第三話
少し長いです。
姉と妹と看病の話、お楽しみを
第三話
クラスの野郎共(いや女子もいたか)が少しばかり落ち着いてきた今はもう五月だ。
ウチの学校は驚愕の七連休だったゴールデンウィークも終わりを告げ、また友人との団欒及び有り難い念仏授業にいそしもうと決心した矢先である。
小五の時以来の大風邪を引いてしまった。
この歳でインフルエンザでもないのに高熱を出すにはそれなりに理由があったりするのだがその説明のためにもゴールデンウィーク中のことを少しだけ語っておくとしよう。
メインとなるのは五日目以降の三日間である。まず五日目、俺の妹と共に恐怖の大王のごとく襲来したのが小春の姉、相川千春さんである。
彼女はすでに社会人で親の研究を手伝っていたらしいが日本のゴールデンウィークに合わせて俺の妹(中里雛、中一)と共に帰国したとの話だった。
最寄りの駅まで迎えに行くと改札から出てきた雛に抱きつかれた。「お兄ちゃん、会いたかった…」
そういえばもう別れてから半年も経つのか、おとなしくて兄を慕ってくれる理想的な妹だから俺も可愛がったもんだ。そのせいかこいつは少々ブラコン気味になってしまったが。兄としては悪い気はしないんだが。
肩に掛かるくらいまで伸びた髪をすくように撫でる。
「おかえり、雛」
半泣きだった顔に笑みがこぼれて
「ただいまお兄ちゃん」
雛が離れようとしないのでしばらくそのままでいた。今にして思えば改札前で抱き合うのはそこそこ問題だな、次から気を付けよう。
で相川姉妹は相川姉妹で小春が千春さんにしがみつくような形で似たような事になっている。
まあそれぞれが再会を喜んでたわけだ。
それからややあって適当に自己紹介した後、俺小春合作料理を振る舞うことになった。
さてここからが本番である。事の発端は俺の一言だった。
「そういえば千春さん、酒飲みます?親父が残したやつがありますけど」
「うーん、じゃあ少しもらおうかな。光希君も飲むの?」
リアクションも普通だしこの時はわからなかったさ。
「お付き合いしますよ、小春は泣き上戸ですし飲ませない方がいいですよ、雛ももちろんダメです」
「ふふっ、そうね」
倉から何本か持ってきて少しずつ飲みながら世間話をした。
小一時間して
「ねえ、こーきくーん小春とはどこまでいったのー?」
からみ酒ね、まあ別にいいんだけどさ。千春さんはボーイッシュでグラマーな感じ、ショートボブがよく似合う小春に負けず劣らず美人である。
故にからまれても損はない。ちなみに小春と雛は結局酒を飲まさせられて
「私中里さんに迷惑かけてばっかりで、そのごめんなさいですう」と涙ながらに訴えながら眠りに就いたり
「お兄さま、私はお兄さまのこと大好きですよ」
とかいいながら抱きついてきてそのまま受け入れてやったら恍惚とした表情で眠りに就いたりしていた。
だから千春さんの相手役は俺しか残っていないわけだ。
「どーなの?若い男女が一つ屋根の下、もう何もないほうがおかしいんじゃないの?」
「残念ながら何にもないですね。千春さんは彼氏とかいないんですか?」
「残念ながらいませんよー。ワタシの事はいいの、でもこーきくんなんで何もしないの?小春も怒らないと思うよ」
なんだそりゃ、俺に何をやらせたいんだ。大体もうちょい妹を大切にした方がいいんじゃないか。返事に困っていると
「あー、わかった。やり方がわかんないんでしょ、ワタシが教えてあげよっか」
そういうなり千春さんは俺にそのほっそりとした腕をからめてきた。
「いやいや俺なんかでは千春さんとは釣り合いませんよ」
やんわり拒絶する。
「ううん、私なんかじゃ光希君とは釣り合わないよ」
なんか真面目っぽく言われた。初対面なんだがそんなことわかるのか
「酔い、醒めてます?」
「ううん、酔ってるよ♪でも意識ははっきりしてるんだから。だってキミって優しそうだし小春が心を許してるみたいだし。
それってすごいことなんだよ?だから私が色々教えてあげるよ」
なんでそうなるんだ。褒めてもらえるのは嬉しいが俺と千春さんは完全に抱き合っている形になってるし、俺だって呑んでるんだぞ?もうこのまま欲望のままに…
「そうですか、じゃあ教えてください」
「ふふっ可愛い」
千春さんにゆっくり唇を塞がれていく。そのまましばらくキスをする(ファーストキスである)
「んっ、あはは、本当にしちゃったね。でもこれ以上はダーメ、小春に悪いから」
正直言って千春さんは色々と疲れていたように見えた。だから俺も合わせていた(キスは予想外)。
まあそれこそ色々あるんだろう。
「そうですか、残念です。今日は何でも話してくださいね、聞きますから」
少しびっくりしたような仕草を見せてからふっと穏やかな表情になって
「ほーら、やっぱり優しい。小春もいい目してる。じゃあもう少し聞いてもらおっかな。改めて乾杯しよっか」俺もにこやかに
「はい。それじゃ」
二人で酒が並々注がれたグラスを持って
『乾杯』
それから一晩中色々な話を聞いて色々な話をした。
語り明かして迎えた六日目の朝。
千春さんは
「ありがと、朝まで付き合ってくれて。でももう眠くなっちゃった。おやすみ」
といって俺の頬にキスしてから眠りにつき俺も眠ろうとすると丁度小春が起きてきた。
「中里さんおはようございます」
「おはよ、頭大丈夫か?」
別にバカにしたわけじゃない、酒が残ってないか少し気になったのさ。前回コップ一杯でも少し残ってたのに今回はその三杯は呑まされていたからな。
「ちょっと痛いです」エヘヘと苦笑して頭を左手で軽く押さえた。右手がすっと動いて俺の頬へ触れた。
「なんだ?」
酔ってるのか?
