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私は先生になりました

 魔族たちは今、ほとんどを集会所に集めているよ。この城の広間だから、着いてきて。

 アルがしっかりとした声で言ったので、凛は安心して着いていった。城内は驚くほど不潔で埃まみれだが、とりあえず目を瞑って、隣を歩くセバスの体型に癒されながら、薄暗い廊下を進んでいったのだが。


「……何よ、これ」


 魔物が集まるという集会場……という名の溜まり場。アルに案内された凛が開口一番にそう言葉を漏らしたため、アルは不思議そうに振り返る。

「これって……どれのこと?」

「これは、これよ!」


 凛としては少し声のトーンを上げたつもりだったのだが、魔王アルはびくっと身を震わせ、今し方開いた集会場のドアの影にささっと隠れて、目だけをこちらに覗かせた。

 この魔王のへたれっぷりもかなりの物だが、凛が驚いたのはそこではない。


 集会場に集まる魔族たち。その見てくれは凛が想像していた通り……いや、それ以上になかなかおぞましい化け物たちばかりだった。


 照明の壊れた部屋。そこを歩き回るのは、いわゆる異形の者たち。頭に立派な角の生えた半獣や、逆に下半身が馬の両脚をしているケンタウロスのような者。RPGに出てきそうな、緑色の鱗を持ったドラゴンは、時折口からぽっぽっと火の粉を飛ばしている。足元をころころ転がっているのは、人間の頭部だけの物体。転がると目に異物が入るのか、痛そうに目を瞬かせている。そして部屋の隅には半分腐りかけた死体のような者が数匹、スクラムを組んで座っていた。黄土色の肌は半分溶けかけていて、腕を組むと全員がくっついたかのように見えた。


 部屋に溢れる叫び声、足音、炎の音、変な匂い。これだけなら十分、魔物として機能するだろう。この部屋にいる数十体の魔物が現代日本に降り立つだけでほとんどの人間は怯え、逃げまどい、絶望に陥るだろうから。


 だが、それは彼らの見てくれだけを評価した場合、だ。凛が声を荒らげたのは、彼らの見てくれではなく、様子の方だ。


 突如、魔王と共にやってきた人間の女。その髪は、この世界ではあり得ない黒色。そしてその女は、我らが魔王様を一言のうちに黙らせてびびらせた。


 勇猛な半獣は「ぴゃっ!?」と可愛らしい声を上げて部屋の隅に駆けて丸くなり、ケンタウロスもまた逃げようとして、自分の四本脚に躓いて派手に前転。果敢にも凛に挑み掛かろうとした緑のドラゴンは回転してきたケンタウロスに跳ね飛ばされ、壁にぶち当たって伸びたトカゲのようにぐったりと床に落下した。人間の頭も驚いて跳ね上がり、逃げようところころ転がるが目を閉じ損ねたらしい、床の砂が目に入り、ぼろぼろ涙をこぼしている。この部屋で一番グロテスクな見てくれのゾンビたちはスクラムを解除し、キッと凛をにらみつけたかと思うとばたりとその場に倒れ、死んだふり。もう死んでいるので、ふりも何もないのだが。


 その他にも、逃げだす者や隠れる者、悲鳴を上げる者や泣きだす者、エトセトラエトセトラ。


「……これ、本当に魔族なの?」

 絶望しきった凛の言葉に、ひょこっとドアから顔を出したアルは頷く。


「そうだよ。さっきも言ったけど、人間にほとんどの魔族の勇士は倒されたから、ここに残っているのは子どもばかりだけど。あと、各地にも大人の魔族はいるけど、戦う力が弱い者が多くて……」

「え、じゃあ魔界にいる魔族ってのは……」

「うん、みんなこんな感じ。とくにうちには、親を殺された子たちがたくさんいるんだ。ここのほとんどはそういった子で、まともに戦えるのはほとんどいないんだ」


 親を殺された子、に凛の瞳孔が広がる。もう一度、じっくり魔族たちを観察してみると、確かに。おどおど歩き回る者や泣くしかできない者。友人らしき魔族と手を握り合わせる者など、まあ大人の魔族とは思えない者が大半を占める。


 ほぼ孤児院状態の魔族の集会場。人間に親を殺され、行き場をなくした子どもたち。

 凛はアルをその場に放置し、ゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。人間の女が部屋に入ってきたため、魔族たちも戦慄し、凛の動きをじっと目で追う。中には目を持たぬ者もいるが、そういった魔族もじっと動かずその場の様子をうかがっているようだ。


