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大使3

 このやり取りをどれくらいしただろうか。

 ゲームプレイ中よりも神経をすり潰される思いだった。

「お願いですから本題に入って頂けないでしょうか」

 涙目になって訴えると、ようやく満足したのか。

 主語がアレクシーばかりの会話がようやく打ち切られた。

「むしろ、ここからがオマケのつもりなのだけれどね。ああそういえば、君も聞きたいことがあったんだったよね。そちらを先に済ますかい?」

「いえ、大丈夫です」

 今までのやり取りで疑問は払しょくされた。

 いかに娘を愛しているか。

 身振り手振り全身全霊をもって語りつくされた感じ。

 先日のアレクシーとの会話を思い起こす。

 幼稚園にも行っていない。

 確かにそう言っていた。

 しかし、少なくとも大使からは、アレクシーを嫌って虐待をしていたといった印象は受けなかった。

 ならば父親か。

 けれど、娘の昔話に絡めて語られた大使ののろけ話を聞く限りでは、それもまったくの見当違いだった。

 理由はまだ分からないが、今はまだそれで十分だろう。

「オマケの話をお願いします」

「そうかい? なら再び私のターンだ」

 どこで覚えてくるんだ、そんな台詞。

 大使が助手席の背もたれを軽く叩く。

 すると、先ほどの会話の間も微動だにしなかった黒服が、振り返って大使にアタッシュケースを手渡した。

 口金部分に暗証番号を打ち込み、指紋認証を行い、声紋を比較してようやく開いたケースの中には一つの球体が入っている。

「はいどうぞ」

 厳重に封をされていたのだから貴重品であろうに、大使は掌サイズの毬藻のようなものを投げて寄越した。

 それは羽のように軽いようで、ふらふらとした軌道を描きながらぼくの手元に落ちた。

 感触としてはゴム毬に近い。

 しかし、ゴムほどに押し返す力はなく、異様なまでに柔らかかった。

「思い切り握ってご覧」

 なぜかぼくの耳元で囁くようにする大使。

 息が当たらない程度に距離をおいてから、貴重品のように扱わなくていいのかと目で問いかける。

 ぼくのリアクションが面白かったのか、大使は笑って促すだけだった。

 毬藻を力いっぱい握り込む。

 押し潰された毬藻は指と指の隙間から飛び出るが、しかし、千切れたりはしなかった。

 力を緩めて掌の上に乗せると、元の球体に戻っていく。

 乱暴に遊んでも壊れない、新しいスライムとして売り出せば儲かりそうだった。

「面白いですね。何ですかこれ」

「核だよ。これに触れた植物が化生になるか、その子供を作る苗床になる」

 フロアマットに叩き付けて踏み潰す。

「なにを持たせるんですか!」

「人体には無害だよ。踏みつけたのかな? なら足元をご覧」

 踏み潰された核は飛び散りはしないものの、水溜りのように足元で広がっていた。

 磁力で引かれるように次第に足下へと集まりだす。

 気味が悪い。

 足を浮かせると、集まって来た核は再び元の球体へと形を成した。

「植物で言うところの花粉かな。地球にあるあらゆる植物に受粉し、新たな植物を生み出す。あるいは植物そのものに寄生し、生態を突然変異させる。ちょっと、拾って渡して貰えるかな」

 ぼくは足下に転がる核を、彼女に手渡す。

「ありがとう」と大使は笑みを浮かべる。

 そして懐から拳銃を取り出した彼女は掌に乗った核に向かって一発の銃弾を撃ち込んだ。

 銃弾を受けた核は歪に凹み、衝撃によって車内を跳ね飛び回る。

 唐突のことに身動きの取れないぼくを余所に、大使は何事も無かったように落ち着いた様子で「核が落ちたら、もう一度、渡してくれるかな。助手席にいる君もよろしく」と気軽に手を振る。

 驚きから声も出せないでいると、「大丈夫。もう撃たないから」なんて彼女はぼくを安心させるように微笑んだ。

 さっき核を手わした時と寸分違わない笑みを浮かべられても、説得力が無い。

 跳ねていた核は、ひらひらと舞い、運の悪いことに大使の膝の上に落ち着いた。

 たださっきの言葉に偽りは無く、彼女は拳銃を懐にしまってから核を拾い上げて、ぼくへと見せびらかした。

「ほら。傷一つない」

 銃弾を受け、凹んでいたはずの核は元の姿に戻っていた。

「宇宙から飛来しているのでね。衝撃に強いんだよ。同様の理由で熱にも冷気にも耐性がある。おまけに羽のように軽いから、爆発物なんかで吹き飛ばすと風向きによっては広範囲に侵食を許すことになってしまう。だから装備に爆風を起こすようなものは少ないし、近接武器が推奨され、敵を捕獲する為の投網なんてアイテムが用意されてるんだよ。大陸の勇猛な教訓を活かしてるわけだね」

「自国にミサイルを撃ち込んだことが勇猛かどうかは分かりませんが―――ゲームのチュートリアルであった通りですね」

 テキストで知るのと、実物を見るのとではだいぶ違うということを身を持って体験させられた。

 網膜いっぱいに映し出されるものだから、核とはもっと大きいものだと勘違いしていた。

 我ながら鈍いとは思うが、寄生生物を手袋も無しに渡されるなど、誰が想像できるだろう。

 というか。

 するな。

 そんなこと。

「しかし、ゲームの通りというのであれば、核には破壊する方法があったはずです」

「それを実際にイクト君に見て貰おうと思うんだ」

「見る?」

「そろそろ着くよ」

 ぼくの質問には答えず、大使は車窓へと体を向ける。

 車道から離れた場所に建っているそれらは、土地の広大さという意味で、ぼくの住まう駐屯地にひどく酷似していた。

 車内にまで響き渡る爆音と共に、車上を軍用機が通り過ぎていく。

 入り口を通り抜けた時に壁に刻み込まれたが施設名が見える。

 そこにはこう書かれていた。

『米海兵隊岩国航空基地(U.S.MARINE CORPS AIR STATION IWAKUNI)』

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