「顔が疲れてます。それに中里さんがこんなに早く起きてるなんて熱でもあるのかと思って」
心配してくれてるんだかけなしてるんだか。まあ前者であることはわかってるんだが普段の俺の生活を如実に表す台詞だな。
「そりゃ寝てないからな。」
「徹夜‥‥ですか?どうして?」
不思議と心配の入り交じった複雑な顔をしてる。なんて説明しようか。
「千春さんと一晩中語り合ってたらいつのまにか朝になっててな」
なんか多大なる誤解を与えそうだが小春は色恋事には鈍そうだから大丈夫だろう。何でもいいから眠りたい。
「えっ!お姉ちゃんとですか?すごい…」
は驚いているようだ。
「随分フレンドリーな人だからつい話し込んじまった。確かに夜通しはやりすぎたか」
フルフルと首を横に振る小春。
「違います、徹夜もすごいけど。お姉ちゃん、かなり人見知りするんですよ。私と変わらないくらいに」
「どこがだよ。天宮にも引けをとらないくらいだったぞ」
俺の知り合いの中ではトップクラスだ。
「中里さんって何か特殊な力があるのかもしれませんね。私も中里さんとははじめて会った時から普通に話せたし、お姉ちゃんだっていきなりキスしちゃうくらい親しくなってる。」
「なっ、何で知ってんだ!?」
まさか見られてた?いや別にいいけど。いやよくはない、なんでかって聞かれてもうまく説明できないが
「口紅がついてますよ、唇とほっぺたに」
キスシーンを目撃されたわけではないらしい。だが口紅付けっ放しそれでよくないから顔洗ってから寝るか。いやその前に言い訳するべきか、仮夫婦だし。なんか動揺しすぎだな、俺。まあ酒を呑みすぎてまだまだ酔ってるしな
「これはだなあ、千春さんが酔った勢いで迫ってきて、その、な。まあ千春さん、色々と疲れてたみたいだから断るのもどうかと思ったのもあるけどな」
「研究って大変みたいですね。でもよかったです、お姉ちゃんと中里さんが仲良くなってくれて」
そういってにっこり笑う。俺としては釈然としないのだがどうやら本当のことらしい。まあ仲良くなれば心を開いてくれる、そういうことなら確かに小春に似てるといえるかもしれない。
そんなこんなしてるうちに雛が起きてきた。寝呆け眼をごしごしこすりながら
「んあ、おはよう、お兄ちゃん」
よしよしと頭を撫でて「おはよ、雛。酒はどうだった?」
雛はちょっぴり渋い顔をして
「よく覚えてないけど、なんだかすごく気分が高ぶっちゃってたみたい、お兄ちゃんにも迷惑かけたでしょ?ごめんなさい」
「いやお前は悪くない、誰も悪くない。俺も面白かったし、それにお前に告られたしな」撫でながら意地悪っぽく言ってやると、ちょっと考えるような仕草の後はっと思い出したらしく完熟林檎みたいに赤面して俯いた。そんな雛が可愛くて撫で続けた。
和やかな空気の中、小春が口を開いた。
「あの、中里さんは朝ご飯どうします?寝ちゃいますか?」
いつの間にか八時になっていた。千春さんが寝てから一時間半くらいか。寝るか。
「寝るわ。千春さんもうしばらく起きないだろうから千春さんが起きたら俺も起こしてくれ。そしたらどっかに遊びに行くか、折角だし」
正直二日酔いがキツイけど今は休みだから多少無理してもいいと思った。雛と千春さんにはあと二日しか一緒に居られないんだし。なんだか家族サービスするサラリーマンになった気分だ。
「本当にそれでいいんですか?だってお姉ちゃんは…」
何か言い掛けた小春の口を雛が人差し指で塞いだ。そしてごにょごにょと耳打ちすると小春はこくりとうなずいた。後に聞いた話だがこの時耳打ちしたことは
「それは言わないでください、お兄ちゃんと少しでも長く居たいんです。それにお兄ちゃん、本当は意外と丈夫ですから」
ということだったらしい。まあこれをその時言われても意味がわかった保障はないが俺にはその時小春が言いかけたことを推察する由もなかった。どんな名探偵でも何のヒントもなしに事件が解決できないのと同じだ。
マルチ商法にかかったことにすら気付かないように老人のように眠りに就いた俺。
ぐらぐらと揺すられて目覚めた時間はなんと九時十五分である。これは一体何?
「光輝君、おはよう。あんまり寝てちゃダメよ」
なんで千春さんはこんなに元気なんだ?まさか丸一日寝ていたわけじゃあるまいし。それなら俺も回復しているだろうし。
泥のような体を起こしとりあえず聞いてみる。
「俺何時間寝ました?」
「一時間と十五分です」
後ろからひょっこり出てきた小春。手の平を合わせてごめんなさいの意を示す。
「これはどういうことだ?雛」
「どうしたの?お兄ちゃん。千春さんが起きたら起こせばよかったんだよね?」
雛は右手がチョキになる、わかりやすいやつだ。
「ひーな、俺を騙せると思ってるのか?自白した方が罪は軽くなるぞ」
とか言いながらすでに雛をとらえ頬を指でぐりぐりしながら尋問モードだ。
「すみません、私が悪いんです。あの時ちゃんと伝えてれば…」
小春が申し訳なさそうに謝ってるがあの時こいつ(雛)が何かしら入れ知恵したのは確かだから尋問モード続行。
「あうー、ごめんなさい、許してください」「さあ白状しろ」
「中里さん、お姉ちゃんは生れ付きあんまり寝なくても平気なんですよ」
寝なくても平気?体質か?
