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新たなる勇者

 華の都、ベルゲンハイム。数百年前の勇者が魔族の王と一戦を交え、現在人間と魔王の状況が人間側に傾きつつある情勢を作り上げたことが声高く謳われる街。


 そんな、人間絶対主義に徹底された街。

 街の中央には城下町随一の長さと幅を誇る大街道が据えられている。街道の両端には種類を問わず店が建ち並び、街道沿いの全ての店を見て回すには何ヶ月も要するという、世界でも指折りの繁華街だ。当然そんな道は人通りが多く、酷いときには大渋滞にもなるのだが……。


 今、その華の街道は不自然な花道を作り上げていた。


 街の人々は街道の中央が通路のように開けられ、道の両端の店に引っ付くようにして人々が後退しているのを見て首を捻るのだが、すぐにその理由は判明した。


 黒。魔族ですら黒髪を持つ者は存在しない、幻の色。


 そんな長い黒髪を背中に流し、これ見よがしに風に靡かせながら街道をずんずん上っていく若い女性。


 町人は驚きおののいた。黒い髪は異世界人の印。五百年前、大英雄ディルフィードが召喚したという異世界の女性しか持たなかったというのに。


 勇者の使者となった「マナミ」という女性は魔王との戦いの最中、勇者を庇って戦死したという。美しく心優しい伝説の中の女性。その存在は神に等しかった。


 だが、現実目の前に黒髪の女性が存在する。絵に描かれた「マナミ」とは少し顔立ちが違うが、黒い髪に黒い目、白い肌を持った若い女性。


 あれは「マナミ」の再来だ、勇者の使いだ、と人々は彼女のために道を開け、地べたに這いつくばってその姿を拝むのだが。



 何か勘違いされているようだ、と凛は思う。


 自分は魔王の使いであり、当代のベルゲンハイム王や勇者に物申すべく城に向かっているというのに、この街の人々は自分を神か何かかと勘違いしているようだった。


 そして、通り過ぎ様に聞こえる「マナミ様」という言葉。


 「私は凛だ!」と訂正を入れたいのは山々だが、そんなことしても街の人は混乱する一方だろう。アルやセバスの報告を聞く限り、人間界で真奈実は英雄として奉られているが凛の存在はないもの扱いされているのだという。勇者ディルフィードは自分にとって不利益な情報は削除、または改訂し自分にとって益となるように誂えたのだろう。真奈実やマティルダを自分の手で殺めたことも、魔王の血を覚醒させて「魔物イコール悪」の図式を立てるために卑劣な手を使ったことも。


 五百年経った今、勇者と呼ばれているのはキールという若者だという。彼がどのような人格者かは知らないが、場合によってはやはり、一発殴るかもしれない。いや、二発か三発は殴る可能性もあろう。


 凛はとりあえず、と街の人を安心させるよう、軽く微笑み手を振りながら街道を上っていった。止むことのない「マナミ様」コール。中には果敢に街道に飛び出し、女神の祝福を請おうとひれ伏す者も。


「慈悲深き聖女マナミ様! どうかわたくしめに、聖女のご加護を!」

 凛はいきなり自分の目の前に飛び出して土下座した青年を見、足を止めた。別に、「祝福」してあげようと思ったわけではない。そもそも、何が「ご加護」なのか分からなかったし、このまま歩けば間違いなく青年の頭を蹴飛ばすから立ち止まっただけなのだが。


「……えー、あー……そうね。悪いけれど今忙しいから、また今度ね」

 凛はさらりと言い、這いつくばる青年を避けるように迂回してずんずん街道を上っていった。青年は何を勘違いしたのか、むくりと起きあがると「マナミ様に声を掛けていただけた! 今年の俺は世界一幸せ者だ!」と叫びながら群集の中へと突っ込むようにして戻っていった。



 ベルゲンハイム城の人間も皆、凛を「マナミ様」と呼び、顔パスで通してくれた。魔王城のセキュリティも穴ボコだらけだが、この巨大国家ベルゲンハイムも大したことがないのでは、と凛は国王の前でのんびりと思ったりする。


「魔界の王アルの使者、城崎凛です」

 書状を差し出し、目を上げることなく凛は名乗り、謁見の間の人間の驚きを買った。それもそうだろう、兵士も誰も、凛が「マナミ様」の再来だと信じ切っているからこそ、城門も城内も素通りさせたのだ。それが、全く別人、しかも魔界の王の手先だという。


「陛下、お下がりください!」

 今まさに凛から書状を受け取ろうと彼女の前まで歩み寄っていた国王は、側近の声でぴくっと指を震わせた。まだ二十代半ばとおぼしき若き国王は一歩退き、甲冑姿の騎士に守られるように紅い絨毯を後退していく。


