花一匁 20
「何の用なの」
ポニーテールと白い吐息を夜風に流したその女の子は、惚れ惚れするほど格好良かった。
私は思わず感嘆の息をつく。すごい、と感じていた。私の呼び出しは突然だったにも関わらず、ものの三十分で来てくれた。そういうところが何だかとってもスマートで、格好良いなと思ったのだ。もし男の子だったら恋していたかもしれない。実際にボーイッシュな雰囲気のある子だから、生まれてくる性別が逆だったなら、すごくモテたのではないかと思う。ベンチから少し離れた砂地に立つ友人に、私はのんびりと笑いかけた。
「久しぶり、和音ちゃん。……じゃなくて、こんばんは、って言った方がいいのかな? ごめんね、突然で。電話でもよかったのに、来てくれるなんて思わなかった」
「……私は、来たくなかった」
「え?」
「美也子。私、本当にここには来たくなかった。でも来なきゃいけないって思ったから、来たの。意味、分かる?」
私は戸惑い、目の前の女の子を上目使いで見た。
さばさばした物言い自体は、別に驚くほどのものではない。
でも何だか少しだけ、怒っているような気がしたのだ。
「和音ちゃん、怒ってるの?」
「そんなの、当たり前でしょっ」
私の言葉に――佐々木和音ちゃんは、かっと頬を赤く染めて怒鳴った。
へえ、と私は心の中だけで呟く。和音ちゃんって、怒る時はこういう風に怒るんだ。ちょっとだけ意外だった。思ったよりも、ストレートだと感じたからだ。
ともあれ今日は人に怒鳴られてばかりなので、私は「えへへ」と笑って誤魔化した。少し眠くなったのだ。それは夜だからかもしれないし、コロッケでお腹が膨れた所為かもしれない。それに和音ちゃんから怒鳴られても、あんまりショックではなかったのだ。むしろ、会話の相手が和音ちゃんなら空気を読んで変なおべっかを言わないでいいから、楽だと思ったくらいだった。
以前の和音ちゃんが相手なら、私はもっと上手い言い方をしたと思う。
でも今の和音ちゃんは、ルール違反をした子なのだ。だからこそ、もういいやと思ってしまった。同じルール違反を私がしても、きっと見逃してくれるだろう。
そんな私の怠惰を見抜いたのか、和音ちゃんが私を見る目は厳しかった。睨まれて怖かったけれど、許して欲しくて私は困ったように笑ってみる。
そうやって見つめ合った和音ちゃんの格好は制服ではなくて、グレーのジャンパーに濃紺のジーパンを合わせていた。飾り気のない格好は骨ばった身体に似合っていて、何でもない服をさらりと着こなせてすごいなあと憧れる反面、もっとお洒落してもいいんじゃないかなあと、私はちらりと考えた。
「……美也子。一応、そっちの要件を先に聞いたげる。受験勉強に早く戻りたいから短く済ませて。何で私を呼び出したの」
その声に、私は少しだけ気圧された。
和音ちゃんの声は冷たくて、言葉通り、ものすごく怒っているようだった。私は泣いた毬ちゃんを見たのは初めてだったけれど、ここまで怒る和音ちゃんを見たのも初めてだった。
少し、怖い。
でも、ここに来てくれたのは、一年間一緒に笑い合った友達なのだ。怖いなんて思うのはおかしい事だ。私は今までと同じように和音ちゃんに接すればいい。
それに元々、私はそれを望んでいたはずなのだ。
私はにこりと笑って「座る?」と訊いたけれど、和音ちゃんからは「やめとく」と断られた。孤高の人はつれない。和音ちゃんは格好いいけれど、私は断られて寂しかった。
「和音ちゃん、こっち来てよお。一緒に話そ?」
「美也子。私はあんたと遊びに来たわけじゃないから。要件、さっさと言いなよ」
甘ったるく絡む私に、言葉がずけずけ突き刺さった。まるで投げナイフのようだった。和音ちゃんが私の事を『あんた』なんて呼んだのは初めてで、こんな筈じゃなかったのになあと、私はしゅんと項垂れた。
私はただ、和音ちゃんに愚痴を聞いて欲しかっただけなのだ。