「そっ、私、ショートスリーパーなの。三時間くらい寝れば頭すっきりしちゃうの」
マジかよ。俺にはそんな特殊能力ないんだよ。むしろ人より睡眠を欲しているというのに。
「ほら、そのへんにして雛ちゃん離してあげなさい。確かに知ってて隠してた雛ちゃんも悪いけどお兄ちゃんと一緒に居たいって気持ちは分かってあげなきゃ。それに何も知らないのに私と一緒に起こしてくれなんて言う光希君もちょっと問題あると思うわよ」
「‥‥‥」
まあそうだな。返す言葉もない。俺が浅はかだったのは認めざるを得まい。
雛を開放しベッドに戻る。
「おやすみ」
だからといって俺は一時間そこそこの睡眠では生きていけない。しかし悪魔の囁きによって強制的に起きることになった。
「もう、起きないとキスしたこと雛ちゃんに話すわよ?」
「さて今日はどうしましょうか?」
もうやけだ。GW中は可愛い妹とやさしい同居人とその素晴らしいお姉さまに尽くしてやるよ、例えこの身が滅びても。実際わざわざアメリカから来てくれてる二人や毎日食事を作ってくれてる小春には感謝してるしな。ああ、なんて献身的なんだ。
決意とは裏腹に面白いほど体が動かない。だからとりあえずは近場に買い物→近場の公園で昼食、に妥協してもらった。
というわけで駅周辺にていわゆる一つのウィンドウショッピングを敢行している。脇を小春と雛に固められ、少し前を後向きに歩きながら千春さんが話し掛けてくるという今の状況はいわゆる一つの両手に花、の更にワンランク上を行く状態である。いわゆる一つの晒し者だ。別にどこぞの終身名誉監督じゃないが同じ表現しかできないのは疲れていることにかてて加えてこの「いわゆる一つの」で今の状態を他人事のようにしてしまいたいという現実逃避な意味合いもある。みんなが楽しそうならいい?そうもいかないこともある。
「光希君、何か欲しいものある?昨日のお詫びに買ってあげる」
千春さんも少しは悪いと思っているらしい。しかし何か買ってあげるって子供扱いされてないか?まあ実際子供だが。
「特にないですね。千春さんはないんですか?せっかく来てくれたんですし。雛もなんかあるか?」
「それもそうね。じゃあブランドの」
「あんまり高いものは買えませんよ。来てくれたのはうれしいですが別に懐が温かくなるわけじゃないですから」
千春さんは悪戯っぽく笑う。恐いな、この人は。
「まあ冗談はさておきどうせなら形に残るものがいいかな。ねっ、雛ちゃん」
「私はお兄ちゃんが選んでくれるなら何でもいいです」
「ふむ」
何がいいかね。形に残るもの、土偶とかか?‥‥‥何で土偶?俺が帰国記念でプレゼントするもので最初に浮かぶのが土偶なのか?我ながら意味わからん、インパクトあるけどな。
「小春、何がいいと思う?」
「そうですねえ、あっ!あそこに行ってみませんか?この間真琴ちゃんが言ってた小物屋さん」
えーと、どこだっけ?正直覚えてないんだが。
小春に道案内を任せ、辿り着いた先の看板を見て記憶が甦った。
それは数日前
「はい、これあげる」唐突に天宮にもらったのはちゃちなブレスレットだった。なんでも親友の証だから大切にしてほしいとのことで微妙に女らしいところもあるんだなとか思ったりした。で、その時に教えてもらった店がここだ。なーにちょっとしたお礼をするためにどこで買ったのか聞いただけで深い意味はないさ。
適当に小春と相談して二人にネックレスを買ってあげた。正直男の俺からみてもかなり安物だったと思うが、二人はとても喜んでくれたようだ。
(ついでに)天宮にも俺のとは少し形の違うブレスレットを買って店を出た。
そろそろ昼時だろう、太陽も高くなってきた。そして俺の疲労度メーターも限界に達しようとしていた。
ぐったりしながらも目的地の公園に向かって歩き続ける。
「お兄ちゃん、やっぱり辛かった」
「ああ辛い。けど大丈夫だ、お前も言ってたろ?俺は案外丈夫なんだよ」
強がりではない。そりゃ疲れてるさ、でもだからってここで寝たら単なるヘタレじゃねえか。学生には徹夜の一つや二つどうってことないんだよ。
ようやく辿り着いた公園は公園といってもブランコや滑り台があるようなところではなく、広い敷地を有し、いくつかの区域にわかれていて、いろいろなアスレチックがあり、この地域でてぶらで遊ぶならもってこいの場所である。その中のだだっ広い原っぱの中にシートを敷いて座り込んだ。
昼には久方ぶりに小春の弁当を食べた。なんか小学生みたいな考えだが休み中もずっと食べていたものも弁当箱に入ると美味そうに見える気がする(約三割増し、当社比)。
さて何から食べようかという時、後ろから声を掛けられた。
「おう、お二人さん、こんなところでデートかい?」
「‥‥‥」
俺の数少ない年上の知り合い、宇井俊介先輩と成瀬冬香先輩だった。
「その台詞そっくりそのままお返ししますよ、こっちは四人ですし」
「うぐっ」
宇井先輩は口喧嘩が弱い。
「‥‥‥誰?」
成瀬先輩が千春さんと雛に視線を向けながらぼそりと呟いた。
「そういやそうだな、お前はなにゆえプチハーレム状態なんだ?」切り替え早いな。
「小春のお姉さんと、俺の妹ですよ」
「相川千春です、いつも妹がお世話になってるようで‥‥」
雛は俺の後ろに隠れながら
「‥‥‥中里雛です、よ、よ、よろしくお願いします」
雛はもともと人との接触があまり得意ではない、特に男は大の苦手である(もちろん家族は除く)。
「お、お兄ちゃん‥」「どした?」
「あの綺麗な人誰?」「は?」
お前、宇井先輩に動揺してたんじゃなかったのか。まあ成瀬先輩じゃあ無理もないか。
成瀬冬香と言えば俺と同じ中学で名を知らぬものはいない超絶美人である。小春と同じ長い黒髪、スラリとした体に雪のように白い肌、作られたように綺麗なパーツを設計士が置いたような顔、、そしてなにより先輩の雰囲気、凛とした存在感は圧巻である。それに加えプロの料理人を母に持ち、本人も調理師免許を取得するほどの腕前である。さらに運動能力も優れていて毎年リレーの選手に選出されていた。普段は無口で喜怒哀楽の喜以外は表に出さない。ただ嬉しい時は素直に笑う人でその笑顔は怒り狂う猛獣すら一発で昇天するほどの破壊力である。だから雛が動揺するのもしょうがない、かもしれない。
ちなみに宇井先輩と成瀬先輩は幼なじみで、何かと一緒に行動している。宇井先輩は
「俺は年下にしか興味ない」
と豪語している。それが本当かは知らないが二人の関係は幼なじみの王道、友達以上恋人未満なことは確かだろう。
と二人の説明はこのくらいにして現状把握といこう。まあこの二人は昔からの知り合いってこともあって俺と小春のことを一早く理解してくれた上に二年に広がらないように根回ししてくれた有り難い人達なのだが、今は別に出てこなくていいのに。話がややこしくなる。
「先輩方、自己紹介していただけますか」
「うむ、俺は宇井俊介。泣く子も黙る十六歳、中里の先輩にして人生の師匠だ」
「いつの間にそんな肩書き手に入れてるんですか」
ドッと宇井先輩の胸に拳が入る。
「き、貴様、いつからそんな冷たいことをいうようになったんだ?やっぱり女なのか?友情なんて所詮はこんなもんなのか」
