佐々原8
個人回線が開かれる。
相手は佐々原だった。
「余計なことをしないで欲しい」
海岸から迫り来る標的を横目に、ぼくは望遠機能を使って北の高台を見やる。
境内の屋根の上に一体の人形が伏せていて、海岸に向かって撃ち込まれる様子が見て取れた。
「そっちに行く敵が多いからな。ポイント稼ぎだよ」
そう言ってから自身の目前に迫る敵木を一掃し、再度、佐々原の元へ北上する流木を優先して海へと沈めていく。
「援護は必要ない」
「ポイント独り占めなんかさせるかよ」
「敵は西南西から流れてくる。ポイントを取るならそちらを狙うべき」
「あっちはあっちで違う部隊が出張ってんだよ」
「尚のこと、こちらには撃ち漏らした敵しか来ない。止めて欲しい」
さっきから口数多く喋りやがって。
居心地悪いんだよ。
「お前がムカつくから嫌がらせしてんだ、察しろ」
短く息を飲む音がスピーカーから漏れる。
しかし、続く言葉に動揺は見られなかった。
「嫌いなら放って置けばいい」
「嫌いとは言ってないだろ」
「嫌いでいい」
彼女の語気が少しずつ強くなっている。
いじけてんじゃねーよ。
ぼくも負けじと声を張った。
「決めんな」
「嫌って欲しい」
「自分が幸せになる資格が無いなんてメルヘンな理由だったら断る」
「イクト」
「お前が仲間を殺したわけじゃない」
「イクト」
「人形で守って欲しい、昔の仲間がそう言ったのは、お前が密航してでも仲間と一緒に行きかねなかったからだろ」
「イクト!」
望遠に映る佐々原が海岸へ向けていた銃口をこちらへと向け、色の無い声で呟く。
「もう黙って欲しい」
あと一言でも漏らしたら、彼女はきっと撃つだろう。
長い付き合いだ。
よく分かる。
けれどそんなことは関係ない。
ぼくが言わない理由にならない。
だから。
「お前は悪くない」
遠雷のような銃声と共に無数の弾がぼくの人形へとばら撒かれる。
この距離ではまともに命中しないはずだったが、佐々原の類まれなる人形捌きは、この場に身体が無くとも、風を読み切る。
着弾した銃弾のいくつかが、ぼくの人形が隠れていた建物をかすめ、彼女の方角から露出していた右脚が千切れ飛んだ。
支えを失った人形が右に傾き、海岸にいる流木から見ても、ぼくの人形は遮蔽物の外へとその身を晒す。
「私はイクトが嫌いだ! だから撃った! もう話しかけるな!」
うるさいな、と、ぼくは叫んだ。
「ぼくはお前が好きだ! だから撃ち返さない! まだ全然話したりない!」
「うるさい!」
再び銃弾が鳴り響く。
その身を晒した動かないマトなど、彼女にとっては目を瞑っていても易い作業だ。
けれど、その狙いはてんで的外れで、一つもぼくの人形には当たらない。
「お前は幸せになっていいんだ! ぼくが保証する!」
「保証!? 会ったことも無い私の仲間がどう思ってるか! 貴方に何が保証できる!?」
「仲間のことは知らない! けれど、そうやって自分を追い込んでいる姿を見て、誰がお前を悪いなんて思えるよ!」
そんな奴は化生よりも質が悪い。
そんな奴はぼくが許さない。
佐々原の人形が立ち上がって銃弾をばら撒く。
もはや狙ってすらいない。
衝動的に打ち続け、叫び声を上げ続ける。
「うるさい! 私は悪い! 私が悪い!」
「言ったそばから追い込んでんな! 馬鹿! 何度でも言う! お前は幸せになっていいんだ! その子たちがもしも今、幽霊になってここにいて、お前の不幸を望んでるなら、そんな奴らは仲間じゃない!」
「私の仲間を悪く言うな!」
「じゃあ、お前もぼくを悪く言うの止めろ!」
「なぜ!?」
「ぼくはお前の仲間じゃないのかよ!? そうだよな! お前さっきからぼくのことを嫌いだって言ってるもんな!」
「違う!」
「違わない!」
「嫌いな相手とゲームなんかしない!」
「ぼくの脚を撃っただろ!」
「勢い!」
「弾みで撃たれてたまるか!」
「イクトが悪い!」
「そうだ! もう話したくないって暗に言ってるのを無視してほじくりかえした空気読めないぼくが悪い! お前は何も悪くない!」
「イクトは悪くない! 私が悪い!」
「言ってることめちゃくちゃだからな!?」
「知らない! 分からない! どうすればいい!?」
怒りは困惑へと変わり、もはや彼女はぼくに銃口を向けていなかった。
「お前は仲間を救いたかったんだよな!」
「そう!」
「でもその子たちはもういないんだ!」
「そう!」
「ぼくは仲間でいいんだよな!」
「決まってる!」
なら話は明快だ。
ぼくは大きく息を吸って、笑いながら懇願する。
「すぐに助けに来てくれ。ぼくはこの人形が全損した時点で、ランキング下がって手術決定だ」
「嘘!?」
「最近、不調だったんだよ。」
誰かさんのおかげさまでな。
「で、来てくれんの来ないの?」
「すぐに!」
そうして彼女は飛ぶように丘を駆け下りた。
今回はアレクシーに感謝だな、と全力で走った時のことを思い出す。
人間、声を大にして叫べば、案外すっきりするもんだ。
ぼくも。
そして彼女も。
なにが人体実験だ。
なにが重い過去を背負ってるだ。
ぼくも気にし過ぎたんだ。
年相応の女の子が、少し悩んでしまった。
それだけのこと。
神社からここまで走り込んできた彼女は、ぼくの目前にまで迫っていた敵木を撃ち潰し、粉々に砕いた。
倒れたぼくの人形を守る様に前へ立つ。
撃って撃って撃ち続け。
弾が無くなれば、ぼくの小銃を奪い取って再び撃つ。それすらも打ち尽くせば、腕に内蔵していた刀を右手に、ぼくの刀を左手に取り出だし、庭木を剪定するような気軽さで、鋭く伸びた敵の枝葉を切り落とす。
先ほどぼくが押し倒した時とは別人が操っているようだ。
鋭く。
速い。
いつも通りの、いや、それ以上に彼女の四肢は駆動する。
自分の指先一本一本に至るまでを人形へと同化させ、舞い踊る様に突いて切って刈り取る。
水平線まで続く敵の群れを、彼女ならきっと一人で倒しきれるだろう。
そう錯覚するほど彼女は強く。
プレイヤーとして、魅せられた。