それなのに和音ちゃんは、最初から私に怒っている。これは少し狡いと思う。私の話を和音ちゃんは何にも聞いていないのだ。なのにもう怒っている。私は頬を膨らませた。
これでは、不公平だ。
私に冷たい。毬ちゃんに依怙贔屓をしている。
「和音ちゃん、私ね……さっきまでここで、毬ちゃんと一緒にいたんだよ?」
「知ってる」
和音ちゃんが頷く。ああ、やっぱりと私は笑った。
「やっぱり。だから和音ちゃんは怒ってるんだ。ねえ、知ってるの早いね。毬ちゃんから聞いたの?」
「美也子。毬にもう二度と近寄らないで」
「え、どうして?」
突然の拒絶に、私は驚いた。
そしてもう一度、ふくれっ面をして見せた。
「和音ちゃん、毬ちゃんは物じゃないよ? 独り占めなんてずるい。私が毬ちゃんと一緒にいちゃ駄目って、どうして和音ちゃんが決めつけるの? 毬ちゃんが私に近寄らないで欲しいって言った? 違うよね、毬ちゃんはそんなの言える子じゃないもん」
「ふざけないで。あんたが毬の何を知ってるって言うの」
和音ちゃんが、きつい声で言った。私の言葉にかちんと来たのだ。びっくりするほど感情的だ。その声を聞いた途端に私の不機嫌は飴のように溶けて消え、思わずへらへら笑ってしまった。
ああ、和音ちゃんはこういう子だったんだなあ。それが分かって嬉しかった。やっと会えた。初めまして。和音ちゃんは孤高の人だから、こういう自分を人に見られるのは嫌だろうなって思うけれど、目の前のこの和音ちゃんは、私から見て素敵だった。この和音ちゃんは果たして、必死になって皆から隠さないといけない女の子だろうか。毬ちゃんの為に感情を剥き出しにして怒る和音ちゃんは、そんなにも後ろめたくて恥ずかしい女の子だろうか。私はそれを一生懸命考えて、その回答はすぐに出た。
全然そんな事はないのだ。むしろ、いい。すごくいい。最高だとまで私は思った。
私の前には、普通の女の子がいるだけだ。普通で、そう、私と変わらない、十五歳の女子中学生がたった一人、鬱血しそうなほど苦しい呼吸を繰り返しながら、もがくように這いずって生きているだけなのだ。
この姿は、まさに戦友だった。同じ場所で生きる友達。和音ちゃんは間違いなく、正真正銘の友達なのだ。私の中学生活で得られた、かけがえのない友達なのだ。
そんな風に自覚してしまったら、私は何だか以前よりも和音ちゃんの事が、ずっと、ずっと、とびきり好きになってしまった。
「……ねーえ、和音ちゃん。毬ちゃんが私の事、嫌いって言った?」
私の言葉に、和音ちゃんの表情がぴくりと動く。ああ、怒った。余計に怒った。今の言葉は和音ちゃんには、面白くない言葉だろう。私にはそれが分かっていた。
毬ちゃんは、弱い子だ。『嫌い』なんて酷い言葉、絶対言わないに決まっている。それに毬ちゃんは別に私が嫌いなわけではないはずだ。確かに私は毬ちゃんを傷つけてしまったかもしれないけれど、もっとたくさん話し合えば、私の行動が毬ちゃんを思ってこそ出たものだと絶対に理解してもらえる。
毬ちゃんが和音ちゃんにどういう言い方をしたのかは知らないけれど、これは和音ちゃんの早とちりだ。私と毬ちゃんの間の事で、同じ友達とはいえ和音ちゃんが割り込んでくるのは、ちょっとだけ迷惑だった。
変な誤解なんてしないで欲しい。三人が二人になってしまったりするから、ややこしい事になったのだ。
和音ちゃんと毬ちゃんの二人ではなく、私と毬ちゃんの二人でもない。
私達は三人に、つつがなく戻ればいいだけだ。
「和音ちゃん、毬ちゃんは私の事を嫌いなんて言ってないでしょ? 私ね、毬ちゃんに誤解されちゃったみたいなの。でもね、もっと話し合えば大丈夫。仲直りなんてすぐできるもん。だから和音ちゃん、ねえ、怒らないでよお。大丈夫だよ? 大丈夫! 和音ちゃんが気にする事なんて何にもないよ?」
「……何が、大丈夫だって言うの……!」
和音ちゃんが、震えた声で言った。