くそ、泣き出しやがった。成瀬先輩はほとんど感情を表に出さないがこの人は激しすぎるんだよ。
もうしかとするしかないな。
「成瀬先輩、どうぞ」「‥‥‥成瀬冬香。コウキの恋人」
「あんたもさらりと嘘を吐くな」
さっきも言ったがこの人は完璧な超絶美人である。そんな人にここまで言わせられるのは俺が好かれてることに他ならない。
なんか俺は変わった人間に好かれる傾向があるらしい。
「えっと、あの嘘何ですか?」
「お兄ちゃんがこんなに綺麗な人と付き合ってる分けないよね、ねっ?」
「光希君、素直になったほうがいいわよ?」「冬香が欲しければ俺の屍を越えてゆけ」
はあ、だからやなんだよ、この二人は。
なんだかんだで昼食を六人でとってから血縁および幼なじみ対抗バドミントン大会で大いに盛り上がって体力ゲージを限界まで削ってさらにゲージの最大値が短くなるほどへとへとになって帰宅した。
その日は雛が
「お兄ちゃん、今日一緒に寝てくれない?」とか言ってきたので雛が眠るまで添い寝してやることになった。
「お兄ちゃん、小春さんとか成瀬さんとか美人さんに囲まれて嬉しい?」
「別に」
「お兄ちゃんが誰と付き合ってもいいよ。けど私のこと忘れちゃやだよ」
いつの間にか涙声になっている。こいつも成長したもんだ。昔はお兄ちゃんと結婚するっていってきかなかったのに。
「当たり前だ、お前は俺の妹だ、可愛い妹を忘れるわけないだろ。それに安心しろ、しばらく恋愛だ何だする気はないしそんな余裕もないだろうからな」
ベッドの中で雛を引き寄せ腕のなかに収める。
「お兄ちゃんが優し過ぎるからいろんな人に気に入られちゃうんだよ、私も諦めたくなくなっちゃうんだよ」
俺の胸にしがみついて静かに泣く雛。そんな雛にそっとキスした。「また遊びに来い」
「うん」
「別に諦めなくてもいい」
「うん」
「ただライバルは手強いぞ」
「うん」
やがて穏やかな寝息が聞こえてからゆっくりベッドを離れリビングへ。
「優しいお兄さん、一杯いかが?」
「いただきます」
その日も一睡もせずに千春さんと語り合った。今度は聞くだけじゃなかったがな。
また夜が明ける。今日で雛と千春さんとはしばらくお別れだ。これ以上は体が保たないがやっぱり哀しいもんだ。
‥‥‥二日で睡眠時間一時間強はいわずもがなきつい。しかし何もせずにここで寝るほどに性根は腐ってない。
今日の昼の便でアメリカに帰ってしまう二人に何をしてやれるであろうか。思考回路が焼き切れるまで思案して出した結論は「話すこと」のみであった。
あらかたのことは昨日やってしまったし、第一、午前中のみというのは動きにくい。ゆえに至って普通に過ごすことにした。
現在時刻八時。今から朝食を取り十一時頃まで家でのんびりと過ごし、それから電車で空港まで見送りに行くという手筈である。
のんびりと世間話。最初はついさっきまで語り合っていた千春さんではなく雛と色々しゃべった。新しい学校やら友達やら海外事情やらをたっぷり聞かせてもらった。
地味に向こうの事はあんまり聞いてなかったからな。
その後四人で俺と小春の二人暮しについて話した。というより冷やかされただけなんだけどさ。
穏やかな空気は時計の針を早足にするのか、あっという間に十一時。電車に乗るとちょっと静かになった。まあ軽く感傷に浸ってるのかもしれないな。
あっさりやってきた別れ、小春は千春さんの胸に飛び込み、俺は雛を腕に収めていた。
兄として姉として俺と千春さんは笑っていた。俺も寂しかったし千春さんはもそうだっただろうが上の者はしっかりしなくちゃならない。
「またな、雛。いつでも来いよ。千春さんも疲れたらどうぞ、話し聞きますから」
「お、お姉ちゃんまたね、雛ちゃんも。待ってますから」
涙声だね、小春さん。たまに情熱的になるな。
「んっ、またね小春。楽しかったよ、光希君」
「お兄ちゃんも、ぐすっ、小春さんも、ひっく、こっちに遊びにきてくださいね、待ってますから」
「ああ」
「はいっ」
こうして二人はアメリカに帰っていった。
我が家にて
「ああっ!」
「どした小春?」
「お土産忘れてます!送らないと」
昨日行った店の紙袋を掲げながら叫ぶ。
「ああ、それか。それはな‥‥」
小春から紙袋を引ったくって中身を見せる。「いつもお世話になってる小春さんにプレゼント。昨日こっそり買っといたんだ」
「えっ、そんな、いつのまに!?悪いですよ」
「素直に受け取ってくれ。まあ季節的にはちょっと早いけどな。」「あっ‥‥」
取り出したものを小春にかぶせる。ムギワラ帽子だ。
「えへへ、ありがとうございます」
小春は嬉しそうだ。
「喜んでくれたみたいで、よかっ、た。ってあれ?なんか世界が‥‥」
ぐるぐる回ってる?意味わかんねえ。
俺はその場にバッタリと倒れこんでしまった。
つーわけで翌日俺は学校を休んだ。風邪だ。それも近年稀に見る強大な力をもった奴だ。原因は過労と寝不足だろう、それ以外に思い当たる節が無い。
ちなみにぶっ倒れた直後、半錯乱状態に陥った小春は救急車を呼ぼうとして時報を聞き、仕方なく天宮を呼んでことなきを得たらしい。
まあ俺のせいだし人間、本当にあわてた時は119すら忘れてしまうこともあるという一種の都市伝説的なものの証明にもなったんじゃないだろうか。
現在時刻午後零時、小春は今日は看病すると言ってくれたがどうせ動けないで寝てるだけだといって無理矢理学校に行かせた。
暇だなあ。寝るか。
中里さん、やっぱり無理してたんだ。
昼休み、すごく今更なことを考えていた。
普段の中里さんって一日の半分以上寝てるし平気なわけないよね。もう少し早く気付くべきだった。
「‥‥春」
今何してるんだろ、寝てるのかな。
「‥‥小春」
お昼ちゃんと食べてるかな。やっぱり私も休んだ方がよかったな。「‥‥小春!!」
「あっ、どうしたの?真琴ちゃん」
何だか呆れたような顔してる。どうしたんだろ?
「どうしたのじゃないでしょ、あんたちょっとボーッとしすぎ。あたしが何回呼んでもうわの空だったんだから」
「す、すみません。気が付きませんでした。ちょっと考え事をしてて‥‥」
「そんなの顔見ればわかる。ついでを言えば顔を見なくても原因が光希だってことも。わかりやすいんだから、小春は」
真琴ちゃんにはかなわないな。せっかくだから正直に言ってみようかな。
「はい、その通りです。だって中里さんが風邪を引いたのは半分くらい私のせいだから。私も休んだ方がよかったなあって思って」
特に深い考えはなかった、単に思ったままを口にしただけ。だけど真琴ちゃんは少しキョトンとしてそのあとくすくす笑い始めた。
「あの、何か可笑しかったですか?」
「くっくっく、だってあの誰も寄せ付けないことで一部では有名な相川小春が他人のために学校を休む?ありえないよ」
「もしかして馬鹿にしてます?」
「八割くらいは」
割合多いですよ、もう。真琴ちゃんをにらむ。
「でも意外に思ったのは本当。てか、あんたもそう思わない?」
ちょっと思案してみる。学校の授業は一日休んだくらいで遅れたりしない、遅れても取り戻す。でも確かに私が自らの体調不良以外で休もうなんて考えたことあったっけ?
