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勇者(と国王)と会談します

「リン! 無事だったか!」


 魔王城に帰還するなり、正面からアルに抱きつかれた凛。

「ああ、よかった! 怪我もしてないね、元気だね!」

「ええ、おかげさまで無事、会談も取り付けられたわ」


 すりすりと胸に頬ずりしてくるアルの腹に一撃お見舞いし、凛は苦悩して玄関前でうずくまるアルを残してさっさと魔王城に入った。


 あの勇者の発言の後。しばし、国王と勇者の間でプチ論争が繰り広げられたのだ。


『キール! 貴様まで魔物に与するのか!』と怒り狂ってネジが飛んだ国王。


『まさか。むしろ、これは我々にとっても好都合でしょう』と勇者。


『この女性の言う通り、魔王アルに戦意がなく、和平協定を結べるならばこちらも被害を出さず、我が国の平和も保たれますよ』と至極もっともなことを言う勇者だが、


『あの魔王だぞ! この女で我々を油断させ、ベルゲンハイムへ侵攻するつもりでは!』と全く耳を貸さない国王。


『いや、ですからここ数百年、人間側が攻め込むことはあっても魔王が国境を越えることはなかったでしょう? 彼らに戦意がないのは確かです』とそろそろ苛ついてきた勇者殿。


『黙れ! 貴様のような腰抜けを勇者に据えた私が馬鹿だったわ!』とついに国王がキレたので、


『そうだ、おまえは昔っから馬鹿だ! 目が覚めたかボケフィリップ!』と勇者様も大爆発。


 後で騎士から話を聞けば、勇者キールと国王は幼なじみで、昔から言い合いばかりしていたそうな。そして勇者の方が賢く口も達者で、おまけに体育会系マッチョなので殴り合いでも国王の敗北が続き、今回もまた、絶論の末勇者が国王を捻り潰したのであった。


 国王は渋々、本当に嫌そうに魔王との会談を許可し、四日後、ベルゲンハイム城応接の間で魔王アルと凛、勇者と国王だけでの話し合いの場を設けることを取り決めたのだった。


 凛の説明を聞き、セバスはくくっと楽しそうに笑う。


「どこの国でも、国王ですら頭の上がらない人物はいるものなのですね」

「え、どこに?」


 きょろきょろと辺りを見回したアルは無視し、凛は国王からの返信をセバスに渡す。

「これ、一応承諾書ね。私は字が読めないから、セバス、保管してちょうだい」

「えー、僕が持ってたらダメなの?」

「あんたに任せたら機密文書でさえ鼻紙に使いそうだもの。セバスに預けるのが一番よ」

「うっ……」


 やはり凛に口で勝つことはできない魔王であった。



 約束の日。凛とアルは並んでベルゲンハイムの大通りを歩いていた。魔族たちに頼んで背中に乗せてもらう、という方法もあったのだが、それはアルの方から却下された。彼曰く、人間たちの住む世界をこの足で歩いてみたいそうだ。


 凛の正体が国民にも明かされた今、凛を「聖女」と崇め奉る者はいない。ただ、前回とは少し意図が違うものの、同じように花道ができあがっていた。


 アルはおびえの表情で道を開ける人間たちを一瞥した後、自分のすぐ隣を堂々とある苦凛を見て小首を傾げた。


「……リン、今日はうるさく言わないんだね。『魔王らしくするんだ!』とか、『姿勢を正しく!』とか」

「え? 言ってほしかった?」

「や、そういうわけじゃ……」


 凛は急にしどろもどろ、通常運転に戻ったアルを見上げてくすっと笑い、彼の黒衣の裾を軽く引っ張った。


「だって、もう心配していないから。アル、やるときはきちんとやるんでしょう。私が言わなくても十分、魔族の王として振る舞えてるんだから」

「そ、そうかな?」

「そうよ。ほら、しっかり前を見て」

「う、うん!」


 ぱしんとアルの骨張った背を叩いて活を入れる凛と、勇気づけられて背筋を伸ばし、きりっと表情を引き締めるアル。彼女らにとってはそれだけなのだが。


「……今の、見た? 黒髪の使者が魔王を引っぱたいたわ!」

「しかも、見てみろよ! あの魔王、とたんに威厳が増したぞ」

「さすが、異世界の使者……魔王でさえ拳の一撃で手懐けるのね」

「ああ、何と恐ろしい女性だ……」


 盛大に勘違いされているのだが、当の本人たちが気付く由は、なかった。



「ようこそいらっしゃいました、魔王殿」


 豪奢なシャンデリアが下がる応接室。毛足が長く、凛のパンプスがすっぽり埋まってしまいそうなほどふかふかの絨毯。猫足の繊細なガラスのテーブルには四人分のティーセットが行儀よく鎮座している。


