佐々原2
自室の前に辿り着いたら、佐々原が扉を背に座り込んでいた。
膝を抱くようにして、顔を俯けている。
今日は誰も彼もの様子がおかしい日のようだ。
恨み節を言うつもりが、すっかり毒気を抜かれてしまった。
部屋の前で止まった足音を聞き取ったのだろう。
肩を一度だけ跳ねるように震わせたが、その場から逃げ出そうとはしなかった。
「医務室に行って来た」
「うん」
「彼女、元気そうだったよ」
「うん」
「怒ってもいなかった」
「うん」
「今度、謝りに行けよな」
「…………」
いや、そこは流れで頷けよ。
「今度、謝りに、行けよ、な」
「………うん」
「そこで何してんの」
「呼び鈴押しても出ない」
「だから?」
「顔を合わせたくないくらいに怒ってる」
「そう思ったと」
「そう」
「顔を上げてみ」
言っても動こうとしない佐々原の頬を、下から掬い上げるように両手の平で包み込み、あごの部分で指を組んで、俯けていた顔を無理やり引き上げる。
固く閉ざした目の下にはクマと、涙の跡。
泣くくらいなら挑発なんてしなければいいのにな。
佐々原は往生際悪く、なんとか顔を逸らそうとする。ぼくはしっかりと彼女の顔を固定したまま、親指だけで佐々原の頑なに閉じる瞼を開いた。
真っ赤になった彼女の瞳に映るのは眼鏡姿の自分。
「感想は」
「うん」
「感想はよ」
「うん」
「それ感想じゃないからな」
「……いつもより目が大きくて、幼く見える」
だから見せるの嫌だったんだよ、とは言わず。
「度が入ってるからな」
「可愛い」
「男には褒め言葉にならないから」
「知ってる」
「ぼくは怒ってるように見えるか」
「少し」
「それはお前が幼いとか言うからだ」
「うん。ごめん」
ようやく謝罪の言葉を口にした佐々原は、ぼくの手を振り払ってから目元を拭う。
そうして勢いよく立ち上がろうとして―――失敗して横に頽れた。
ちょっと心配する倒れ方だったが、「痺れた」と言って足を揉む様子に安堵する。
「たまには動け。引きこもり」
体育座りで痺れるとか聞いたことも無い。
腕を掴んで引き上げてやる。
今の失敗が恥ずかしかったのか、珍しく頬を染めて「謝って来る」と足をふらつかせつつも、医務室に向かって歩いて行った。
あんまり情けない姿を見てやるのも可愛そうだと、部屋に入ろうとして「イクト」と声を掛けられた。
お礼でも言われるのかと思いきや、「約束は『部屋で眼鏡を掛けて見せる』。だからまた今度の機会に見せて欲しい」と言ってそのまま廊下の角を曲がって行った。
残されたぼくは「あいつとは目が合っても不思議と平気なんだよな」と独りごちた。




