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これからすべきことを模索します

「あなた、頭の中お花畑なの? 常春のリゾート地なの?」

「でも、僕もお腹空いたし……」

 椅子の上で膝を抱えて座り、ボソボソ言うアル。先ほどから聞こえてきた地響きのような音は、どうも魔王様の腹の虫の鬨の声だったらしい。


「つまり、私を気遣うというより自分が空腹なだけなのね」

「そ、そうですぅ……」

「……でも確かに、ちょっとお腹に何か入れたいかも」


 凛はじっと部屋の隅に佇んでいたセバスを振り返り見、ぽんぽんと自分の腹をさすった。

「セバスさん、何か食事はないのかしら? というか、魔族って何を食べてるの?」

「はい。おそらく魔族とリン様とでは食指が大きく違うかと」


 セバスはゆっくり頭を垂れる。

「魔族ですと……そうですね、生の牛の臓物や動物の骨、鳥類の生き血や熟成しきって腐った肉……ああ、金属片が主食の者もおります」

「……」


 とたんに引きつる凛の顔。魔物なのだから食事も個性的なのだろうと覚悟して聞いたのだが。

「……な、なんだかすごく生臭そうね……」

「左様です。ああ、ちなみにニンゲンの肉は……」

「そ、それ以上言わないで!」


 両耳を押さえてベッドの上にうずくまる凛。心得たように口を閉ざすセバスと、少し意外そうに凛を見つめるアル。


「私、そういう話ダメなの! ごめんなさい、あなたたちにとってはきちんとしたお食事なのだろうけど……」

「お気になさらず。きっとリン様はこの世界のニンゲンと同じ物を召し上がるのでしょう」


 セバスは微笑みながら頷き、節くれ立った指を折りながら言う。

「新鮮な野菜のサラダ、果実のジュース、火を通した肉……あと、木の実などならお口に合うでしょうか」

「え、ええ……きっと大丈夫。ありがとう、セバスさん」

「いえいえ。では失礼。アル様とリン様のお食事を用意させて参ります」


 一礼し、ドアを開けて出ていくセバス。小さな彼の背を見送り、凛は体を起こしてアルに問う。

「用意させるってことは……使用人とかがいるのね?」

「……え? あ、うん。そうだよ」


 何か考え込んでいたのだろう、一拍遅れてアルは頷く。


「魔族たちの中でも比較的手先が器用な者たち。えっと、魔族にも種類はたくさんあって、僕やリンにそっくりな者は料理や掃除もできるから……」

「なるほどね……」


 魔族と一口に言っても種類があるのだろう。アルの言い方では人間に近い形の者もいるし、そうでない者もいるのだろう。ふむふむと納得して頷く凛。そんな彼女をじっと見つめ、椅子を股に挟んだまま凛の側まで寄ってくるアル。


「……ねえ、リン?」

「なぁに?」

「リンって、血とか、生肉とか、そういう話ダメなの?」


 きらきらといたずらを思いついた子どものような眼差し。とっさに身の危険を感じ、「ニンゲンの肉」に過剰反応してしまった自分を呪うが、苦手なものは苦手なのだ。


「そう、ね……特にほら、人間の肉っていうと、自分も入るし……」

「そうだねー」


 にこにこと椅子を引いてくるクソガキ……否、魔王。なぜか自分の劣勢を感じ、じりじりとベッドの上で後退する凛。


「……え、えと……アルは、その……どんな物が好き?」


 標的変換。生肉だのから話をそらそうと、凛は引きつった笑顔でアルに話題を振った。まさかこれほど人間に近い見てくれの魔王ならゲテモノは食わないだろうが。アルはひとつ瞬きし、何か言いかけて口を開き……すぐに閉じ、凛の体をじっくり眺めてにいっと嫌な笑顔を浮かべた。


「ふふふ。僕はね……ちょうど、リンのその辺みたいなお肉が好きだね……」


 魔王の長い爪が示す先。冷や汗たらたらで魔王の返事を待っていた凛だが、「そこ」を示されてピキッと額に青筋が浮かぶ。


 アルは凛の弱みに付け入ったつもりだったのだろう、にやにやと凛の反応を待っていたが、彼女の表情が凍り付き、自分の「そこ」を見たまま微動だにしないため、どうしたものかと首を捻る。


「……リン? えっと……食べちゃうぞー?」

「……」

「……えーっと? リンさん?」

「……」



「おやおや」

 右手に凛用のほかほか牛ステーキのプレート、左手にはアルと自分用の冷やし生肉の皿を持ち、肘で器用にドアを開けたセバス。彼は飛び出した目を丸くし、「し」の字になって頭から床に突っ伏すアルと、ベッドで背を向けて丸くなる凛を見て口元を緩めた。

「食事の前に随分激しい運動をされたようで」

「セバスさん、語弊を招きかねない言い方はやめて」

「それは失礼いたしました」


 セバスはにこにことテーブルに皿を並べ、ドアを閉めた。

「さあ、お食事を用意しました。ちなみに私とアル様の分は固く冷やした生肉になります。血は出ないので、ご安心ください」

「ありがとう、セバスさん」

「私のことはどうぞ、セバスとお呼びください」

「了解、セバス」


 肉のいい匂いに釣られ、ひょいと起きあがってセバスが引いた椅子に座る凛。セバスも自分の椅子を引き、短い足で椅子によじ登る。


「そういえば……アル様はいかがなさいましょうか? 随分と、マットレスにめり込んでらっしゃいますが」

「ほっときましょう。お肉が冷めそうだし、食べていい?」

「はい、どうぞ」


 魔王城の主……のはずの青年を放置し、それぞれの食事に手を付ける凛とセバス。どうやら魔物界にフォークはないらしい。用意されたナイフを両手に一つずつ持ち、恐る恐る肉に切れ目を入れ、口元に運ぶ凛。