 凛が近付いたのは、一番入り口に近いところにいた、チューリップのような頭を持つ小人。頭が異様に大きく、大して体が小さい。子どもの落書きに出てくる「チューリップの妖精」といったところか。肌の色は全体的に緑がかっているが、顔立ちや手足の付き具合はかなり人間に近い。


 チューリップ坊やは凛を大きな目で見つめ、彼女が自分の前にしゃがみ込むと、カッと鋭い牙を見せて唸った。


「来るな、ニンゲン! おまえたちが、ぼくたちを襲った! 来るな!」


 キンキンと耳に付く少年の声だが、凛はその言葉をきちんと理解できた。凛は微笑み、敵意むき出しのチューリップ坊やに手を差し出した。


「大丈夫。私は君たちを襲ったりしないし、いじめもしないから」

 魔族の言葉を理解する女性。チューリップ坊やははっと顔を上げ、こちらへ伸びる白い手をじっと見つめた。


「……おまえ、言葉、分かるのか? ニンゲン、ぼくたちのことば、分からないのに、どうして?」

「その理由は、魔王様から聞いて」


 くいっと背後を示すと、存在を消そうと努力していたらしい、アルの身がびくっと震える。

「え、え、僕? 僕なの?」

「そう。この子たちに説明したげて」

「で、でも……」

「さっさと言え」


「は、はいぃぃ!」

 わたわたとドアから離れ、黒衣の裾に躓きそうになりながら駆け寄ってくる魔王様。一応、魔族で一番偉いはずの魔王が歩み寄っても魔族たちのほとんどはぽかんとして彼を見つめるのみ。ごく一部の者のみ、恭しくアルに向かって頭を下げる。


 アルは凛の隣で止まり――凛から離れるように一歩左へ寄り――こほん、と咳払いした。


「え、えとぉ……この人は僕が異世界から召喚した使者です。ほら、勇者の方も異世界から女性の使者を召喚したっていうでしょう? だから僕もそれに倣って、彼女を召喚したんです」

「え? 勇者? なにそれ?」


 すぐさま飛んでくる疑問符。どうやら魔王はきちんと子どもたちに現状を伝えていなかったらしい、ほとんどの子どもたちがぽかんと魔王を見上げる。目を持たない魔族たちも、動きを止めて魔王の方に体を向けた。


「ねえ、使者って何? 勇者がどうしたの?」

「……アル君や」

「ひいい!? やめてってば、その目おっかないからやめて!」


 ジト目の三白眼で魔王をにらみ上げる凛。アルはとっさに逃げだそうと後ろに後ずさったが、凛がそのマントの裾をふんずけていたため前向きにつんのめり、「ひえぇっ!?」と声を上げて振り返る。


「何すんだよ!」

「だから、説明してってば」

「はいはい……」

「はい、は一回」

「はい……」



 凛に急かされ尻を叩かれ、アルはたどたどしく今の現状を魔族の子どもたちに説明した。下手くそ極まりない上、声が小さいものだから子どもたちが首を傾げることしばしばだったが、なんとか必要事項を説明し終えた魔王様はふうっと息をつき、端正な顔をぱっと綻ばせて凛を振り返り見る。


「ね、ちゃんと説明したよ! 聞いてた、リン?」

「聞いてたけど……何でもっと早く言わなかったのよ」

「し、仕方ないだろう! 勇者や世界の情勢は、大人の魔族たちにしか伝えていなくて……」

「じゃあ、この子たちはまともに状況も分かっていないのね? 勇者が襲ってくるかもしれない……でも、逃げる力も戦う力も持たないこの子たちは……」

「う……ううう……」


 すっかり及び腰の魔王と、そんな魔王にくどくど説教する人間の女性。その女性に「この子」と呼ばれた魔族たちは不思議そうに、じっと凛を見つめていた。


「……じゃあ、このニンゲンはぼくらの仲間なの?」


 首をめいっぱい捻って凛を見上げるチューリップ坊や。凛はそんな彼を見、驚愕の表情の魔族たちを見、自分の言ったことに間違いはなかったかと反芻する魔王を見、そして再び坊やを見下ろしてにこっと笑った。そして、


