第一話
学園ものなのにまだ学校には行かないです。
家族になるための話、お楽しみを。
第一話
俺達は学生であるが故に学校の話をすべきである。よって残りの春休みの間にあったことは出来る限り短めに抑えてさっさっと学校へ行こうではないか。
俺としてもあんな突拍子もないことを長々と語りたくはないからな。
さてあのあと和解した、まあ別に対立していたわけではないが、俺達は記念写真を撮って早めに眠った。写真を撮ることに深い意味はない。
翌日、引っ越し屋のトラックが来てその荷ほどきに丸々一日を費やすはめになった。その間俺達は他愛ない世間話を続けた。
非常識な父親の話や俺が一人暮らしをしていた時の話、まあ色々話していた中で気付いたことはまず、相川小春は口数が少ないということである。
出会い頭に「ここに置いてください。」なんて言うもんだから活発明朗な性格だろうと勝手に思い込んでいた俺にはかなり意外だった。
確かによくよく観察してみると長い黒髪から清楚で控えめなイメージが漂っている。
「あんまりジロジロ見ないでください…。」お約束な突っ込みを受け笑って誤魔化し、さり気なく観察する。
おそらく俺がさり気ないつもりになっていただけ小春は気付いていただろう。頬が赤く染まっているように見えた気がした。
そして気付いたことその2、相川小春はそこそこの美人である。綺麗というより可愛いといった方がより正しいと思うがその整った顔立ちはなかなか美人である。
さてこの時俺は何を考えていたか。
「色恋沙汰」という言葉を聞いたことがあるだろうか。簡単に言えば恋人を持つのは面倒臭い、ということだが今の俺の心境はそれに非常に近しいものである。
もちろん俺達は恋人ではない。
しかしただでさえ高校生に上がったばかりの時に女子との二人きりの同居なんてものが発覚してみろ、間違いなく晒し者、可愛いならなおさらだ。
ふと思い聞いてみた。「相川って今いくつ?」
「はいっ?私ですか?今十五歳です。」
「同じ高校だよね。」
一応尋ねてみたが、まあ同じだろう。この辺りに高校はそんなにない。
「……はい。」
ちょっとは裏切れよ!、などとはとても言えずまあ当然とも言える事実を受け入れていた。
まあ可愛くないよりは可愛いほうがいいとプラスに考えておくとしよう。秘密にしようとしてもどうせすぐバレるだろう。無駄な足掻きはしなくていい。
などと楽観的に考えるのはたぶん親ゆずりであり、今日ほどいや正確には始業式の日ほど恨めしいと思ったことはなかったな。
まあそれはまだもう少しあとの話なのでおいておくとしよう。
さて荷ほどきがほぼ終了し、夕食の準備に入った。
さて朝と昼はコンビニで済ませたが夕飯は小春の希望により手料理をご馳走になることになった。非常にありがたいことである。
相川小春は相当料理がうまい、見ればわかる。小気味のいい音を立てる包丁、ジューという肉を焼く音に腹の虫が大合唱をはじめる。
手際の良い作業はみとれるほどだ、というのは少しも大げさではない。俺は料理の腕に関してそこそこの自信をもっていた。
しかしそれは所詮そこそこであり、できる人と比べれば正に月とすっぽん、巨像とアリ、井の中どころか湯船くらいに狭いところにいた蛙が見た太平洋のようだった。
まあ俺の個人的な欝はさておき、出来上がった料理が運ばれてきた。
物凄い豪華だ、メインはハンバーグ、付け合わせにスパゲッティやポテトサラダ他にも数種類の料理が並んでいた。
「料理うまいんだな。驚いたよ。」
正直な感想を述べた。気が利いてないのは自分でもわかってるさ。
「まだ食べてないですよ?感想は食べたあとです。さあどうぞ。」
相川小春はちょっといたずらっぽく言った。それもそうか。というわけで手を合わせて(これは幼稚園の時からの癖なのだ)
「いただきます。」
「召し上がれ。」
小春が期待と不安の入り交じった眼差しでこっちを見ている。そんな顔が面白かったので食べ終わるまでじらしてから、
「うん美味かったよ、ごちそうさま。」
相川はほっと胸を撫で下ろして、
「よかった。」
と呟く彼女を急かすように言った。
「ほら全然食べてないじゃん、冷めるよ。」
今度ははっとして箸を早める。俺のせいだけどな。
食休み中に色々と決めなければならないことを決める。
まずは呼び名だ。
「相川はなんて呼んでほしい?」
「…何でもいいです。相川でも小春でも。」
「そう、じゃあとりあえずは相川でいかせてもらうよ。俺の事は名字呼び捨て以外なら何でもいいから。」
「じゃあ私は、中里さんで。」
以上4セリフにて呼び名決定。
次に決めることは何だったけな?