「何だかんだで学校好きなんだよ、小春は。でも一人寂しく家で待つ光希と学校を天秤に掛けると光希の方に傾いてるってことでしょ?
あたしみたいに付き合い長ければともかくあいつはすごいわね、改めて」
確かに真琴ちゃんが休んでも気が気でないかもしれない。単に真琴ちゃんが休まないから気が付かないだけで(真琴ちゃんは小中学校皆勤)。
ちょっと納得した。けど真琴ちゃんが「一人寂しく家で待つ光希」って言った瞬間に胸が締め付けられたような気がした。何だか動悸がとまらないよ。どうしよう?
五、六時間目の授業は耳から耳へと突き抜けてしまったように内容を覚えていない。もうどうでもよかった。
自然と早足になっていた。
家に着いてまず目に入ったのは食べかけの弁当だった。さすがに三十九度の熱では食欲も減退するのだろう。
ただ少しでも食べた痕跡があるってことはずっと寝ていたわけではないらしい。真琴ちゃんの「一人寂しく」がフィードバックしてまた胸が締め付けられた。
カバンをリビングに置き去りにして中里さんの部屋へ。ノックして入るとすやすや、ってほど穏やかじゃないけど中里さんは眠っていた。
そっと近づいておでこに手を置く。熱い。まだ熱は下がっていない。眠っている中里さんに自然に話し掛けていた。
「寂しかったですか?やっぱり私がいたほうがよかったですよね。ごめんなさい」
おでこに手を置いたままベッドの前に膝を付いて上半身をベッドに預けた。
少しして自分の部屋に戻ろうとして体を起こすとグワッと中里さんの手が動いて私の腕を捕えた。
「きゃっ!」
「もう少し、手置いといてくれない?冷たくて気持ちいいんだ」
「起きてたんですか?いつから?」
「手がのった辺りからかな。お帰り小春。」「あっ、ただいま、です。えっと」
起きてたの?それでえっと
「ありがとう、心配してくれたみたいだな。いや、俺は少し前まで一人だったし大丈夫だと思ってたんだが正直寂しかったぞ。でも謝ることはないな」
「私、授業中もそんなことばかり考えてました。もう頭がおかしくなっちゃいそうでしたよ」
本当に変になりそうだった。
「心配かけて悪いな」「いえ、でも疲れました。精神的にすっごく。だから今ここで寝ていいですか?それなら寂しくないでしょ?」実はとんでもなく恥ずかしい台詞を言っている。でもこの時の私は少しでも中里さんの傍にいたかったのかもしれない。
中里さんが上げてくれた布団に潜り込みすっと寄った。
「熱いですね」
「冷たいな」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
目が覚めると午前一時だった。そして隣にはスウスウと寝息をたてて安らかに眠る相川小春さん(十六)。漫画みたいに飛び出すほどびっくりした。でも未だ熱の下がらない体が付いていかずその場でただただ目を丸くするばかりであった。
数分後、なんとか記憶を呼び覚まし状況把握に成功するも特にそのあとすることも無いので再び夢のなかにダイブすることにした。
がしかし、ここで多少問題が生じる。
「腹減った」
思わず声に出てしまうほど空腹だった。俺は病気中は基本的に食欲不振に陥るタイプだがちゃんと食事を取ったのが二日前の朝、誰にでも限界はあるのだ。仕方ないので体を起こす。ベッドを出る前にもう一度小春を見た。
そこで知っていたし、すげえ今更なんだけど思ったことがある。
こいつ可愛いな。
まじまじとその整いすぎている顔を覗き込む。
意識してなかったけど一緒に寝てたんだよな。普通に考えてありえないだろ。見れば見るほど小春が可愛く見えてくる。実際元から成瀬先輩にも引けを取らないくらいの美形なんだが初めて会ったときから奇特な状況だったせいか今まであまり考えなかった女の子ということをメチャクチャ意識させられている。
やばい、頭に血が上ってきた。
ただでさえ高熱で体の自由が利かないのに頭までおかしくなってきた。視界がぐらぐらと歪みはじめる。今倒れこむわけには行かない。完全に寝込みを襲っているようにしか見えないだろうからな。
などと冷静な思考が働いたのはここまで、視界の揺れが回転に突入し俺は小春の上に崩れ落ちた。
勢い余って唇が重なるなんてことにはならなかったが状況がよろしくない。もちろん小春にのしかかっていることはまずい。だがそれ以上に俺の体調、というよりもう何も見えない。
俺の意識は吹き飛んでしまった。
「んっ‥‥」
何だか苦しい。思い。一体どうしたんだろ?私はゆっくり目蓋を開いた。
「えっ?」
まず最初に飛び込んできたのは中里さんの顔面のアップだった。
身動きが取れない。普段寝てばっかりだから気付かなかったけど結構筋肉質っていうかがっちりしてるんだなあ。などと呑気なことを考えていた。
だって今の状況って客観的に見たら襲われてるよね、私。
でも、少しも怖くなかった。私達は仮夫婦だし、というのは建前だけど私は中里さんを信頼していたから。
よくよく見ると中里さんは寝てる。それに熱が下がってない。今ほぼ全身が中里さんに触れているけどとっても熱い。
私は無意識の内に中里さんの頬に手をやっていた。正直言っていくら中里さんががっちりしていても全力を出せばベッドから押し退けることは可能だった。
でも病人を床に叩きつけるのは可哀想だから平和的に起こそうと試みた。
それにしても顔、近いな。本当に触れてしまいそう。まつ毛の数も数えられそうな距離、私が変な気分になってきた、早く起こさないと何しちゃうかわかんない。
ずるいよ、中里さん。私が知らない間にプレゼント買ってくれたりして優しいことを再確認させた直後に倒れちゃって、今度は気付いたら私の上で寝てるなんて‥‥
「ずるいです」
声に出してみた。まだ起きない。私の心臓がパンクしそうなほどにドキドキしてる。
頬にあてた手をするりと撫でるように動かした。口をムニャムニャと動かしてる。可愛いなあ。けどまだ起きない。どうしようかな。
おもむろにポケットから携帯を取り出す。メールがきていた。真琴ちゃんかな。
「はーい、小春元気してる?光希はまだ死んでるだろうけど」
やっぱり真琴ちゃんだった。
「それであんたにいいこと教えてあげる。病人にキスすると風邪がうつって直るらしいわよ。まあそんな度胸があるわけないと思うけど頑張ってね」
また鼓動の速度が上がる。真琴ちゃんタイミングいいな。狙ってるってこともわかっていたはずなのに高揚していた私は、私は‥‥
「私だって‥‥」
そっと顔を寄せる。
不意に中里さんの目蓋がパチっと開いた。
「!!!」
反射的に距離を置く(動ける範囲は数センチだけど)。私今何をしようとしてたの?
