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コトダマアソビ  作者: 一初ゆずこ
第5章 花一匁
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花一匁 22

「……そういうわけだから」

 和音が言い終えると、教室内には複雑な空気が流れた。

 全員が戸惑いの目で和音を見ていたが、和音は意に介さなかった。隣では毬がはらはらと和音を見上げていたが、そちらも敢えて無視してしまった。心苦しかったが声をかければ最後、毬は喧嘩の仔細を話すだろう。あんなにも胸糞悪い喧嘩の記憶を、毬に語らせるのは嫌だった。

「……なあ、今のでほんとに全部?」

 拓海が、おずおずと訊いてくる。

 気弱そうながらも真剣で、訝しさの覗く顔。和音は拓海を一瞥して、「そうだけど」と素気なく言った。

 必要以上に、ぺらぺら喋る気はないのだ。七瀬や柊吾が不服そうにしているのが気にならないわけではなかったが、そんな視線など視界から外せば問題ない。とにかく早く帰りたかった。

「さっきも言った通り……三月の三日、毬の誕生日に美也子が毬を呼び出して、ちょっとだけ喧嘩になったの。毬が公園から帰ったら今度は私が呼び出されたから、美也子に会いに行った。それで今度は私と美也子が喧嘩になったってだけ。……それからは、今日まで一回も話してなかったから。あの子が何考えてるかなんて、私に訊かれても知らない」

「その喧嘩の内容、俺に教えてくれないか」

 和音は、沈黙でもって返答とする。

 拓海は、そんな和音を困惑顔で見返した。

 七瀬が痺れを切らしたのか、「和音ちゃん」と呼んでくる。和音は鬱陶しさから嘆息した。

「……美也子が、自分勝手なこと言って毬を馬鹿にしたの。七瀬ちゃん、毬がいる前でそんな話をしないといけないの?」

 七瀬が、双眸をきつく細める。悔しがっているのかそれとも単純な怒りなのか。ともあれ和音は七瀬の葛藤に興味はないので、そちらからは目線を外した。

「……佐々木さん。他にも質問があるんだ」

 真剣な声で問われ、和音は顔を上げた。

「何」

 本当に、面倒な少年だ。さっきの推理ごっこを自分相手にもする気だろうか。

 怠惰を隠さず訊く和音に、拓海は気圧されたようだった。和音に取っつき難さを感じているのは明白だった。和音は苛つき、無言で拓海を見返した。

「佐々木さんにとって、その、風見さんって子は……どういう、友達だった?」

「どういう、って……学校でよく一緒にいた友達。でも、最近は避けてた」

「その理由は? あと、風見さんって子の個性を、もうちょっと詳しく教えて欲しい」

 和音は、刹那黙る。

 そして、拓海を睨み付けた。

「どうしてあなたに、そこまで言わないといけないの」

 隣で毬が、悲鳴のような声で息を呑む。和音は我に返ったが、一度ついた勢いは殺せなかった。

「美也子の個性ならさっきも言った。お洒落に気を遣ってる可愛い子。でも言い方は悪いけど、代わりに頭はそんなに良くなかった」

 拓海が息を吸い込み、七瀬も表情を硬くした。だが和音は構わなかった。ひやりとしたが取り返しはつかないのだ。ならば腹を括るしかない。堂々と構えているべきだ。

 言いながら自分でも、もっと言葉を選ぶべきだと分かっている。それに和音も普段であれば、もっと言い方に配慮する。少なくとも二か月前の自分なら、これは絶対に使わない言葉だった。

 だが今の和音にとって美也子は他人で、それに早く帰りたかった。そうなると自然と言葉少なになってしまい、乱暴な言い方になってしまったのだ。和音は胸の悪さと罪悪感をかなぐり捨てて、拓海の顔を睨み続けた。

「美也子とさっきグラウンドで会った時、あの子は高校受験なんて忘れてたって私に言ったの。さすがにあり得ないって思ったけど、そんな大事な事まで簡単に忘れちゃう子なの。美也子は」