おっと、その前に祝杯を挙げるのを忘れていた。本当は夕飯を食べる前にやるべきなのだが、この時間にしたのには一応理由がある。
それは本物の酒によってとり行なうことにあり、当然ながら違法である。
なぜウチに酒があるのかというと親父はそれなりの酒豪でありその酒蔵にまだたんまりと酒が残っていた。そういえば春休みに入る直前に電話で
「酒蔵に残ってる酒は使っていいからな、頑張れよ。」
と言ってたのはこのことか、ということは相川小春の寄生は大分前から決まっていたらしいな。全くもってどうしようもない親だ。
まあ折角なので頂くとしよう。
「コホン、えー乾杯の音頭はワタクシがとらせて頂きます。」
「ふふっ、はい。よろしくお願いします。」高校生らしからぬ会話に二人して笑い合う。「それでは出会いを祝しまして、乾杯!」
「かんぱい。」
いやに気合いの入ってる俺に対して相川はのんびりとした口調で答え、キンッという音とともにグラスが交差させた後に一口あおる。
「うん、うまくない。」
「…そうですね。…でも一杯は飲みましょうよ、祝杯ですし。」
相川はこの小さな宴を非常に喜んでくれたようで、多少無理しながらグラスになみなみと注がれていた日本酒をなんとか飲み干した
。俺もゆっくりと飲み干して、微笑みながら
「これからよろしく。」
といいながら握手を求めた。
「こちらこそ、よろしく…お願いします。」差し出した右手を両手でやんわり握りながら答えてくれた。
さて、まだ決めなければいけないことが残ってるので先に片付けるとしようか。
家事その他における役割分担である。
親と子供なら親が家事を全てやるのが当然なのかもしれないが、俺達は平等に振り分けなければならない。
少し気分が高揚しつつある、早く決めてしまおう。
「どうやって分ける?ジャンケンか?」
適当な案を出すしてみる。
「私がやります。」
「はっ?」
「私が全部やります。居候ですし。」
相川は少々酔っ払っているように思える。自己主張が強い。そんな押しつけるわけにはいかないだろう。
「いやでも悪いし。」
「いいんです。……私がここにいる理由ができますし。」
本心だろう、しかし水臭い、一緒に暮らすというのに。
「でもさ…」
「ぐすっ、ダメですか?私がやっちゃダメですか?」
くっ、泣き上戸だったか、さすがに卑怯じゃないか?さっき言ったが相川は可愛い。可愛い女の涙は武器であり俺は対抗するものを持ち合わせていない。
を戦車で攻めこまれたかの如く一瞬で陥落してしまった。
「わかった、わかった。でも俺も少しは手伝うからね。」
俺の口調はなだめるように穏やかになっていた。そして相川も穏やかな顔になってこくりと頷くと眠りについてしまった。
ため息をついて思う、なんだかなあ。
翌日、九時頃に目を覚ます。休み中は大部分を寝て過ごす俺にとってこの時間は早すぎる。目蓋をこすりながらリビングへ出るとすでに起きていた相川が朝食の準備を始めていた。
「おはよう。」
ぺこりと会釈して
「おはようございます。もうすぐできますからもうちょっと待っててくださいね。」
笑顔…ではなく少々辛そうな顔をして答える相川。おそらく昨日の酒が残っているのだろう。
しかし一杯きりしか飲んでないのに残るもんなのかね。まあ東洋の神秘ということにしておくか。
そんな相川でも朝食の出来は上々、まだ母親がいたとき以来の豪華な食事だった。
「今日どうする?なんか用事あるか?」
鮭をつつきながら尋ねると、相川は首を傾げた。どうやら予定はないようだ。
「今日は家でのんびりしてようか。」
