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佐々原7

 暗く塗りつぶされた駐屯地。

 ぼくらは中央施設の五階にいた。

 廊下に室内灯が点る。

 明かりを反射した窓は黒い鏡のように佐々原の姿を映し出した。

 その瞳は虚ろで力なく、しかし、窓に添えられた手は血が止まるほどに握り込まれていた。

「作成に失敗した私は常人よりも筋力が低下した。けれど、それを補うように脳が体の制御に関しての部位を発達させた。不随意筋である心筋ですら自分の意志で動かせる。何度も練習を重ねたアスリートよりも正確に、体を支える上で最低限の力で、無駄のない動きが私にはできた。一の力で、十の動きが得られる。弱体化した私はそれでようやく常人と同じ生活が出来るようだった。そこで私を開発した一人が気付く。己の体のように操れる用捨人形を私が動かせば、常人よりも遥かに上手く精密に動かせるのではないかと。そして、私は試験的に六年前から『ディスポーザブル』をプレイし、実戦に堪えると判断された為、この駐屯地に試供品として卸された。他の七夕シリーズとして強化された子たちは、私が前線に行かなくて済むことを喜んでくれた。そして、彼女たちは言った。その人形で、きっと私たちを守って欲しいと。そして、彼女たちは大陸へと配属され―――対馬列島で死守命令を受けた」

 そこで佐々原はふと握り込んでいた拳を緩めた。

 力が抜けたように重力に沿って落ちる。

 悪夢から覚めたように、しかし、その覚めた現実こそが悪夢であるかのように。

 彼女ははたと気づく。

「私はなぜイクトに話している」

 問いかけでは無く、自問。

 いや、それはもう太陽が沈んだ時から続いていたのかもしれない。

 彼女は訥々と、しかし、淀みなく呟く。

「アレクシスのことがあったから。なぜ。アレクシスがイクトに優しくするから。イクトは言った。アレクシスが大変な過去を持っている。なら、私が過去を明かしたら、イクトは優しく接してくれる。そう思った。イクトが私と話す時間が減ったから。アレクシスといるから。イクトと一緒にいたい。仲間のように離れ離れになりたくない。一人になりたくない。寂しい。イクトと居たい。仲間のことを今の今まで忘れていた。なんで忘れていた。辛いからだ。イクトと居たいのは、ではなぜか」

 佐々原は窓に映る自身の姿すらも捉えていないように、虚空を眺めて、愕然とした表情を浮かべる。

「私は幸せになりたかった」

 吐き捨てるように呟く佐々原は、過去に一度も見たことない顔を浮かべて―――鏡に映る自身を叩き割った。

 こんなにも激情に駆られる彼女を、ぼくは知らない。

 彼女の腕から血がしたたり、床に落ちる。

 その音で我に返ったぼくは「何してんだよ!」と声を荒げてその手を掴み上げる。

 服越しに掴んだ彼女の手は枯れ落ちた枝のように細く脆い。

 膝を抱えて座り込んでいた佐々原を立ち上がらせた時に、どうして気付いてやれなかったのか。

 彼女はぼくの手を振り払おうとする。

 掴み続けていれば折れてしまう。

 ぼくはその手を離さざるを得なかった。

「今日話したことは忘れて欲しい」

 そんな話をしてる場合か。

「止血が先だ」

「いらない」

「いるとかいらないとかじゃねーよ!」

「今日話したことを忘れてくれるなら、受ける」

「いいから見せろ!」

「必要ない!」

 そうして押し問答をする内に、割れたガラスを目撃した自衛官と警務隊員が上がって来て、ぼくらを拘束した。

 佐々原は医務室へ。

 ぼくは暴行を働いたのではないかと疑われ、監視付で自室へと押し込まれる。

 警務隊員からの誤解は解け、自由に動き回れるようになった。

 アレクシーに言われてからというもの、色々なアプローチを試したが全て不発。

 そして、今日の北九州防衛戦に至るまで、ぼくと佐々原はゲーム上ですらまともな会話をしていなかった。


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