 言葉を区切ると、場には窓から吹き込む風と、息を詰めた生徒達の微かな呼吸の音だけが流れていく。沈黙が耐えられず、和音は言葉を継いだ。

「……分かったでしょ。美也子はそういう子なの。勝手で、無責任で、人にも自分にも、いい加減で……私に言えるのは、これで全部だから」

「佐々木さん」

 拓海が、和音を呼んだ。

 和音は無感動にそちらを向き、そして俄かに驚いた。

 拓海の顔からは先程までの弱気が抜け、真剣に思い詰めたものへ変わっていたのだ。

 まるで、あの推理劇の時と同じ顔。神社の神職と舌戦を交わしたあの時と、全く同じ顔だった。

「さっき言ってた、その公園だけど。風見さんと綱田さん、それに佐々木さんが喧嘩した公園って……ひょっとして、少林寺の道場の近くじゃないか?」

 和音は、黙る。

 他愛ない問いかけだったが、それは和音にとって予想外で、軽く不意を打たれたのだ。

「……。そうだけど」

 何故そんな事が気になるのだ。不審を露わに答える和音へ、拓海は「そっか」と頷くと、落ち着いた声で、さらに質問を重ねてきた。

「じゃあ、もう一個質問。その公園に、花は咲いてた?」

「花?」

「うん。黄色い花。名前は確か福寿草だ。花びらの形が御椀みたいな、ちょっと丸い感じの花なんだけど」

「なんで、そんな質問……」

 和音は思わず言い返し、その途中で気が付いた。

 思い出したのだ。

 確かに――――咲いていた。

 美也子の電話を受けて、急いで駆け付けた公園。師範の家のすぐ近く。

 うらぶれた公園の入り口付近に、確かに花が咲いていた。

「……咲いてた」

 短く肯定すると、拓海の背後で、柊吾達の表情が目に見えて引き攣った。

「おい……坂上。それ」

「うん。確定だ」

 柊吾と拓海が、只事ではない雰囲気で頷き合っている。その様子が気にならないでもなかったが、そんな下世話な興味を持ってしまった事に、和音は自分でもうんざりした。

「……もういいでしょ。帰らせて」

「いや、駄目だ。佐々木さん」

 拓海が和音を振り返って、きっぱりと言った。

 駄目と言われ、和音の頭に血が上る。拓海は我に返ったのか、少し辛そうに目を逸らした。

 だがこの少年は、和音に謝罪の言葉を言わなかった。

 そして代わりに、もっと不躾な事を言ってきた。

「佐々木さん。三つ目の質問をさせて欲しい。佐々木さんは風見さんと喧嘩した後、公園を先に出たんだよな? 風見さんを残して」

「……」

 糾弾されているようで気分が悪いが、事実なので和音は首肯した。拓海は自分でも言い方の悪さに自覚があるのか、気まずそうな顔になる。

 かと思えば、その顔のまま柊吾を振り返って目配せした。すると柊吾は額に手をやり、頭痛を堪えるように瞳を閉じた。そんなやり取りが相変わらず意味不明で、和音が剣呑な目で二人を睨むと、気付いた拓海が和音に言った。

「佐々木さん。風見さんが一人になった後の公園に……その、誰か人が来なかった?」

「そんなの知らない」

 和音は言い捨てた。

 愚問だった。美也子を置いて公園を去った和音が、後から来た人物の事を知り得るわけがない。この少年はやはり、とんだ愚か者なのだ。

 今度こそ帰ろう。そう思って毬を振り返る和音を、「佐々木さん」と、しつこく拓海が呼び止めた。

「もう一つ。これは質問っていうか、気がかりだから訊くんだけど……最近誰かに、あと尾けられたりとかしてない?」

「……は?」

 ぽかんとする和音へ、拓海は心底言い難そうに目を伏せる。柊吾の溜息が漏れ聞こえた。拓海はそちらを気にしたのか呆れを顔に滲ませたが、それでも真面目くさって和音に言った。

「何でもいいんだ。気になる事を教えて欲しい。最近誰かに尾行されたりとかしてない? ストーカーとか、その……変な人に、付き纏われたりしてない? 最近、誰かに狙われたって聞いてたし……」

「ちょっと……何言ってるの?」

 さすがに慌てて和音は止めた。今の話からどういう飛躍をすれば、そんな質問が飛び出すのだ。

 だが慌てたのは和音一人だけで、信じられない事に他の者は、顔を覆ったり頭を抱えたりし始めた。

「……何なの……?」

 わけが分からず、和音は茫然とする。

 ただ、拓海の言う『狙われた』という言葉で、過る顔が確かにあった。

 長い黒髪の美少女。そして、その兄を名乗る異邦人の言葉が脳裏で涼やかに鳴り響く。初めて出会ったあの神社で、和音は既に言われていた。

 ――貴女は危険です。狙われています。

「……」

 拓海が、長い溜息を吐いて黒髪を掴んだ。七瀬がその隣に自然と歩いていき、ぴたりと腕に寄り添った。そんな二人の姿に自然と目がいき、和音は奥歯を噛みしめる。きしりと、嫌な音が口内で小さく鳴った。