昨日の荷ほどきの疲れがまだ残っていたし、春休みはまだ一週間残っている。一日くらいだらけたってバチは当たらないさ。
こくっ、と頷く相川。朝食を終えソファーでくつろいでいると洗い物を終えた相川が隣に座ってきた。
「頭が痛いですぅ。」言うなりくにゃっと崩れてしまった。
「酒弱かったんなら言ってくれればよかったのに。」
ちなみに俺は弱くはないし強くもない、というかよくわからない。まあ普通15才で避けに対する耐性を見極めてるやつも人としてどうかと思うけどね。
「‥‥‥初めて飲みました。美味しかったんですけど、なんだか気分が高ぶっちゃってすみませんでした。」
「そっか、全然かまわないけどさ、いいの?全部任せちゃって…」正に酔った勢いでなわけで冷静さを欠いていたことは間違いない。
「いいんです。気分は高ぶってても意識ははっきりしてましたよ?昨日言ったことに嘘、偽りはありません。」
参っているようで瞳に力がある。まあそこまで言うなら咎めまい。
「まだズキズキするんで少し休みますね。昼食までには起きますから。」
と言ったかと思うとすでに寝息を立てていた。もしかすると寝るのは俺より早いかもしれない。
人の寝顔を見てたら眠くなってきた。俺も寝るとしよう。
昼過ぎ、いつぞやのようにインターホンで目を覚ました。
全く人が気持ち良く寝てる時に。日頃の行いが悪いんだろうか。まあ確かに真っ昼間から眠っているのはあまりよろしくないかもしれないな。
相川はすでに昼食の支度を始めている。
連打されるインターホン。それによって来客の招待にめどが立つ。
「俺が出る。」
断ってから戸を開ける。
「やっほー!光ちゃん、元気してる?」
「ぼちぼちな。お前は聞くまでもなく元気そうだな、耳。」
「耳じゃないよう、美々だよ美々。イントネーションがよくないよっ。」
騒がしいやつが来たもんだ。こいつは『水口美々』、中学からの友人である。天性の明るさと世話好きな性格から一人暮らしを始めてからは大分世話になっていた。
「お昼ご飯でも一緒にどうかなー、と思ってきたんだけど…。あっ、お姉ちゃんは眠いから遠慮するって。」
彼女の姉、『水口もも』は非常に温厚でのんびりしている。元気は全て妹に遺伝してしまったんだろう。
「そうか。まあ取り敢えず上がれよ。」
「うんっ!おっじゃまっしまーす。」
それにしても威勢が良すぎるぜ、寝起きの頭にはなかなか答える。リビングから相川がひょっこり顔を出した。不思議そうにこっちを見ている。
そういえば水口にも相川のことは言ってなかったな、さてどう説明すればいいのやら。 と考えていると好奇心旺盛な水口嬢は素早く間合いを詰めて相川を舐めるように観察し始めた。
突然のことに困惑する相川。見ていて面白いな、この図は。
「ねえねえ、この子だあれ?」
「ちょっとした事情があってな、一緒に暮らすことになった、相川小春嬢だ。そんでこっちは中学からの友達の水口耳だ。お互いよろしくしてやってくれ。」
「発音は耳じゃなくて美々だからね、ってどういうことなの?同棲するの?」
「同居だ。」
「同じだよぅ。」
俺もそう思う、しかし同棲っていうと何かと面倒臭いイメージが付きまとうからな。
「へえー、ふーん。で付き合ってるの?」
俺ではなく相川に尋ねる辺りにこいつの順応性の高さを実感させられる。古代のエトルリア人の中にもこいつなら一瞬で溶け込んでしまう気がするね。
初対面の人間にいきなりそんなことを言われてさらに困惑する相川。元元人と接するのはあまり得意じゃなさそうだしな、助け船を出してやるか。
「付き合っとらん、三日ほど前に会ったばかりだ。」
「そうなんだ。んっ?何だかいい匂いがするね。」
