服からケースを受け取った大使は核を中に入れ、閉じる。
「こうして植物と関係の無いところにしまっておけば、寄生できないから。問題はそこじゃない」
「場所の確保ですか」
「そう。処理出来ないからどんどん溜まっていくんだよ。でも、それもそんなに心配しなくていい。燃やせない産業廃棄物に比べてたら絶対的に量は少ないしね。困るのはもっとずっと未来の話だよ」
このまま、この核が変わらずにいたらね、そう他人事のように言う、いっそ超然とした大使に対して、ぼくはある決意を固めた。
出会ったころから聞きたかったことだ。
ここに至るまでの話で、隠すつもりも無いらしい。
むしろ、察しろとでも言われている気分だ。
「さて、じゃあ次は研究施設の方に行こうか」
「幾つか質問があります」
「なんだい?」
「伸び切った核はダイヤモンドを超える硬度を持ち、それを超える圧力を掛けると話していましたが、プレス機は何で出来ているんですか?」
「良い質問だね。複数の金属を合成して作っているのだけれど」と横に立つ黒服を見て「まあ、軍事機密だよ」と言及を避ける。
「プレス機の圧力も相当なものだと思うのですが………」
「君が言い淀んだ通り。答えられないんだ。悪いね」
これはある程度、予想できた答だったので「いいえ」と首を振ってから頷く。
さて。
本題へと切り込もう。
「いいですか」
「うんうん、なんでも聞いてくれたまえよ。私で答えられることなら答えるから」
ぼくは息を呑み。
質問を重ねた。
「なぜ目が見えていないふりをするんですか」