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アレクシー3

「うっとーしー」

 駐屯地内のグランドを周回していると、アレクシーが並走して来た。

 人形の操作は下手くそな癖に、ランニングとかをするタイプらしい。

 意外過ぎる。

「藪から棒だな」

「どういう意味よ」

「寝耳に水ってことだ」

「あたしのことバカにしてるでしょ」

「第一声にあんなこと言われて、誰がまともに対応するよ」

 分かってんだよ。

 今の自分が陰気なことくらい。

 だからこうして、体を動かして、多少なりとも頭をリフレッシュさせようとしてんじゃねーか。

 振り切るようにペースを上げるも、息を乱すことなく付いて来るアレクシー。

 まだまだ余力がありそうだ。

「なんかあったんでしょ。タナバタと」

「なんでそう思う」

「なんでも何も、あんたら、あたしが居ない時はいっつも一緒じゃない」

「語るに落ちたな。自分がいない時に、どうやってぼくらの様子を知るんだよ」

「極小カメラと、盗聴を仕込むとかね」

 おいこら。

 まさかこの運動着にも?

 ぼくは即座に自身の服をまさぐる。

 しかし、隣の彼女は走りつつも、腹を抱えて笑うという器用なマネをして見せた。

「嘘よ。駐屯地内にある監視カメラと、それに付随してる集音マイクが拾った音は聞けるけどね」

 つまるところ、あんまり変わんないじゃねーか。

 お前の権限は一体どんだけのもんなんだよ。

 ぼくは自身の服を弄っていた間抜けっぷりを誤魔化す為に「防犯カメラって言えよ」と頭を掻く。

「監視で合ってるわよ。あんたらを逃げられないようにする為だからね」

 そう言って腹を抱えていた腕を解いたアレクシーは、笑いを収めて囁く。

「それから、あたし記憶力が良い方だから。どんだけ話を逸らしても、無駄だからね」

 ぼくは小さく舌打ちをして、さらにペースを上げる。

 しかし、アレクシーは腕の振りを大きくし、隣について来る。

 吐く息もリズミカルで乱れない。

 余力は十分なようだ。

「あの子に構ってあげなさいよ」

「ランニングにでも誘えってか」

 言ってから、ぼくは後悔する。

 最初に佐々原を見た時は、なんて小さい子供だと思った。

 足を踏まれたら、羽のように軽い体重。

 抱え上げた時に知った、触れただけで折れそうな華奢な腕。

 ぼくを部屋の前で待つ間、座り続けていただけで縺れるひ弱な脚。

 なんで気付かなかったのか。

 あんなにも毎日のように一緒に居たのに。

 分からなかった。

 友達失格だ、ぼくは。

 隣を走るアレクシーが盛大な溜息を吐く。

「景気の悪い顔してんじゃないわよ。ただ優しくして上げなさいって言ってんの」

「してるよ」

 むしろ前より優しくしたい気持ちでいっぱいだ。

 でも。

「向こうが避けるんだよ」

「なんでよ」

「知らね」

 頭を振ってそう答えたが、本当は何と無く分かる。

 あれだ。

 後ろめたいんだろうな、自分だけが生き残ってることが。

 しかし、そんなことを言い出したらぼくも同じだ。

 大陸でも、対馬でも、壱岐でも。

 網膜に映る画像処理はその死体を映さない。

 知らなかったでは済まされないことだ。

 けれど、そんなことを気にしていたら、ぼくはきっと戦えないし、生きていられなくなる。

 だから見ないふりをする。

 自分はゲームをしているんだ、と誤魔化す。

 そう考えられるぼくは、佐々原よりずっと酷い人間だろう。

「だから暗いっつってんでしょ。そんな顔されたら誰だって『あ、私、今、気を使われてる』ってばればれでしょ。もっと上手くやりなさいよね」

「うっせーな。お前に何が分かるよ」

 ぼくは一歩一歩のスライドを広げる。

 アレクシーはそれに対して、脚の回転を速めることで応じる。

 少し息を乱して来た彼女だったが、ぼくの方はもっと荒かった。

「監視カメラを見れるって言ったじゃない?」

「聞いたよ」

 しつこいな。

 地面を蹴り上げる力が自然とこもり、走る速度が更に増す。

 彼女は息を荒げながら付いて来る。

「あんたたちが騒ぎを起こした時の映像も見たのよ」

「お前……っ」

 怒鳴りつけそうになるぼくの目の前に手を突き出し「あんたが聞いたんでしょ『お前に何が分かる』って。最後まで聞いて、それから怒って」と言葉を繋げる。

「あたしは技術士官だけど、カウンターガーディアン・インダストリって会社から出向してるの」

 息が詰まりそうになったのは、走っているだけが理由じゃないだろう。