おそらく昼食の匂いだろう、俺もそろそろ腹が減った。
「まあ話は飯食いながらでいいだろ。相川三人分ある?」
「…あっ、はい。」
「じゃあ、食うか。冷めないうちにな。」
「うんっ!」
「……はい。」
三人で食卓につく。
「いただきます。」
昼食は炒飯だった。
「んっ、うまいな。」至って普通のリアクションをとる。ただそれだけで相川は嬉しそうにしてくれる。
そして招かれざる客である美々はというと
「わー、美味しい!どうやって作ったの?スゴーイ!」
こいつの話すことを文章化したら感嘆符と疑問符を欠かせないだろうな、と思わせる程のテンションだ。
「…あの、えっと、今度教えましょうか?」
ビクビクしながら呟くような声で答える相川。
「本当?やったー!小春ちゃん、お料理上手だよねえ、お母さんに教わったの?」
「いえ、母は私が物心つく前に他界してしまいましたからお姉ちゃんに教わったんです。」
そうなのか、知らなかった。ちょっと暗い空気が漂う。
「そうなんだー、ウチもお父さんが早くに死んじゃって、お母さんはいるんだけど、大体お姉ちゃんと二人で作るんだ、おんなじだねー♪」
暗い話題なはずが明るく聞こえるな。まあいいか、何だかんだ仲良くなれそうだし。
「ごちそうさま。」
「ごちそうさまー!」
ぺこりと頭を下げる相川。どうやら照れているらしい。それにしてもシャイだな。
というわけで終わった昼食。この先のんびりすることは叶わないだろう。まあそれはそれでいいんだけどな、振り回されるのは嫌いじゃない。
「じゃ、行こっか♪」「はいっ!?どこにですか?」
当然のように言い切る美々。まあじっとしていられないんだ、こいつは。三年も一緒にいればいい加減慣れるさ。まあ相川はまだよく分かってないみたいだけどな。
「う〜ん、どこ行こっか光ちゃん。」
「そだな、取り敢えず家でのんびりするってのはどうだ?」
分かっていてもゆっくりしたい、未練たらたらな発言。
「小春ちゃんはどこか行きたいところある?」
スルーか。
「えっと、夕飯のお買物に…。」
実に家庭的な回答だな。付き合う側としても非常に楽だ。
「うん、わかった!でも今日はウチに来ない?お祝いしてあげるよ!」
いいのかどうかわからない相川は救いを求めるような眼差しでこっちを見てきた。
断る理由もない。
「そうか、じゃあお言葉に甘えるとしよう、なっ、相川?」
そういって笑いかけた、どっちにって?そりゃ両方にさ。
「あっ、はい。」
「うんうん、じゃあ行こっ!」
俺と相川は寝巻だったので着替えてから三人で家を出た。
いつもなら俺の手なり腕なり引っ掴んで強引に連行されるところだが好奇心旺盛な美々は初対面の相川をターゲットに選んでくれたようだ。
最近では精神的消耗も少なくなってきたとはいえ、楽になった、スマン相川。
ふと立ち止まって相川の顔を覗き込む。
「小春ちゃんってさあ、すっごく可愛いよね。抱き締めたくなっちゃう!」
「!!!!」
言うなり飛び掛かるように抱きついた。こらこら、俺と違ってそいつは繊細なんだぞ。
案の定慌てふためいてるな。
「おい、水口、そういうことは家に着いてからにしろ。」
「はあ〜い。」
無理に引き剥がすより今はやめろというほうが効果的、こいつは子供思考だからな。
それはそうと俺が水口美々のことを「水口」と呼んだのは俺が人を呼ぶ時基本的に名字で呼ぶためでこれは俺の習性である。
最初は意識していなかったんだが小学生の時、とある友人に言われてから一種の意地みたいなものになっている。
よって水口姉妹は妹が水口、姉は水口さんで区別している。からかう時とはいえ名前で呼ぶのは仲の良い証拠である、のかも知れない。