「……あ、おいしい。これ、牛肉ね」

「左様。和え物の温野菜はいかがでしょうか?」

「こっちもおいしい! ありがとう、セバス。あなた人間についても詳しいのね」

「は……アル様がニンゲンを召喚するとおっしゃったので、事前に調べて参りました」

「そうなの……ごめんなさいね、手間を掛けさせて」

「いえいえ」


 和やかに交わされる会話。ひとつ、取り残された冷やし肉は汗を流し、すっかり溶けきってしまった。



 下手なファミレスよりずっと豪華でおいしい食事。きちんと肉の一欠片も残さず凛は平らげ、ふうっと息をついてくすんだ天井を見上げる。


「お腹一杯です……」

「それは何より」

 セバスは微笑み、水っぽい血が残る自分の皿に凛の皿を重ね、銀のナイフもきちんと揃える。


「ではリン様、何か他にお尋ねになりたいことはありませんか?」

「ん? ……んん、そうね……たくさんあるわ」

「ほう、どういったことでしょうか?」

「まずは……生活全般ね」


 凛は体を起こし、右手の指を折りながら言う。

「まず、トイレ。それからお風呂。あと、着替えと洗濯は必需ね」

「そんなに気にすることかなぁ」


 真剣そのものな顔の凛を差し置いて、ぽそっとつぶやくは我らが魔王様。凛とセバスの食事が終わってようやく魔王は意識を取り戻し、すごすごと自分の椅子に上り、溶けきった肉に手を付けたのだ。


 凛はそんなアルを一瞥し、「くちゃくちゃ言わせながら肉を食べないで」とマナー注意を入れ、セバスに視線を戻す。

「どう? 異世界に留まるなら、少なくともこれだけはきちんとしたいのだけれど……」

「心配ご無用です。その点も全て、調査済みです」


 セバスは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに丸い胸を張り、凛に倣って自分も右手の指を順に折っていく。


「まず、厠ですが……リン様の部屋のみ、特別に取り付けております。下の者に始末は任せますので、ご安心ください。そして湯浴み……こちらも、ご希望とあらば桶と水を運びます。タイル張りの部屋があるので、そちらで水浴びなさってください。ニンゲン用の替えの服も用意しております。少しリン様にとっては大きめでしょうが、着れないことはありますまい。洗濯も、指先の器用な者にさせましょう。ニンゲンが使う石鹸は我々の肌に合わないものが多いため、手洗いのみになりますが……」

「大丈夫よ、むしろそこまでしてくれるなら本当に有難いわ」


 最悪、用足しはどこかでこっそりと、風呂は冷たい水浴びで我慢、服は一枚のみで自分で手洗い……となる場合も考えていたため、至れり尽くせりの現状に凛は素直に感謝の言葉を述べる。


「下仕えの魔族たちも大変でしょう……というか、私はセバスやアル以外の魔物に会ったことがないけれど」

「リン様の世界には、高知脳生命体はニンゲンのみということですし、それも致し方ないでしょう」

「……ん? その知識はどこから?」

「ニンゲン界からだよ」


 それまで黙って肉を咀嚼していたアルが面を起こし、どこか自慢気に喋る。

「ほら、勇者が召喚したっていう異世界のニンゲン。その人がいろいろと説明したらしくてね。ニンゲン界に偵察しに行った魔族が情報誌を拾ってきたんだ。これでも僕、ニンゲンの言葉が読めるんだよ」


 えっへん、と胸を張るアル。とりあえずその頭をよしよしと撫でながら、凛はセバスに視線を注ぐ。


「情報誌が出回るということは、その人間は召喚されてから結構経つの?」

「いえ、そうは申しましてもつい数十日前でございます。勇者の方も着々と準備を進めているそうで……」


 魔界に攻め込む準備を。


 食事の場に冷えた空気が漂う。


 凛はナイフを置き、テーブルの上で両手を重ねた。

「……まさかアル、このままみすみす勇者に攻め込まれるのを指銜えて見届けるわけじゃないよね」

「そんなわけないだろ」


 初めてアルが反発した。キッと睨むように見返され、凛は内心ほっとした。睨みに威力はないが、この軟弱な魔王もきちんと君主としての心得はあるようだ。


「ただ、これまでの戦いで多くの魔族が命を落とした……リンがさっき言ったのは正しい。この城にいる魔族は本当に少ないんだ。彼らも、戦いの技術があるわけでもなくって」

 ふむ、と凛は胸の前で腕を組む。曇りガラスの一部がほんの少し剥がれ落ちたかのように、これからの展望がわずかだけ見えてきた気がする。


「なるほど……じゃあ、まず私がすべきことが見えてきたね」

「……ってのは?」

「決まってるでしょ。この城にいる魔族たちに会いに行くのよ」


 凛は拳を固め、力強く宣言する。

「案内して、アル、セバス。これから私がすべきことは、ここから見つけていく。魔族たちに会って、話をするのよ」

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