「そうよ。しかも私、みんなの先生になるのよ」

「せんせい?」


 きょとんとする魔族たち。魔王すらきょとんとして凛を見つめるが、隣からの視線は全無視。自分を見つめる者たちをぐるっと見回し、凛は笑顔のまま続ける。


「みんな、このままだとこの世界……クラン・クレイルだったかな? ここの人間たちや勇者の言いなりになってしまうわ。だからまず、中身から改善していきたいの」

「なかみから……?」


 凛の言葉をオウム返しにするのは、先ほど転倒したケンタウロス。驚いたことに見た目の厳つさに反して、声は幼い少女のものだった。


「そう。みんなだって、無理な戦いは嫌だよね? 私だって嫌だ。だから、みんなで一緒に勉強して、運動して。みんなが幸せに暮らす方法を考えよう。人間たちに攻め込まれることも、みんなが嫌々戦う必要もないようにしていこうよ。みんなの力で」


 子どもたちはしばらく、凛の言葉を口の中で復唱したり、ゴロゴロ転がりながら思案顔になったりしていた。少し言葉が難しかっただろうか、と凛は腰に手を当てて小さく舌を出したが、やがてすっと、子どもたちの一群から一人、出てきた。かつん、と硬質な音が響く。


「……僕は、あなたの提案をとても魅力的だと感じました」


 炎のように燃え立つ赤い髪の彼は、足が三本ある。脚を開いたコンパスのようで、他の魔族と比べてずっと人間に近い容姿をしている。きっと、頭脳も人間並みに持ち合わせているのだろう。


「僕も、ここにいる僕の友人たちも、痛い思いや怖い思いをしたくありません。僕たちが生きるために必要な知識を授けてくれるならば……僕は、あなたを信じようと思います」

「ありがとう」


 凛は強ばった笑みを返した。この少年は非常に賢い。提案したのは凛の方なのに、背中をつうっと冷や汗が伝った。


 他の子どもたちはこの少年が承諾したことがきっかけとなったらしく、怖々ながら頷いてくれる。中には、「戦わなくていい」と知ってほっと安堵の表情を浮かべた者もいた。

 やはり、魔族イコール悪ではないのだ。魔物にも心があり、命があることを、彼らが教えてくれる。


 しばらくその場を見守っていたアルは小さく息をつき、静かに微笑んで凛の肩に触れた。

「ありがとう、リン。やっぱり君に任せて正解だったよ」

「勝手に召喚しておいてその言い草は気に掛かるけど……まあいいや。やるからにはとことんやらせてもらうからね」

「ああ。子どもたちを頼むよ」

「……何言ってんの。あなたもよ、アル」


 我関せず、といったアルの顔がみるみる崩れ、元々涼しい吊り気味だった目が情けない垂れ目になる。

「え、ええ!? 何で、僕まで!?」

「あんたが一番問題児なの! 魔王の威厳もクソもないでしょ! さっきだって魔族の子どもたちに魔王扱いすらされなかったじゃない!」

「え? ちゃんとされてるよ」

「……例えば?」

「えーっと……そう! 食事で僕の好きなものが出てきたら、僕にそれをくれるんだ!」


 どうだ! と胸を張るアル。なぜだろう。凛より頭一つ分以上背の高い魔王様が、小学校に上がる前の幼稚園児に見えるなんて。このまま黄色い鞄を提げて学童帽を被り、五歳の年長さんとお手々繋いで通学路を歩いていても不自然でないのは、なぜだ。ひよこのアップリケが着いたスモックを着、先生のピアノに合わせてお歌を歌っている姿が容易に想像できるのは、どうしてだ。


「……」

「……ねえ、僕ちゃんと魔王扱いされてるでしょ?」

「……だまらっしゃい!」


 凛の喝が、魔王城の天井を震わせる。「せんせい」の登場にはしゃいでいた子どもたちも、何ごとかと凛を見つめる。


「あんたねぇ、そんなんだから舐められるのよ! 勇者から魔族を守ろうって気はないの!?」

「あ、あるよ! それに僕は舐めてもおいしくないよ!」

「うっさい!」


 再び飛ぶ凛の激。もはや言い返す勇気すら失われた魔王に向かってびしっと指を差す凛。


「決めた! あなたが私のクラス名簿の出席番号一番ね! せめて中学入学レベルまでみっちり叩き上げてあげるから、覚悟しなさい!」

「え、え……? えと、ちゅうがく、って、何……?」

「返事ははい、かイエス!」

「は、はいい!?」



 こうして魔王城で異世界人・凛の魔族教育事業が幕を開けたのだった。

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