いくら真琴ちゃんに煽られたからってキ、キスしようとするなんてどうかしてた。
私がコンフュージョンしてる間に寝呆けまなこの中里さんの意識もはっきりしてきたみたい。
「何で俺はお前の上にいるんだ?」
「知りません。苦しくて起きたら私の上に中里さんがいました」
中里さんは少しのタイムラグのあとはっとしてゴロリと転がってどいてくれた。離れてようやく中里さんがまだとてつもない高熱なことを実感した。
「悪い!腹減ったから飯食おうと思って起き上がったんだよ。そんでちらっと見たお前の顔が可愛くてに見とれてたら気が遠くなっちまった」
また衝撃事実発覚。動転して正直に話し過ぎじゃないかな。中里さんが私に見とれてた?それってすっごくうれしいよ、なんでかはよくわからないけど。
「ふふふ、いいですよ、気にしないでください。そんなに嫌じゃなかったですよ」
「本当にすまん」
「しょうがないですよ、体調が良くないんですし。じゃあ何か作りますね、何がいいですか?」
「うーんと……」
ああ良かった、怒ってないみたいだ。というよりなんか喜んでるように見えるのは何でだ?
でも本当犯罪の一歩手前、いやもう一歩踏み入れてるくらいだったからな、焦ったよ。
「はい、できましたよ。普通におにぎりで申し訳ないですけど」
「いやサンキュ。正直カップ麺すら作れるかわかんなかったし」
「ふふ、そうですか、どうぞ召し上がれ。私も何だかお腹空きました
深夜二時過ぎ。二人でおにぎりを食べる。シュールだな。
とはいえ腹は減ってるのに胃が受け付けてくれず三個目の途中で吐き気がしてきた。
「悪い、もう食えない」
でも小春は笑顔で
「いいですよ、二個も食べれれば十分です」何を基準に十分って言ってんだ?小春も少しおかしい気がする。風邪移しちまったかな。
「なあ小春」
「はい、なんですか?」
「なんかテンション高くないか?俺なんかやらかしたか?」
「あっ、えっとですね」
小春はゆっくりと息をため込んでから
「さっき中里さんが見とれてた言ってくれたのがうれしくって。そんな風に言われたのは初めてでした」
マジで言ってんのか?こいつ。何それ、誘惑?……本当はわかってるけどな、純粋なだけだって。でもちょっとドキッとするな、こいつの台詞。
「そか、風邪移したら悪いと思ってな」
俺がそう言った瞬間小春がビクッ反応する。「どした?」
「あのですね、真琴ちゃんに聞いたんですけど……」
キスすると風邪が移るか。なるほどな、あとで天宮は私刑な。まったく妙なこと仕込みやがって。
「でも小春に移っちゃ意味ないだろ」
ちょっと苦笑いして
「うーん確かにそうですけど……。なんていうか、代われるものなら代わりたいって思うこともあるじゃないですか」
と言った。泣ける台詞だ。……泣かないけどな。なんつーか愛されてるねでも言っとくことはある。
「気持ちはうれしいけどな、それはあんまりいい方法じゃないな」
「なんでですか?」
「もしお前が俺にキスして風邪が移ったら今度は俺が気が気でなくなるだろ。堂堂巡りになりかねん」
「あはは、それもそうですね」
二人して笑い合った。まあ昼間寝たから夜はあんまり寝なくても平気かな、などと考えていると
「中里さんそろそろ休んだ方がいいですよ。明日はまだ無理でしょうけどできるだけ早く直さないと」
うーん正論なんだが逆に寝たくなくなるのは人情かね。
「さて部屋に戻りますよ」
だがいつになく押しの強い小春に強引に部屋にねじ込まれた。
「お前も一緒に寝るか?冷たくて気持ちいいんだが」
もちろん冗談(ちょっぴり本音)のつもりだったが言った後に気付いた。小春は純真かつ献身的だったことに、それも病的にな。
「わかりました。じゃあ風邪が治るまでは添い寝してあげますよ」やっぱりな。まあ本当に冷たいんだけどさ、それって触れなきゃいけないんだぜ。
その晩小春は俺の腕のなかにすっぽりと収まって就寝した。普通なら緊張で眠れない所だが実際は最悪の体調のおかげ?であっさり眠れた。
翌日、二人して学校を休んだ。
先に言っておくが小春が休んだのは俺が風邪を移したからではない。キスしてないんだから移るはずないんだよ(屁理屈)。小春いわく
「中里さんが動けないくらい体調悪いのに学校なんか行ってられません。せめて熱がもう少し下がるまでは私が看病します」
とのことだ。ありがたいことこの上ないがわざわざ俺のために休むことはないことを再度伝えようとしたのだが朝からしばらく喉が潰れてろくに声が出なかった。
かてて加えてこういう時の小春は強い。普段は出さない熱血モードというかとにかく俺に口出しする間も与えず学校に連絡してしまった。とはいえせっかくの好意を無下にしてまで学校に行ってほしいなどとは毛頭思わなかった。そりゃそうだろ?女の子がわざわざ付きっきりで看病してくれるんだぞ、うれしいに決まってるだろ。
そんなわけで今は家で朝食をとっている。現在時刻は午前十時、風邪が少し落ち着いてのんびり過ごす次第である。
「調子はどうですか?何でも言ってくださいね、風邪が治るまでは私が中里さんのメイドさんになってあげますから」
メイドさんか、って何でメイドなんだ?流行だから?まあどうでもいいか、尽くしてくれるって点は正しいし。
「ありがとな、でも今は調子いいから大丈夫だ。ところで何でメイドなんだ?」
どうでもいいとか言っておきながら結局聞いてしまった。なんだかんだで結構気になるんだよ。
「何だかよくわかんないんですけどその方が中里さんが喜ぶだろうって真琴ちゃんが教えてくれたんです。いかがですか?ご主人さま」
「そうか。そのご主人さまってのも天宮の入れ知恵か?」
「はい。もしよかったら普段からご主人さまって呼びましょうか?」
本当に無邪気なやつだな。そんなこと学校で聞かれたら俺の評価は地の底どころか煉獄くらいまで急転直下することだろう。
「それは断固遠慮しておく」
小春は笑顔で頷いた。別にご主人さまと呼ぶ事が気に入ったわけではないらしい。心底ほっとした。
「さて寝るかな」