私はその震えを寒さの所為だと思ったけれど、和音ちゃんは毬ちゃんと違ってきっちり上着を着込んでいる。寒がりなのかなあと訝しむと、「美也子。自分が何を言ったか分かってるの?」と、和音ちゃんの透き通った声が、私の耳朶を強く打った。その声にびっくりして、私は思わず黙らされた。
和音ちゃんの声が、ひどく真っ直ぐに聞こえたのだ。
不純物の全くない、怖いくらいに綺麗な声。それは今日が雪の日だった所為かもしれない。雪の夜は音を吸う。辺りが別世界のように静まり返っていたからこそ、和音ちゃんの声以外の一切が綺麗に均されていたのかもしれない。
和音ちゃんの、静かな怒り。言葉に乗った感情が、私の心臓を叩いていく。どくんと胸が一つ打って、ああ、と私は頷いた。私の笑顔はいつの間にか引っ込んで、引き攣ったみたいな顔になった。顔が、上手く作れなかった。
和音ちゃんは、怒っている。
すごく、すごく、怒っているのだ。
「……美也子。あんたがずっとそんな調子で、私に要件を言う気がないなら。こっちから言いたい事だけ言って、帰るから。……毬を泣かせたの、私、絶対に許さないから」
「和音ちゃん……?」
「どうしてあんなに無神経な事が言えたの? 美也子、何考えてるの? 毬の事、本人に直接訊かないで他人なんかに聞いて調べて、人の家庭問題に首突っ込んで、勝手な口出して、見当はずれな厭味ばっかり、たくさん、たくさん、毬に言って……そんなのが許されるって、どうして、美也子は思えるのっ?」
「えっと。でも、友達だよ?」
「馬鹿言わないでっ」
和音ちゃんが怒鳴った。
「友達でも、プライバシー勝手に覗かれたら気持ち悪いっていうのが、どうしてあんたには分からないの!」
その言葉が、がつんと脳を殴った。
気持ち悪い。
和音ちゃんが、私を、気持ち悪いって言った。
「毬が寒そうにしてるの、私もずっと変だって思ってた。だからマフラーをプレゼントする事は、別に悪い事じゃないと思う。でも、美也子は毬を馬鹿にした」
私は慌てて、腰を浮かした。
とんでもない誤解だった。
「待って和音ちゃん。私、馬鹿になんてしてないよ?」
「見下してたでしょ。上から目線で」
私は弁解したけれど、和音ちゃんは取り合ってくれなかった。
ぞっとするほど冷たい目で、私の焦りを見下ろしていた。
「自分を馬鹿にしてきた子の施しなんて、私だって要らないって断る。毬じゃなくても誰でも断る。美也子が毬にやった事は、それくらい失礼な事だと思う。美也子、毬からマフラー要らないって断られてむかついたんでしょ。だから毬の悪口を言いたかったんでしょ。誰でもいいから言いたかったんでしょ。……美也子。毬に、もう近寄らないで。私が電話に出なかったら、違う子に毬の悪口言う気だったんでしょ? ……そういう怒り方、筋違いだから」
「なんで? ねえ、和音ちゃん、待って……。ねえ、もっと、優しく言ってよ」
私は何だか泣きそうになり、縋るように和音ちゃんを見た。
どうして、ここまで言われないといけないのだろう。和音ちゃんの言い方は、あまりに私に厳し過ぎた。学校でのスラングよりも和音ちゃんの言葉の方が、ずっとずっと棘がある。こちらの方が心に痛い。身体に盛られたら死ぬものだ。和音ちゃんは自分の言葉の致死性を、全く分かっていないのだ。私は、今すぐ死にたくなった。ここで私が死んでみせれば、和音ちゃんは真面目だから、きっと良心の呵責で苦しんでくれる。ああ、死にたい。今すぐ、ここで。見せしめのように、一刻も早く。和音ちゃんの凛々しい顔が、歪むところをすぐ見たい。切望で胸の内が、どろどろ、どろどろ、濁っていく。
発作的な感情の波が、ぞわりと、這うように心臓辺りに押し寄せて――和音ちゃんが私に背を向けたのに気づき、私の心は凍てついた。
「和音ちゃん、待って」