それはそれとして作戦通り、素直に相川から離れてくれたようだ、まあ『着いたらまたやられるんですか』と訴える視線はこの際無視しよう。
そんなこんなで水口邸に着いた。水口ももがこたつでくつろいでいた。
「たっだいまー!」
「久しぶりだね、水口さん。ちょっとお邪魔するよ。」
「あら、いらっしゃい久しぶりねえ。あら?そちらのお嬢さんはどなた?」
『水口もも』、俺が恐れる数少ない人間の一人。彼女の武勇伝はまた今度にするとして、それ以外に同い年とは思えない物腰と態度から、
無意識のうちに敬語とまではいかないが、口調がやわらかくなってしまう。ちなみに水口美々も同い年である。別に双子というわけではない。
四月生まれと三月生まれなのだ。
「は、初めまして、相川小春と申します。よろしくお願いします。」
「わけあって俺と暮らしてるんだ、よろしくしてやってくれ。」
「さっきと同じだあ。」
「うるさい。」
軽くこづく。
「あらあら、そうなの、美々ちゃんから聞いてるかしら?私は水口もも、よろしくね。」
美々もそうだが俺達の同居に対する驚きが弱すぎないか?理解があってありがたいとも言えるが。
「じゃあ今日はお祝いかしら?お買物に行かなくちゃ。」
「私が行ってくるよ!お姉ちゃんはゆっくりしてて。」
「あら、そう?じゃあお願いね。美々ちゃんが作りたいものを買ってきてね。」
「ハーイ。」
姉妹というより親子といったほうがしっくりくる気がする。
買い物に行った美々を待つ間はこたつで適当に雑談する。
二人で暮らすことになった経緯を話すと
「あら、大変ねえ。でも光希君なら安心ね。」
ニコニコ微笑みながらそういった。不思議そうな顔をする相川。
「あら、まあ知らなくて当然ね。実は光希くんって女の子に全然興味がないのよ。」
「そうなんですか?」
「別に興味が無いわけじゃないよ、ただ面倒なだけ。」
「あら、安心なことに代わりはないでしょ?」
確かに安心といえば安心かもしれないな。
「ふふ、でもよかったわね、一人より楽になったでしょ?色々と。」
「そうだね、相川、料理すごくうまいし。」
「あら、今度ぜひご馳走してくださいね。」
「あっ、はい。」
三人で笑い合う。ゆったりと時間が流れる。俺はごろりと後ろに倒れ、気付くと眠っていた。
起きた時には日が落ちていてテーブルの上には正にパーティ!的な料理が並んでいた。
「あっ、やっと起きた。」
「おはようございます。」
相川におはようと返して時計を見る。ちょうど七時か。
「それじゃ始めよっか、ようこそ!相川小春ちゃんパーティ!!」
パチパチと拍手をして始まったパーティ、豪華な料理と美々を中心とするテンションの高さでなかなか盛り上がった。もちろんアルコールはないけどな。
相川は二人の精一杯の歓迎に照れながらも終始笑顔だった。
さて帰ろうかと言うときになってももが
「光希くんちょっと居残りね。」
などと言い出した。
「何で?今日はもう遅いしまた今度…。」
一瞬目の色が変わった。その瞬間俺はメドゥーサに睨まれたがごとく石と化し、ガチガチの体で、水口に相川を送ってくれるよう頼み、ただただ裁きを待つばかりだった。
別に何かしでかした記憶はないのだが。
「光希くん、家事を小春ちゃんに任せてるって本当?」
寝てる間に相川が話したのか。
「うん、でもあれは…」
言い訳する間も与えてくれない。
「わかってる、小春ちゃんから聞いたから。でもね、本当にそれでいいの?家族なんでしょ?」
家族?そうなのか?確かに一緒に住む、でもそれだけで家族なんだろうか?