「曲者め! 貴様、魔王の使者と申すか!? 答えよ!」

 のど元に突きつけられるのは、鋭利な銀の槍。武器よりもインテリアとして自宅に飾りたくなるようなそれは磨いたばかりのようにつやつやと輝き、今がかつて一人たりともこの槍で殺めてはいないのだと、素人の目で見ても明らかだった。


 凛は肩を怒らせて槍を突き出す騎士を冷めた目で見つめ、書状を脇に抱えた。

「……怪しまれるのは当然でしょう。ですが、私は五百年前の使者真奈実と同じく、異世界から渡ってきた者。この髪を見ればお分かりでしょう」

「黙れ!」


 血気盛んな若い騎士は唾を散らして叫ぶが、「答えろ」と言ったのはそっちではないか。凛はひとつ鼻を鳴らし、部屋の奥で騎士に包囲される国王に声を掛けた。


「ベルゲンハイム王。私は魔王アルからの停戦条約を提案するため、魔界から参りました。魔族は人間と戦う意志を持ちません。今一度、話し合うべきだとアルも考えているのです」

「話し合う……だと?」


 背の高い騎士に囲まれ、国王は頭に乗った王冠しか見えないが、震えているのは声だけでも十分伝わってくる。


「な、何を申すか! 魔物は数千年前から我々人間を脅かしている! 五百年前の英雄ディルフィードによって……」

「ええ、もしディルフィードの言うことが正しいのならば」


 凛はのど元の槍にも、国王の自信に満ちた言い方にも臆することなく、冷静に答える。


「私はディルフィードを知っています。彼は私と同じように真奈実を召喚し、役立たずになった彼女を始末し、そして真奈実のために刃向かった仲間マティルダも殺した……魔王城に乗り込んだのも、温厚なアルを貶めるため。私は五百年前、確かに彼の口から真実を聞き、この目で殺される人々を見たのです」

「貴様……勇者ディルフィードを踏みにじろうというのか!」


 だん、と国王は靴を鳴らせ、騎士をかき分けて凛に詰め寄った。亜麻色の髪は怒りのため逆立ち、細い目もぎょろりと吊り上がっている。良い物は食っているのだろう、よく肥えた体躯震わせるそれは、穏和で端正なアルとは比べものにならないくらい、愚かで醜い君主の姿だった。


「五百年前だと!? さては貴様、魔物が変化したな! 五百年を生きる人間など存在せぬ! そう、聖女マナミ以外はな! 加えて貴様はベルゲンハイムの英雄を貶した! その罪、万死に値すると知っての発言か!?」

「知りません。いえ、今知りました。教えてくれてどうも」


 つん、と返す凛。国家の最高権力者に脅されようと、凛の心は一つも漣立たなかった。自分にはすべきことがある。ここでは死ねないと、本能が告げていた。


「真奈実さんの存在が神格化されているのでしょう? 私も彼女と同じ黒髪黒目を持っています。加えて、私はアルが統治する魔界からやって来ました。普通の人間では持ち得ない色素と、魔界の障気をはね除ける力。私が異世界人であることの何よりの証拠でしょう?」


 だが正気を失った国王は凛の冷静な説明も耳に入らないのだろう。


 キエーッ! と奇声を発して凛に向かって極太ソーセージのような指を突き出した。


「き、騎士共! この女を殺せ!」

「はっ!」


 君主が君主ならば騎士も騎士だ。彼らは凛の言うことをこれっぽっちも聞いていなかったのだろう。国王の号令と共に我先にと凛に向かって駆けだしてきた。


 凛は一歩も動かない。腕組みし、自分に向かって槍先を向ける騎士たちを平然とした眼差しで見返していた。


 てっきり騎士たちは凛が折れ、許しを請うてくると思っていたのだろう。間近まで迫っても微動だにしない凛を前にし、騎士たちの方が逆に面食らったように足を止めた。無抵抗の若い女性一人に対して、団子になって襲いかかろうとする自分たちの行動に迷いが生じたのだろう。互いに困ったような眼差しで顔を見合わせ、「おまえが先に行けよ」とばかりに蹈鞴を踏んでいる。


 静かに佇む黒髪の女性と、女性を囲むようにして躊躇する騎士たち。何やらキーキー叫ぶ国王。


 その光景はある人物の介入によって打ち砕かれた。


「お待ちを、陛下」


 はっきりとした、低い声。見ると、謁見の間の入り口の方から騎士たちの波が割れ、花道を通って一人の青年がやってきた。


 白金に輝くプレートメイルは所々へこみ、赤銅色のマントも埃っぽくて裾が破れている。端正、と言うよりは厳つい顔の彼は謁見の前を見渡し、凛を見てわずかに表情を緩めた。荒削りの岩石のような顔立ちの彼だが、口元を緩めると厳つい中にも愛嬌が見て取れるようだ。


 青年は凛を穏やかな眼差しで見つめ、足元に転がっていた書状を拾ってたくましい顔を綻ばせた。


「私は勇者キール。異世界の使者、リン殿……あなたの話に、乗ってみようではありませんか」

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