風邪の時にできることなんて寝ることくらいである。三十九度も熱がなければ漫画を読んだりゲームをしたりもできるんだが今はさすがにそこまで元気じゃない。
しかも小春の監視下ではそんなことは絶対できない。
「どうぞ」
小春が肩を貸してくれた。至れり尽くせりだな、呼称はともかくとしてこれなら普段からやってくれても構わないかもしれないな。
ベッドの上、当然のように一緒に寝ているのは言うまでもないだろう。
「なあ小春、その敬語はなんなんだ?」
寝るといってもここ二日コアラ並みの睡眠時間を誇っているがゆえにそんなにあっさりとは眠れない。適当かつ気になっていたことを聞いてみた。
小春は誰に対しても常に敬語である。例外は俺が知る限りでは千春さんのみだ。だが今日の小春の敬語は普段よりランクアップしている。
「私が使える最上級の敬語です。メイドさんってそういうものじゃないでしょうか。でも嫌ならやめますよ?」
「嫌じゃないけどあんまり堅苦しくしなくていいぞ。俺たちは仮夫婦なんだから」
この台詞も久々だが小春を納得させる理由が思い浮かばなかったから使ってみた。効果はてきめんみたいだな。
「あっ……そうですね、そっちの方が全然重要でした。わかりました、適度にします」
まだ普段よりは丁寧だけどたまにはいいさ。
それにしても小春といると飽きないな、一人暮らしより毎日が数十倍楽しい気がする。
今だって一人ならただただおとなしく熱が引くのを待つばかりで退屈だっただろうしな(この際風邪を引いた原因は忘れることにする)。
「どうかなさいましたか?ご主人さま」
「えっ!」
「私の顔をジーッと御覧になられて。先ほど鏡を見たときには何もついていませんでしたが、なにか?」
また無意識のうちに見とれていたらしい。それにしても敬語うまいな。
気付いてからもしばらく小春の顔を眺めていた。
「だから私の顔が何かおかしいんですか?そんなにじっと見られると恥ずかしいですよ」頬を赤らめている小春にすっと手を伸ばして引き寄せた。
「ありがと」
「えっと」
「ありがとな、俺と暮らしてくれて」
よしよしと腕の中にいる小春の長い黒髪を撫でる。扱いは雛に近いけど
「えへへ、はい」
喜んでるからよしとしよう。
さらに翌日。熱は多少下がったが学校に行けるレベルではなかった。俺ってこんなに弱かったっけ?
自分の免疫力に疑問を感じつつ、寝てばかりで過ごす。ちなみにメイドさんはいまだ健在である。
夕方、畠中がやってきた。
「お前が風邪なんて何年ぶりだ?」
「五年ぶりくらいだな、ここまでひどいやつは」
久々(実に十日ぶり)に畠中の顔を見た。なんか和むね。さすがは十年来の級友である。実際は十年以上だがキリがいいからそういうことにしておこう。
「で、お前は何しにきたんだ?」
「アホか、お前は!いや確かにアホだがこの状況で見舞い以外ありえんだろうが!」
それが怪しいから聞いてるんだ。天宮の差し金じゃないだろうな。だがそれは考えづらい、もし天宮が何かしたいなら直接来るかメールで小春に指令を与えるかで済ませるはずだ。何か手を出せない理由でもあるのか?
……ダメだ、そんなに高度な思考はできない。策士天宮は狡猾で残忍、熱が高い状態の俺では対抗できない。癪だが素直に受け入れてやろう。
茶を運んできた小春には席を外してもらった。畠中の前で「ご主人さま」とか口走られても困るからな。
「しっかしお前も情けない奴だな。何で風邪なんか引いたんだ?」「睡眠不足だ」
正直に答えた。
「本気で言ってんのか?体調管理くらいしっかりしろよな。心配する奴は心配するんだから。わざわざ俺様の足をわずらわせやがって」
こいつは俺の心配をしてないのかというとそういうわけじゃないが付き合いが長いだけあってすぐ元気になることがわかっているはずだから別に(リビングにいるメイドさんみたいに)大袈裟なことはしない。
俺はGW中の出来事を簡潔に話した。
「なんだ、雛ちゃんが帰ってきてたのか、一目見たかったな」
「怯えるだけだ、やめとけ。それにしてもお前が見舞いなんて、らしいっちゃあらしいが俺が平気なことくらいわかってんだろ」
畠中は鼻で笑って
「ばーか、頼まれなきゃお前の見舞いなんて行かねーよ。お姫さまがうるさいから仕方なく」
天敵か。姫野あゆみの美貌に掛かれば大抵の男と一部の女が言うことを聞いてしまうが、畠中はその容姿や甘い声に関係なく奴隷になっている。
「前から気になってたんだが何で姫野がそんなに嫌なんだ?いいやつだと思うが」
軽く震えている。極端な奴だ。
「まあ別に隠すほどのことじゃないから話してやるが本当に大した話じゃないから期待すんなよ」
「ああ」
「あれは忘れもしない七年前、小三の時のことだ。クラス替えで初めてお姫さまと一緒になっただろ?別に初めて会った時から苦手だったわけじゃないんだ。
お前の知り合いだったお姫さまとは間もなく友達になったわけだが小三と言えばなんか思い出さないか?」
小三ねえ。そんなピンポイントな記憶はないような。
「首なし鶏事件か?」「ああ、あれも小三だったか。でも違う。そんな事件じゃない」
「勿体ぶるな」
俺は病人なんだぞ、あんまり頭使わせんな。ちなみに首なし鶏事件とはある日とある同級生が
「鶏は首を切ってもすぐには死なない」
と主張したが誰も信じなかった。逆上したそいつは校庭でどこからかつれてきた鶏の首をはねた。
その鶏は首から血を噴き出しながら校庭を走り回りすぐには死なないことを立証した。
しかし当然息絶え、その凄惨たる光景は全校生徒の心に深く刻まれ、それからしばらくは給食の鳥肉の残りが目立っていた。
「二学期が始まったくらいに腕相撲が流行っただろ?あの時俺は学年最強といわれていた男に勝った。首なし鶏事件の張本人だ」
「そういやそんなこともあったな。まあ俺は参加してないからよく知らないが」
「そりゃそうだ、お前が参加してたら誰も勝てないだろ。お前がやたら強いことを知ってたのは俺とお姫さまだけだったけどな」