 ほぼ正方形に近い部屋の壁をぐるりと囲むのは、額縁にはめ込まれた肖像画。そのうちの一つに見覚えのある、無表情の美青年の絵があって凛は思わず顔をしかめた。


 凛とアルを部屋に通したのは主たる国王ではなく、勇者キールだった。彼はまずアルを部屋に通し、ふかふかの絨毯に蹴躓きそうになった凛に手を貸しながら二人をテーブルへ誘った。


「……ふん、本当に来おったか、バケモノめ」

 来客を出迎えようという態度すら見せず、どっかりとソファに腰掛けて三人に愚痴を飛ばすのは、丸々と太った若き国王陛下。短くて太い脚をガラステーブルに乗っけ、哀れ華奢なテーブルはキイキイ悲鳴を上げている。国王の脚は膨らみすぎた風船のようだ、と凛は冷静に分析する。あの張ったふくらはぎの中には一体何が詰まっているのだろう。


 勇者は国王には目もくれず、凛とアルを並んでひとつの長ソファに座らせ、自分は二人に対座するように、国王の隣に腰を下ろした。


「魔界から遠路遙々、ようこそいらっしゃいました」

 勇者キールは筋肉の盛り上がった腕を差し伸べてアルに握手を求めた。


「リン殿からお聞きかもしれませんが、私の名はキール・ヴェイン。ベルゲンハイム王国シャトワーゼ地方出身です」

「よろしく、キール殿。俺はアル。魔界を統べる者だ」


 アルも魔界の形式に則って名乗り、手を差し伸べて握手に応じた。爪がキールの手の甲に刺さらないよう、わずかに手を開いた状態で。

「リン共々、世話になる」

「ええ。リン殿も、よろしく頼みます」


 続いてキールは凛の方にも握手を求めたため、凛は膝の上でもじもじと組んでいた手をほどき、腰を浮かして握手を返した。先ほど手を取られたときにも思ったのだが、キールの手は驚くほど大きく、固い。握手をすれば凛の手がすっぽりと彼の拳の中に収まり、握手するというよりは手を包み込まれている感じだった。


 ゴツゴツと手の甲に当たるのは、剣ダコだろう。アルの手にも、もちろん日本で出会ったどの男性の手にもない固い感触に、凛の目が丸くなった。


「さて……では、茶を淹れさせていただきます。これだけは私も自信があるので」

 キールは凛の手を優しくほどき、テーブルに並んでいたポットを手に取った。ポットは凛ら女性の手にぴったりのサイズなので、キールの手には小さすぎた。指が太すぎて、ポットの耳に人差し指が通っていない。


 落ち着いて茶の準備をするキールの傍ら、国王は自分がのけ者にされたのが気にくわないのか、テーブルに乗っけていたふくらはぎでソファの下部を蹴りつける。


「キール! また貴様は勝手に話を進めおって! この腑抜け、私を差し置くつもりか!?」

「うっさいな、フィリップ。この場に参加できるだけ、ありがたく思いなよ」

「何だその口は! 貴様が勇者でなければ即刻、私の剣でその首を刎ねておったぞ!」

「大丈夫。斬られる前に斬り返すから。フィリップ、涙知らずの騎士団長を泣かせるくらいお粗末な剣技だものね」

「き、キール!」


 ごつい指で器用に茶を沸かすキールと、そんな彼に子どものように突っ掛かる国王。一応凛は説明していたのだが、やはり意外だったのだろう。アルはぽかんとして二人の言い合いを見つめ、こそりと凛に耳打ちする。


「ねえ……今の勇者ってとっても勇敢なんだね」

「んー……というか、国王が情けないだけじゃない?」

「そうなのかな?」

「きっとそうよ。とりあえず、勇者の方に話を向ければ間違いはないから」

「うん、分かった」


 こそこそと耳打ちし合う凛とアル。勇者はポットに湯を注ぎ、仲睦まじげな魔王とその使者を見て微かに口元を緩めたが、国王はそこまで思考が回らなかったらしい。というよりも、飛躍しすぎたと言うべきか。


「貴様ら! バケモノの分際で何と不埒な!」


 国王は元々赤い顔をさらに上気させ、体を寄せ合う凛とアルをびしっと指で指した。


「私の住居たるベルゲンハイム城で、不純な行為をするとは!」

「……は?」

「フィリップ、お客方に無礼だよ」


 キールはいきり立つ国王の首根っこを遠慮なくひっ掴み、にっこりと底冷えのする笑顔を向ける。


「それに、彼らは耳打ちし合っただけ。それだけで不純だとか抜かすフィリップの方がよっぽど不純だよ」

「むっ……! この、朴念仁の分際で……!」

「いいから、少し、黙ってくれ」


 ぴしゃりと言い放ち、国王の襟首を下ろしてポットをくるくる回すキール。「おまえが不純だ」と言われて二の句が告げられない国王。冷めた目で国王を睨む凛。そして一体何を言われたのか分からず、きょとんとして三人を順に見つめるアル。


「……ねえ、リン。今なんて言われたの?」

「……あんたは知らなくていいの」

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