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魔界の朝はラジオ体操からです

 魔界の朝は早い。

 宛われた魔界の王城の客室。女性用にと精一杯飾り付けられた部屋に据えられたベッド。ベッドの周りをぐるりと囲む薄いレースのカーテンがかき分けられ、にゅっと伸び出してきた白い脚。脚はもぞもぞとつま先でカーペットを探り、目当ての物……黒いナースシューズを探り当て、それに足を通した。

 カーテンを完全に取っ払ってベッドから身を起こしたのは、ボサボサに跳ねた黒髪を背中に流す、若い女性。この世界では皆無の黒髪色素を持つ彼女はあふっとあくびし、ナースシューズのかかとを踏みながらベッドから立ち上がって、大きく伸びをする。

 ベッドに隣接するように壁に取り付けられた窓。そこに掛かる厚い布地のカーテンを引くと、濁ったオレンジ色の空が目の前に広がった。

 朝っぱらから目によくない色合いだが、この魔界の空の色は汚いオレンジ色が基本。天気や時間帯によって、薄いグレーが入ったり白っぽく霞むことはあるが、地球のように澄んだ青や濃い藍色、夕日の色を映した茜色になることは、ない。

 そう、ここは地球とは全く違う世界。空の色も、澄む種族も、常識も違う、異世界。

 黒髪の女性はしばらく窓の桟に腕をかけ、濁った空を眺めていたが、やがて体を起こし、今日の仕度へと取りかかった。


 寝間着から普段着……否、この世界に飛ばされたときに着ていた夏用スーツを羽織り、備え付けの水差しで顔を洗い、簡単に身だしなみを整えてから部屋を出る。ちなみにこの魔界の城は全てのドアが引き戸となっている。日本じみたドアの造りにどこか感動を覚えた女性であった。

 そのまま、よく磨かれた廊下を渡って階段を下り、この城で唯一の観音開きの正面扉を押し開け、朝の風が漂う庭へと出た。

 空の色はやはりオレンジ色。芝生も青々と茂るものは少なく、ほとんどが干し草のようにくすんだ色合いをしているため、彼女がナースシューズで草を踏みしめるとパキパキと、枯れきった葉が折れる音が辺りに響いた。

 この土地は痩せており、水はけもよくない。盆栽の木のようにうねった、葉っぱを持たない木々が円状に立ち並ぶ、城の中庭。ここからは古びた魔界の城を一望でき、そのくたびれ具合に彼女は小さく息を吐き出した。

 彼女以外誰もいなかった中庭。だが、間もなく正面玄関の扉が開き、わいわいと元気よく話しながらやって来る一団が。

 彼女は彼らの姿を見留め、すうっと大きく息を吐いて……。

「……おはよう! 今日もいい朝だね!」

 中庭に腕を組んで立つ黒髪の女性。その姿は今し方庭へ出てきた彼らの目にも入ったのだろう、とたん、わあっと歓声を上げて彼女に駆け寄る子どもたち。

「リン先生、おはよう!」

「おはよーございましゅ!」

「お、は……」

 口々に挨拶する子どもたちは今日も元気そうだ。彼女はにっこりと彼らに笑いかけ……そして、彼らよりひときわ大柄な人物の姿が見あたらないため、すっと黒い眉を寄せた。

「……アルはどこ? また寝坊?」

「まおーさまは、おねぼうですぅ」

 彼女の独り言に近い問いに答えたのは、彼女の足にまとわりついていた、小柄な子ども。大きな目をぱっちり開いて、彼女を見上げてくる。

「さっき、おはようって、いったのです。でも、おきないです。まおーさま、きのうのよる、よふかし、したです」

「そうなの? ありがとう、ウィック」

 女性に褒められ、ウィックと呼ばれた子どもは「えへへ」と頬を赤く染める。ウィックの後ろにいた、すらりと背の高い子どもがびしっと挙手した。

「先生! 魔王様を起こしに行った方がいいでしょうか?」

「ありがとう、ニテ。でも大丈夫よ。お寝坊する馬鹿たれは後で私が、きつーく言っておくから」

 にっこりやんわりニテ少年の申し出を断る女性。彼女の言葉を聞き、「まおーさま、おしおきー」「馬鹿だな、魔王様は」と囃し立てる子どもたち。

 彼女は今日も元気いっぱいの子どもたちを見回し、ぱんぱんと両手を鳴らせた。

「さあ、今日もいい一日を過ごせるよう、体操始めるわよ! 全員、体操体形に……」

「開けっ!」

 彼女の号令でわっと中庭に広がり、きちんと等間隔の長方形に散らばった子どもたち。 彼女はうんうんと満足げに頷き、大きく息を吸った。

「さぁて、先生の声に合わせて体を動かすんだよ! ラジオ体操ー、第一!」


 ピアノ前奏から歌いだす若き教師。城の奥で、ぐうぐうと至福の惰眠をむさぼる「魔王様」。そして、女性の声に合わせて腕を伸ばし、屈伸し、脚を伸ばす子どもたち。

 子どもたちの数名には角が生え、濃い体毛が生え、時折口から火の粉を飛ばし、トカゲのような尻尾をバタバタ打ち付け、腐りかけた両腕をしばしば取り落とし、背中に生えた翼を鳴らせ……。

 そう、ここは魔物の学校。

 異形の化け物たちを従える、若き女性が司る世界で一つしかない学校だった。


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