 それは佐々原の独白で出た会社の一つだった。

 ぼくの返事を待たず、彼女はぼくの問いに対しての答えを語り続ける。

「ほら。あたしの護衛してくれている少尉がいるでしょ。彼女は佐々原と同じで体を改造してるの。手術したのはあたし」

 足が壊れるほどに力強く地を蹴って、体を前へと押し出す。

 どいつもこいつも重たい話ばかり聞かせやがって。

 しかし、彼女は離れない。

 息を切らせながらもぼくの隣を走り続けた。

 ぼくはどういう顔をしていたのだろう。

「そんな目で睨みつけないでよ」

 アレクシーが少し怯んだ様子を見せたが、話すことを止めたりはしなかった。

「会社がね。笠原工業集団公司を潰そうとしたの。目障りだと思ったんでしょうね。人形だけで無く、歩兵のシェアも奪い去ってしまおうと考えた。会社が公司同様に戦災孤児や移民を使いそうだったんで、あたしに一任するように頼み込んだのよ。少尉はユーラシア大陸帰りの負傷兵だった。戦いでの傷が原因で二度と歩けない体になっていたの。あたしは少尉に言ったわ。手術をすればもう一度、歩けるようになる。ただし、それはまた戦争に赴くことになるかもしれない。それでもいいかと。彼女は選んだわ。祖国を守る礎になるってね」

「佐々原はそうじゃない」

 彼女には選択肢など無かった。

 四肢を失っていたわけでもない。

 ただ都合が良いという理由だけで、その幼い体を改造された。

 ぼくの友達を。

 酷い目に遭わせた。

「そうね。タナバタは戦災孤児だった。だからこそあたしはそれを理不尽に思うし、憤りもする。少尉がもしも会社から無理やりに手術を受けさせられそうになっていたのなら、あたしは全力で止めたわ。あんたはお前に何が分かると言ったけど、あたしに分かるのはここまでよ」

「なにが言いたいんだよ」

「タナバタから逃げてるあんたを焚き付けてんのよ」

「誰が逃げてるって?」

「今現在ならあたしから逃げてるわよ」

 腹が立って速度を速める。

 アレクシーはついて来る。

「あたしから逃げるのは良いけどね。すぐ追いつくから。けど、タナバタから逃げてるあんたはめちゃくちゃカッコ悪いよ」

「言ったろ。向こうが避けるんだって」

「避けられたら、そこで終わりなんだ?」

 いちいちいちいち腹の立つ。

 足が早まる。

 並走される。

「しつこくし過ぎても嫌だろ」

「物わかりがいいのね」

 走る。

 追う。

「嫌味な奴だな」

「皮肉だからね」

「来んなよっ」

「逃げんなっ」

「うっせ!」

「なによ!」

「バカ!」

「チビ!」

「てめ!」

「この!」

「あ!」

「ぼ!」

「!」

「!」

 そうして、ぼくらは全力疾走。

 汗みどろになって走り、最後には何も喋れなくなって、唸り声だけで相手を罵倒し続けた。

 何周目だったろう。

 疲労で足がまともに上がらなくなったぼくは、何もないところで転んで顔を強かに打ち付けた。

 転んだぼくの腕に足を引っかけたアレクシーもまた、同じように顔面を強打する。

 息も絶え絶えに、二人して地面にのたうち回る。

 呼吸が整い、痛みも引いたところで、回っていた二人はようやく止まった。

 ちょうど顔を見合わる形となる。

 ぼくは、鼻を真っ赤にして汗みどろになったアレクシーに問いかける。

「そうまでして、何でお前が佐々原のことを気に掛けんだよ」

 ぼくは二人だけで話しているところなんて見たことはないし、そもそもぼくを含めても三人で集まることなんてまったく無かった。

「タナバタが私と居る時に来ないのは、オプション設定の時の詫びみたいなもので、遠慮してくれてるのよ」

 その言い分はよく分からなかったが、続く彼女の答はぼくにもよく納得できるもので「あんな境遇だって聞かされたら、誰だって助けようとするでしょ。盗み聞きしちゃった罪悪感もあるしね」と鼻を擦りながら言う。

「ただでさえ暗いあんたが、ずーっとお通夜みたいな顔を浮かべて鬱陶しかったってのもあるけどね」

 そうしてアレクシーは立ち上がり、ぼくの腹を踏みつける。

 スパイクで。

 かなり痛い。

「なにはともあれ、こんなとこでバカみたい走って伸びてなんかいないで、さっさと会いに行きなさいよ」

 ここで倒れてるのはお前のせいでもあるけどな。

 ぼくを踏みしめ、踏み越えたアレクシーは、そのままグラウンドから去って行った。

「とっとと元の呆けた顔に戻せ。バカ」

 そう一言を付け加えて。

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