佐々原6
アレクシーの罵倒から一週間。
ことがそう上手く運ぶわけは無い。
敵の高圧水流から、佐々原が操る人形を庇った後に、彼女が個人回線を使ってきた。
「普段通りにして欲しい」
「いつもこんなだろ」
「以前なら私に任せていた」
「お互い無事だったからいいだろうよ」
「今のは以前なら任せていた、という私の言い分を認めたことになる。理解しているのなら、改めて欲しい」
うるさいな、と思った。
思った自分に嫌気が差す。
ぼくらの動きが、止まっているのを目ざとく見つけた郷原が「今は戦闘中だ! 気を抜くな! ここが落ちればどうなるか分からない訳ではないだろう!」と部隊回線で怒鳴りつけてくる。
言われなくとも分かっている。
ここを抜かれれば、日本は拙い状況に追い込まれるということは。
北九州工業地域。
太平洋ベルトの西端に位置し、過去には日本四大工業地帯に数えられた一つである。
大陸との海路を断たれ、原料の輸入をオーストラリアに頼る様になってからは南にある工業地域に生産力で負けるようになった。
現在では四大に含まれなくなった地域ではある。
しかし、ここには自動車生産ラインの六割を用捨人形用に置き換えた工場が存在していた。
戦線が大陸側で維持できていた時は輸出に適していた環境だったが、それが裏目に出たわけだ。
ここを化生に侵されれば、年間三十万台の人形が供給できなくなる。
これは国内生産量の一割にあたり、主力兵器の一つである人形が不足すれば、戦線を維持することが困難になるだろう。
玄界灘を埋め尽くすほどの流木。
博多湾を中心に唐津湾から宮路浜に掛けて、海流を利用して流れ着いて来る。
「お前らが一秒攻撃を止めるごとに、奴らは本土に根を下ろし、神の治めるこの国を侵そうとするだろう! さあすぐさまに立て! 軍人としての責務を果たせ!」
いよいよ自衛官である自身を軍人と言い出した郷原は、既に現在を生きていない。
「大東亜の戦では後れを取ったが! しかし! あれは我らの神国が脅威であると、連合諸国が心得違いをした為に起こったこと! 今やアメリカからの資源輸入に阻害も無い! 大陸に蔓延る唐変木どもを駆逐し! シベリアへと向かい、我らが同胞を救い出そうぞ!」
もはや時間系列すら怪しい。
一次と二次の戦争が混じり合い、敵はソ連邦だとでも言わんばかりだ。
なおもがなり続ける郷原に対し佐々原は「指示は受けない」と短く切って捨てた。
そして、彼女は上に被さるぼくの人形を押し退け「ここに二体の人形は隠れられない。私は北の高台にある神社へ行く」と返事も聞かずに移動を開始した。
「付き合う」
「必要ない」
「佐々原」
「プレイ中」
「タナバタ」
「いらない」
短いやり取りでの意思疎通は変わらなかったが、お互いの主張はかみ合わない。
後を追おうと立ち上がり、建物から顔を出そうとしたところで、敵が水流を撃ち出してきた。
隠れていた建物の半分を吹き飛ばし、破片と土煙が舞い上がる。
それらが晴れた時には、既に彼女の人形は見えなくなっていた。
マップ上で佐々原の位置を確認する。
青い光点が表示され、神社に向かい北上するのを見て安堵した。
彼女の言葉を思い出す。
確かに。
ぼくは普段通りでは無いかもしれない。
「あんな話を聞かされて、気にするなというのが無理だろ」
ぼくは泥を吐き出すように呟いて、佐々原が逃げた方向へと流れる敵木に、ありったけの銃弾をばらまいた。