「小春ちゃんは今一人で不安なはずよ、それはわかるでしょ?」
わかる。いきなり親と離れるんだもんな。俺だって友人がいなければどうなっていたかわからない。
「今頼れるのは光希くんだけ、だから必死になって光希くんの役に立とうとしてる。でもそれって楽しい?」
「それは…。」
家族かどうか、決めるのは俺だ。このまま相川を働き口がウチしかない家政婦みたいにしていていいはずがない。俺と暮らして面白かったと思ってもらわないといけない。
一緒に暮らすからには当然だ。俺の義務とも言える。
「もう何がいいたいかはわかってるでしょ?ふふ、大丈夫よ、光希くんは優しいから。」
「ありがと、水口さん、今日来てよかったよ。」
「頑張ってね、男の子なんだから。」
「んっ、じゃあね。」
「さようなら。結果は学校でね。」
「はいはい。」
家に帰って、どっと疲れが押し寄せる。
まあ全ては明日でいい、時間はまだまだたくさんあるさ。
翌日、昨日と同じように相川は朝食を用意していてくれた。
これが俺の新しい日常になるのだろう。しかしその前にやるべきことがある。あるのだが…。
「ふぁー、眠たい。」
ちょっとチャージが足りないな、話は微妙に長引くだろうし。現代日本における微妙は本来の意味とは別に否定、あるいは強意の意味を持ち、今回のは後者である。
相川はすぐには俺の言うことを聞いてはくれないだろう。それはもちろん相川の聞き分けが悪いのではなく、ももが言っていた通り責任感が強いからである。
しかし俺は意地でも相川の肩の力を抜いてやる、いや抜いてやらなければならない。その義務がある。思えば最初から分かっていたはずだ。
女の子がいきなり親と離れて暮らす、そうしなければならなかった状況での覚悟、孤独、不安。
俺は取り敢えずは共に暮らしても大丈夫と判断された。相川がこの判断をした瞬間、孤独な世界で唯一頼れる存在が生まれた。
俺は相川を突き放したりしない、俺だって一人暮らしをしていたんだから不安は理解しているつもりだからな。
でも相川はそんなことは知らない、俺がちょっと言ったくらいじゃ信頼しない。迷惑を掛けたら一人になる、そういう考えがまだどこかにある。
一人は怖い、誰だってそうだろ?
だから俺に尽くしてくれる、一人で全部こなそうとする。
そんなつまらない高校生活を送らせるわけには行かない。
昨日の話で俺は相川を家族として認識することを決めた。もっと俺を頼っていいってことを分からせてやらねばならない。
が、そのためにはいささか睡眠不足である。まあ昨晩はあのあと色々考えたからな、しょうがない。
別に水口美々のテンションに無理矢理合わせたからでも、水口ももの説教前の緊迫に精神を削られたからではないぞ。
そんなわけで昼食はいらないと告げ、布団に入る。夕方に目覚ましをセットし、夢の中にダイブした。
目覚めると五時だった。リビングに出ると相川はキッチンで夕食の準備をしている最中だった。ちょうどいいな。
「手伝うぞ。」
そういってキッチンに入る。
「いいですよ、リビングでゆっくりしててください。。」
微笑みながらやんわりと拒否される。まあ予想通りといえば予想通りだな。
「たまにはいいだろ。」
「いいですよ〜。」
俺をキッチンから締め出そうとする。もちろん無理矢理ではないが。
「まあまあ。俺が手伝うと迷惑か?」
つい真剣な声を出してしまった。もうちょっとすんなりスマートに解決したかったんだがいかんせん俺はそこまで器用じゃないのでね。仕方ない。
「そ、それは前にも言ったじゃないですか、私がここにいる意味ができるからって。」
まだ笑ってる。少し引きつってはいるけどな。
「それって必要?」
ビクッとなる相川。
「ひ、必要ですよ!私はここにいたいから。」
「別にいいだろ、意味なんてなくても。」
「えっ?」
