佐々原9
ゲーム終了後、さっきの話はぼくが悪いということになった。
またぞろ眼鏡を掛けて欲しいと、懇願されたので、佐々原は今ぼくの部屋にいた。
彼女は眼鏡フェチなのだろうか?
いつも通りにベッドへ腰かけるよう勧める。
隣り合って座り、枕の隣にある眼鏡ケースに手を伸ばした。
「ところでイクト」
心なし声に弾みのある佐々原。
なんだかいつものらしさが無かったが、彼女の感情が声に表れるようになったのなら、喉が痛むくらいに叫んだかいがある。
ぼくは眼鏡を掛けつつ「なんだよ」と振り返って見た。
彼女は普段通りの読み取りづらい表情ではなく、付き合いが長くなったぼくだけが違いに気付けるであろう、ほんのりとした笑みを浮かべていた。
「さっきの話をしたい」
眼鏡越しに映る彼女の表情に、ぼくは目を逸らしてしまう。
あれ?
おかしいな。
きっと久しぶりに顔を合わせたからだろう。
なんだか見ていられない。
しかし、佐々原はその様子に気づくことなく「顔をそらさなくてもいい。いじけたことは言わない」と曲解して捉えていた。
それに安心したのもつかの間。
佐々原はぼくの逸らした顔が見えるように、正面へと回り込む。
「あの話は本当?」
「どの話だよ」
あの時どんだけ長いこと会話してたと思ってんだ。
佐々原がなかなか説得されない上に、銃弾まで撃ち込まれたものだから、ぼくは本気で手術を受ける覚悟を決めたくらいだった。
叫んだ内容をまるで覚えていない。
「銃弾を撃ち込んだ直後の話」
なぜか直裁的な言い方を避ける佐々原。
なんて言ったか。
あの時は自分でも恥ずかしいくらいに高ぶってたからな。
思い出せない。
首を傾げて考え込む。
佐々原もうろ覚えなのか、つかえながら話を続けた。
「その、私が銃を撃った後に、嫌いだと、もう話しかけるな、と叫んだ後」
それでようやくどこの話だったかを思い出した。
「まだ全然話したりないってとこか」
「もう少し前」
「お前のことが好きだってとこ?」
「それ」
途端にぼくと合わせていた目を逸らし、顔を俯けて頷く佐々原。
どうにもぼくが好きだと言ったことが、本当かどうかを聞かれているらしい。
「なんだよ。今更。お前はぼくが嫌いなのか?」
「それは言った。一緒にゲームをするイクトを嫌いになるわけがない」
「だろう? ぼくにとっても佐々原は特別だからな」
佐々原は俯けていた顔をバネ仕掛けのように跳ね上げる。
「と、言うと?」
ぼくはそれに答える。
「なにせ生まれて初めて出来た女友達だ。しかも趣味までばっちり合ってる。できれば死ぬまでこの関係を続けていたいな」
ゲームの話で盛り上がれる女の子なんてそうそういないだろう。
お互い黙って一緒にいても気を遣わないし、佐々原は最高の女の子だと思う。
いかに佐々原を友達として大事に思っているか。
そういったことを力説して伝えた。
「そう」
薄らとだが、しかし確実に浮かんでいたはずの佐々原の笑みが消え去る。
同時にぼくが先ほどまで感じていた、面はゆい感覚が消えた。
ほっとした。
これで眼鏡を掛けていても面と向かって話せる。
いつものような居心地のいい距離感。
そのはずだったのだけれど、なぜか先ほどよりも彼女の顔を直視できない。
目力が半端ない。
視線が痛い。
沈黙が重い。
「なかなか出来ないもんだよな、異性の友達って」
重たい空気を振り払うように殊更、声を大きくして話かけた。
だからこそ佐々原は大切な友達だ、と。
一生の友達になって欲しい、と。
さっきの戦闘時に比べて、今のテンションで話すには背中が痒くなるような言葉だったが、仲直りして早々にまた喧嘩するのは勘弁して欲しい。
ぼくは懸命に話し続けた。
しかし、話せば話すほど彼女の周りにまとった空気が、ますますもって重力を増したような気がする。
彫像のように固まっていた彼女はようやく頷く。
「確かに」
「だろ」
「私は異性の友達が一人もいない」
「ぼくを除いてな」
「私は異性の友達が一人もいない」
「いや、ぼくはよ」
彼女はもう返事をせず、黙って立ち上がり部屋を出て行った。
蝶番が外れんばかりに力強く扉を叩き付けて。
一人残されたぼくは、二人分の体重が掛かって沈んでいた一部を見やる。
来客用の椅子を揃えよう、ぼくはそう固く決意した。