「佐々木さん、皆も。……やっぱり間違いない。イズミさんは庇ってたけど、これ、呉野さん絡みで確定だ」

 拓海が、一同を見渡した。

「袴塚市の花が切られたのは、多分三月三日の夜じゃないかって俺達は推測してたよな? この予想が正しかったら、風見さんに何かが起こったのは多分、佐々木さんと別れた後だ。この時にはまだ風見さんは、綱田さんや佐々木さんとマトモなやり取りが出来てる。様子は一応普通っぽい。……でも、ここから何かがあったんだ。切られたのと同じ花が植わってるし、間違いないと思う」

 拓海の言葉に、隣の七瀬が顔を上げた。

「でも坂上くん、証拠がないよ」

「証拠?」

「証拠って言うよりは……何を言われたか、っていう確信、ってとこ?」

 七瀬は眉根を寄せて、気難しそうに拓海を見上げている。

「呉野さんが犯人って事くらい、最初から分かってるようなものだから別にいいや。でも呉野さんが風見さんと鉢合わせたとして、あの子が一体何を言ったかっていうのは気になるよね。……呉野さん、風見さんの『弱み』を言い当てたのかな」

 和音は、七瀬を見つめて呆けた。

 ……『弱み』?

「なんか坂上くんみたいな言い方になっちゃうんだけど、もっと知っとかなきゃいけない気がするんだよね。その子の事。ねえ、私の事件の時もそうだったんでしょ? 私の『弱み』から皆で解決策を見つけてくれたんでしょ?」

 七瀬が傍らの拓海を見上げて、ふわりと笑った。

 和音は、その顔を見て瞠目する。

 勝気な七瀬も、こんなに優しい目で人を見るのか。

「私達って、風見さんがどうして呉野さんの言葉でおかしくなっちゃったのかを知らないと駄目なんじゃないかな。風見さんって話聞く限りすっごいヤな感じするけど、それでも一応あの子の『弱み』、知っとかなきゃ駄目なんじゃない? それって絶対、〝アソビ〟終わらせるヒントになると思う」

 七瀬の言葉に、柊吾が短髪をかき回した。

「面倒臭ぇけど、同感だな」

 和音は柊吾の方を何気なく見て、その傍らで沈黙を守る撫子に、何気なく目を向けて――思わず驚き、目を瞠った。

 撫子が、大きく目を見開いていたのだ。

 驚いているのだ。それが和音には驚きだった。

 何となくこの子は、驚いたり笑ったりはしないのだと思っていた。和音が撫子を見ている事に七瀬や柊吾も気づき、視線が撫子に集中した。

「雨宮、どうした?」

 問われた撫子が、柊吾を振り仰ぐ。

 そして目線を元々見ていた場所へ戻し、言った。

「陽一郎、様子が変」

「は?」

 和音を始め、全員がその視線を追う。

 撫子は、ある一点をじっと見つめていた。

 教室の窓際。隅の方。そこには男子生徒が一人、青い顔で立っている。

 撫子が、そちらへ歩いていった。

「陽一郎、どうしたの?」

 近づく撫子を見下ろして――日比谷陽一郎は、しばらくの間無言だった。

 この場にいる全員の視線に、怖気づいたように黙っている。

「……?」

 様子がおかしい。元々気弱な印象が特に際立つ少年だったが、彼の事を全く知らない和音であっても、陽一郎の異変は分かった。

 柊吾も訝しげな顔になり、陽一郎に近づいた。

「撫子、柊吾……僕、僕……」

「おい陽一郎、もごもご喋んな。ちゃんと話せ」

「僕、電話した」

「は? 何の話だ?」

「みいちゃんに、三月三日の夜に。僕、電話で話した」

 全員が、黙った。

「受験の前々日、僕、みいちゃんと話したよ。すごく久しぶりに声聞いて、びっくりして、最近どうしてたかって話、少しだけして……僕、喋っちゃった。みいちゃんに、訊かれたから。でも、みいちゃん、知らなかったんだと思う。柊吾、撫子、どうしよう……ごめん。みいちゃんが泣いてるかもしれないっていうの、気付いてたのに……僕、とんでもない事、言っちゃったかもしれない」

 陽一郎が、泣きそうな目で柊吾と撫子の二人を見る。

 そして、吐き出すようにこう言った。


「紺野さんが、死んじゃった事。みいちゃんに、教えちゃった」

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