潤んだ瞳でこっちをみている。まだ言っている意味を理解していないらしい。まあまだ要点を述べてないしな。
とはいえこれから言うことは俺にもそれなりに覚悟が必要だった。
その覚悟を決めるまでの時間、数秒だったのか数分だったのか覚えていないが、相川の瞳は俺を捉えて離れることはなかった。
すうっと息を吸い込み腹を決めて言った、言っちまったさ。
「意味なんていらないだろ。俺は相川小春がウチにいるってことを日常にしていいと思ってる。」
「‥‥‥」
反応なし、ぽかんとしてるな。ちょっと分かりづらかったか、まあ俺もよく分かってないからな。
「飯を食うとか、歯を磨くとか、寝るとか、そういう日常と同じようにお前がここにいていいんだよ!俺達は家族になったんだからな。だからあんまり無理するな。
何も一人でやるこたあない、二人でやればいいじゃねえか。」
ぽかんとしていた顔が徐々に崩れていく。涙があふれてくる。
「家族……あの、私は迷惑…。」
「いいんだよ、俺達は家族になったんだから、迷惑掛けたって構わない。それにこんな珍しい状況そうないぜ?楽しまなきゃ損だ。何事も一人より二人のほうが楽しいもんさ。」
「でも本当に私が家族になってもいいんですか?」
不安げな声。
「いいんだよ、男に二言はない。俺とのことは兄弟、いやむしろ夫婦くらいな関係だと思ってくれても構わないぞ?」
ああ、こんなセリフを言い放った時の俺の頭の中はいったいどんな様子だったんだろう。全く何考えてたんだろうね、精神は大丈夫なんだろうか。
しかしハイテンションな俺はサイパン島を占領して調子に乗った日本兵が如くそのまま全速前進を続けた。
「俺が特別だと思ってる証に、そうだな、うん、名前で呼んでやろう。これでも初めてなんだぞ?」
潤んだ瞳のまま相、いや小春はくすくす笑った。
「そうなんですか?私はそのままですよ。」
ちょっとびっくりしたな、まあ名前で呼んでほしかったってわけでもないが。
「ふふ、私はまだ中里さんでいいんです。いつか呼ぶ時が来るかもしれなませんけどね、光希くんって。」
そういって俺の胸に飛び込んできた、やっと素直になってくれた気がした。
「私、頼っちゃいますからね。夫婦ですから。」
「ああ。」
よしよしと頭を撫でる。小さいな。俺とは頭一ついや二つ分近く小さい。家族は俺だけ、この小さいやつを守らなければならない。
今更そんなことに気付くのもどうかと思うがそうやって撫でているうちに徐々にまともな思考を取り戻していった。顔が赤くなっていくのを感じる。
「小春。」
「はい?」
それでも撫でながら呼び掛ける。でももう耐えられない。
「そろそろ飯の支度しないか?」
小春の顔もみるみる朱に染まる。あわてて俺から離れて、
「ひゃ、ひゃい。」
「はははっ、あわてすぎ。」
「そ、そうですね。」
二人して笑いあった。今ようやく俺達の二人暮しが始まった。
数日後、俺は水口邸にてこのことを報告した。
全くこんなハイになって口走ったことをもう一度別の人間に報告なんて勘弁してもらいたいのだが、いかんせん相手は水口もも、逆らうことは叶わない。
「よく言った!えらい!さすが光希くん、やっぱり男の子、言うときは言うわねえ。」
「水口様のお褒めの言葉、恐悦至極に存じます。」
言葉遣いがあってるか自信はないがちょっと大仰に言ってみる。まあ自分でもやるべきことはやったと思ってるからな。
「でもこれで油断しちゃダメよ?大変なのはこれからなんだから。」
「私も助けてあげるからね〜、光ちゃん。」この姉妹には本当に助けられる、今までもこれからも。
「ああ、よろしく頼む。」
さてさらに数日後の始業式、また、それから数日は俺にとって忘れられないものとなった。それはまさにナイトメア、悪夢の始まりだだった。
次は学校に舞台を移します。