「で、どうしたんだ?お前があいつ(首なし鶏事件の犯人)に勝ったのはすごいが武勇伝に興味はないぞ」
前にも言ったかもしれんが俺の戦闘力は常人から見ればずば抜けているのだ。畠中なんぞ一捻りだ。今はそんなことはどうでもいいが。
「俺はその時ちょっと調子に乗っちまったんだ。もうこの学年に敵はいねえみたいなことを言ってたんだ。
それを聞いてお前の実力を知るお姫さまはとさかにきたらしくておれに勝負を挑んできたんだ」
「ちょっと待て、なんでそれでお前と姫野がやるんだよ。普通俺とだろ」
「てめーがだるいとか抜かしやがったからお姫さまが私より弱ければ光君より弱いことになるって言い出したんだよ。
そこで俺は開始三秒で瞬殺されたんだよ。もうあの時はお前より強いんじゃないかと思ったぜ」
「さすが姫野、密かに俺の顔を立ててくれていたのか。だけどそれでお前が姫野を苦手になったんなら半分くらい俺のせいな気がするな」
「そうかもな。ちょっと長居しすぎたな、お姫さまには元気だったと伝えておこう」
「ああ、頼む。サンキュな」
こちらを向かずに手だけあげて了解の合図。
畠中が帰ってから三十五秒後
「一体どんなことを話していたんですか?ご主人さま」
ああ、やっぱり席を外してもらって正解だったな。
「畠中が姫野を嫌いな理由」
「どうしてだったんですか?」
「それがな……」
俺は全てを語った。そして喉が潰れた。
「すみませんすみません。私が余計なことを聞いたばっかりに」
泣きそうな小春に首を横に振って否定の意思表示。
「ヘイキダ」
声がおかしい。早く寝てしまおう。
俺は掛け布団を持ち上げて小春に中に入るように身振り手振りで伝える。
「おやすみですか?」こくこく
「じゃあ失礼します」その台詞もどうかと思うがもはや今更である。
「あったかいです。私のせいですけど喉のためにも早く寝たほうがいいですよ」
こくりと頷き当然のように小春の冷たい体(俺が熱いのか)を抱く。まったく俺の精神力がどんどん鍛えられていく気がするぜ。
「不謹慎ですけどこうしてもらえると落ち着きます。なんだかふわふわしてるみたいで」「ウン」
腕に少し力を込める。「えへへ。おやすみなさい、ご主人さま」
翌日、いい加減治ったかね。体温は
「三十七度五分ですね、大分下がりましたけど学校はちょっと…」マジか、本当に長引いてるな。
「そうか、でももう平気だからお前は学校に行……」
顔怖いよ、小春さん。「……かせたいのはやまやまだが最後まで付き合ってくれるか?」ぱあっと笑顔が咲いた。最近小春に甘すぎるな、俺。
「何かして欲しい事ありますか?何でも言ってくださいね」
正直寝てばっかりだから寝ながらできることはやり尽くしてしまった(しりとり・にらめっこ・山手線ゲーム・マジカルバナナ等々)。ちょっとランクアップするか。
「トランプに付き合って」
「トランプ…ですか?構わないですが、体調は大丈夫ですか?」
「もう元気だよ、本当は学校行ってもよかったんだぜ。でもお前を心配させるのもあれだから大事を取ってるのさ。だから暇なんだよ、昨日寝すぎたからすぐには眠れないしな」
「はい、わかりました。なにやりますか?」
一回戦ババ抜き
「やった、ペアができました」
「二人でやってんだから絶対ペアになるんだよ」
「あっ、そうですね。えへへ」
ちょっと恥ずかしそうにはにかんだ。がそんなおとぼけとは裏腹に小春は勘がよい上に表情が読めないため、三本勝負で二本連取された。
一回戦勝者相川小春。
二回戦七並べ
小春は気付いたら出すという単純な思考でプレイしたのに対し俺は数字を止めることを重視した性悪な戦法で快勝。
二回戦勝者俺
三回戦(最終戦)大富豪
熾烈を極めた総力戦、小春が極悪に縛りを決めて結局負け。
三回戦勝者相川小春、第一回トランプ大会優勝、相川小春
「強いなお前」
「いえいえ、ご主人さまだって準優勝ですよ」
そんな小学生の運動会みたいなフォローはいらん。
「さあ、もうお昼ですよ」
サンドイッチ(タマゴ)を食いながら少し聞いてみた。
「小春って成績大丈夫なのか?中間はよかったみたいだが授業受けないとまずいんじゃないか?」
小春は前回三百人中十五位、はっきりいってかなり頭いいが俺のせいで成績下がったなんてことになったら申し訳ない。
「ふふ、平気ですよ。高校生の内容くらいは。中里さんと同じだと思いますよ、たぶん」そうか、小春の親も研究者だったな。そういや中間の時も試験勉強してなかった気がするな。何もしなくてもできるのは俺だけじゃなかったらしい。
「じゃあ試験前は遊びまくるか。どうせ楽勝だろ、俺たち」
「みんなには悪いけどそうですね、たくさん遊びましょう」
ウチの学校は試験一週間前、授業が遅れている科目だけで組まれた特別なただし四時限で終わりというなんとも生徒思いな時間割りになる。
「約束な」
「約束です」
指切りした。試験前が楽しみだな、小春の台詞で言えばみんなには悪いけど。
その夜、すでに熱が下がり明日はついに復帰だ。そして
「じゃあ明日からは普通に戻りますね、中里さん」
「なんか久しぶりだな、その呼び方、少し寂しい気もするな」
「お望みならいつでも呼んであげますよ、ご主人さま」
天然小悪魔だな。
「学校ではやめろよ、周りがうるさいから」「ふふふ、わかってますよ。えっと、今日は一緒に寝てもいいですか?」
わかってんのかね、こいつは。口滑らしそうで怖すぎる。
「いいよ、いつでも」もうなんでもいいや。「ありがとうございます!」
飛び込むようにベッドに入ってくる小春。まあ同居人なんだからいいよな、たぶん。
翌日、学校にて
「天宮ちょっと校舎裏にきてくれないか?」「なになに?しばらく会えなくて私が光希の心の中を占めるウェイトの大きさに気付いちゃった?」
校舎裏にて
「なんか俺が動けないのをいいことに小春に色々愉快なことを仕込んでくれたみたいだなあ?たっぷりとお礼してあげようと思ってな」
天宮の顔が見る見る青くなる。
「えっ、ちょ、待ってあれはほんの出来心で……キャアアーーー」
次は体育祭と先輩の話です。