アレクシー
アレクシーは十六だと言う。
大学院も飛び級で出たと自慢していた。
医務室にいた二日間の間に日本語も覚えてしまう。
賢い。
真似できない。
ただ。
アレクシーは箱入りだと思う。
世間知らず。
純と言ってもいい。
たとえば先日、くじらのタタキが定食に並んだ時だった。
「だからこの食堂で食べたくないのよ! 日本人のこうゆうところが嫌いよ! クジラの肉を食べるなんて! かわいそうだと思わないの!?」
彼女は常に声を最大にして話す。
喉を傷めないのだろうか。
ぼくは備え付けのピッチャーを手に取り、空になっているアレクシーのコップへと水を注ぐ。
「個人的には捕鯨しようがどうしようが、食べられれば何でもいいな」
犬とか猫とかはちょっと勘弁して欲しいけど。
こういう気持ちを増大させた状態が、アレクシーの反応なんだろう。
そう思うと、共感できなくも無いので、怒鳴りつけられても怒る気になれない。
「そういう無関心さがクジラを殺すのよ!」
机を握り拳で殴りつける。
その振動が机を伝わり、好物であるタヅクリが一尾、トレイの外に落ちた。
よし。
前言撤回。
怒ろう。
「昨日のお昼はおいしそうに食べてただろう」
「クジラじゃなかったじゃない!」
「牛だったな」
牛筋を醤油とみりん、砂糖で甘辛く煮込んだ牛筋煮込み。ご飯に抜群に合っていて、彼女は嬉しそうにおかわりをしていた。
「そう!」
「牛は可哀想じゃないのか? その豚は?」
口に運ぼうとしていた豚肉のしょうが焼きを、取り落とすアレクシー。
「……え?」
「牛はチンパンジー並に賢いとか、豚だって犬よりも知恵があると言ってる学者さんもいるぞ。もっと言えば魚も人間の新生児程度には痛みを感じるらしいしな」
アレクシーは生まれて初めて聞いた知識であるかのように呆ける。
そんなことは思いつきもしなかったらしい。
加工食品ばかりを目にしている現代っ子め。
科学だけで無く、倫理も学べ。
「冗談でしょ」
「ネットで調べてみろよ。わりと有名だぞ?」
そうして、彼女は食事にまったく手を付けないまま食堂を出て行った。
翌日。
アレクシーは部屋から出て来なくなった。