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大使2

「なんでメールをくれないんだい」

 フー大使がそう言ってきたのは、ぼくが風呂から上がり、部屋に戻る途中の廊下での出来事だった。

 本日は夜間ミッションもなく、明日に備えてゆっくりしようと考えていた。

 そこに来てのフー大使。

 嫌な予感がして、湯上りの体が悪寒で冷え込む。

「この間の続きを話したいんだ。今から少し時間を取れるかな」

 あとは寝るだけなので、時間は取れる。

 ここで待ち構えていたのも、それを見越したからだろう。

 抵抗するだけ無駄そうだ。

 それに。

「はい。大丈夫です。ぼくも聞きたいことがあるましたから」

 そう返事をした。

 この先の展開を誰が予想しようか。

 ぼくには無理だった。

「じゃあ、行こうか」

 大使は髪も乾き切っていないぼくを、アメリカ国旗を掲げた黒塗りのキャデラックに乗せた。

 ぼくら人形乗りの外出を頑なに許さなかった門衛に、助手席に乗った黒服が証書のようなものを見せると、あっさりと車を通した。

 護衛の為か、前方に二台、後方にも二台のワゴン車が追走してきていた。

 ぼくへの監視だとはさすがに思いたくない。

「娘とは仲良くしてくれているかな」

 あまりの展開の速さに絶句するぼくを見かねたのか、話題を振ってくれる大使。

 しかし、その話題に答えるのは沈黙よりも空気が不味くなる危険がある。

「まさか娘を泣かせたりはしていないよね」

 二人はおかゆを食べ合った、医務室でのことを思い出す。

 あれはぼくのせいじゃないと考えたい。

 それにあの時の会話は大使には内緒だと言われてるしな。

 うん。

 これは話せない。

「とんでもありません」

 ぼくは首を左右に振って「そもそもぼくは娘さんを泣かせてしまうほどの影響力を、持ってはいません」と真っ当な反論を述べた。

 あの子は強い。

 赤の他人がどう罵ろうがどこ吹く風だろう。

 ぼくの返事を聞いているのかいないのか、疑わしげな表情を浮かべる大使は首を横に振って自分の見解を述べた。

「君は娘が君のことを路傍の石のように見ていると思っているが、私も、そしてアビーもそうは思っていないのだよ」

 少尉が?

 しかし、彼女の意見はあてにならないと思う。

 彼女との出会いが、アレクシーを助けたところから始まっているので、無駄に評価が高かったりする。

 アレクシーが、ぼくの言ったことをそんなに気にするはずもないのに。

「ぼくが娘さんを泣かせていると?」

「今の言葉をそう捉えるとは、本当にペシミストだね、君は」

「騙されて人形に乗ってるようなものですから」

 それを言い出したら、あのゲームをやっている人間全員が悲観主義者になるだろう。

 あれが実際の戦争だと分かった上で、プレイを始めた人とは一緒にされたくないものだ。

 それが国防にとって必要なことだったとしても。

 本人の許可は取って欲しい。

 まあ、知っていたならば、ぼくはきっとゲームをプレイしなかったろうから、国の判断としては正しかったのだろう。

「イクト君。軍人として最悪を想定することは好ましいのかもしれないけれど、女の子には嫌われるよ。私のように明るく楽観して生きれば、こんな変な目隠しを付けた私でもアレクシーの父親のような器量のある美男と付き合うことも出来る」

 なんだか話が脱線している。

 目を蕩けさせ、自慢話でも始めそうだった。

 人ののろけ話などに付き合えるほど人間が出来ていないので「少尉はなんと話していましたか」とぼくは話を戻すことにした。

 一瞬つまらなそうな顔を浮かべ「アビーはこう言っていたよ『二曹の話をする時、アレクシーは嬉々として悪態を吐いています』とね」

 新たな玩具を見つけたように、大使は目を輝かせてぼくを見やる。

「それは嫌われているのでは?」

「嫌よ嫌よも好きな内、ということわざが日本に無かったかな」

「俗言です。偉人の残した言葉でもありません。それに嫌と嫌いは同じ漢字を使っていますが、意味合いがだいぶ違います」

 嫌な人と嫌いな人ではえらい違いだ。前者は意味によっては救いがあるが、後者の場合は好かれる望みは少ないだろう。

「女性の真理を突いている。良い言葉だと思うのだけれどね」

 人妻が語る真理とか心底どうでもいい。

「そろそろ本題に入っていただいて良いですか」

「いいよ」

 ぼくはほっと溜息を吐いて居住まいを正す。

「アレクシーとはどれくらい進んでいるのだね?」

 そして、冒頭に戻るというト書きが頭を過ぎった。


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