私は、狼狽えた。まだ、何も話せていない。こちらが一方的に怒られただけだ。違うのだ。そんな話がしたくて、和音ちゃんを呼んだわけではないのだ。私はただ、さっきの寂しさを打ち明けたかっただけなのだ。ベンチの上に転がったマフラーの赤。毬ちゃんの青い頬が気になって、血色良くと願いをかけたつもりなのに、受け取ってもらえなかったプレゼント。その赤色は文字通り生々しい血の色として私の目に映り、つんと鋭い鉄さびの匂いを鼻腔へぬるく運び入れた。あっと咳き込みそうになる。嫌だ。汚い。こんなのは嫌。隠さないと。覆わないと。見えないように仕舞わないと。でも触れない。もう触れなかった。こうなってしまったら触れる事すらできないのだ。私はここから逃げなくては。触れないならせめてここから、逃げてしまわなくてはならないのだ。
救いを求めて和音ちゃんを振り返ると、私を断罪した友達の背中は、すっかり小さくなっていた。
私を置いて、どんどん離れていっていた。
「和音ちゃぁん、待ってよお!」
私は叫んだ。私の声は何だか犬の遠吠えのようで、惨めな哀愁だけが痛いくらいに通っていた。
そんなにも情けない声で呼んだというのに、和音ちゃんは私を振り返りもしなかった。
私への全ての興味を捨て台詞に込めて擲ったかのように、ポニーテールを颯爽と揺らして歩き、公園から出て行ってしまった。
後にはやっぱり私だけが、寂れた公園に残された。
「……嫌われちゃったなあ」
私は、ぽつんと呟く。どうしよう、と首を傾げ、とりあえずベンチの隅の方へ、お尻の位置をずらした。マフラーの赤が視界の端で、ちらちらと揺れた。冬の青さをものともせずに、不吉な色で燃えている。それが心底気持ち悪くて、私は自分が、汗をかいているのを自覚した。
変だった。こんな寒い日に汗なんて。身体が不快な熱にじわじわと侵されて、私は堪らずコートを脱いだ。黒いブレザーがすぐ覗く。まるで毬ちゃんの薄着のようで、私の視界は、みるみる滲んだ。
「毬ちゃん……毬ちゃん……」
ぽたぽたと、涙の滴が手の甲に落ちる。半端にコートを脱いだ格好のまま、私は手で顔を覆ってしくしくと泣き始めた。
悲しかった。
寂しかった。
辛かった。
死にたかった。
明るく屈託のない美也子。そんな私は、今は眠ってしまったのだ。和音ちゃんが私を気持ち悪いと言った。無神経だと言った。でも私にだって心はあるのだ。気持ち悪いと言われれば傷つくし、血の色を想像して胃の中身を全部吐きそうになる。私が本当に無神経なら、こんな風に泣いたりしない。和音ちゃんの言葉が身体と心に痛いから、血を流すように涙が出るのだ。
和音ちゃんは、酷い。もう違う人だった。和音ちゃんが隠していた本当の和音ちゃんは、私の友達ではなかったのだ。
前の和音ちゃんは、一体どこにいるのだろう。
どちらが、本当の和音ちゃんだったのだろう。
でも、もう、何でもいい。私の見つけた答えは一つ。
全部、和音ちゃんの所為なのだ。
和音ちゃんが、変わったから。だから毬ちゃんが連れて行かれた。そんな断絶がいつしか毬ちゃんとの友情に影を落とし、毬ちゃんは私を置いて帰ってしまった。そんな破滅のきっかけを作った張本人が、佐々木和音ちゃんその人なのだ。
全部、和音ちゃんの所為だ。和音ちゃんが、亜美ちゃんと喧嘩なんてするから。
可哀想な亜美ちゃんが生きていく為のルールを、学校のルールを和音ちゃんが守らなかったから。ルール違反をしたから。
だから私が、ここで泣く事になったのだ。
「和音ちゃん……きらい……和音ちゃん……死んじゃえ……」
私は和音ちゃんへの悪口を切れ切れに零しながら、つっかえるように泣き続けた。そうやって時間が経てば、言葉と涙が身体の毒を洗ってくれる。溢れる言葉と涙の全てに、私の心の汚いものを、全部乗せて流したかった。
そうすれば少しだけ、綺麗になれる気がするのだ。
そんな私の手からなら、毬ちゃんもマフラーを受け取ってくれる。淡雪のような儚い夢想に、私は一層泣き崩れた。いつしかわあわあと声を上げて、一人孤独に泣き続けた。
そして、時間の経過さえ分からなくなるような号泣の中で、数えきれないくらい和音ちゃんへの呪いの言葉を吐いた時だった。
私の、背後から――――美しい声が、聞こえたのは。
「……ひどい顔ねえ、ミヤちゃん?」
凛、と。空気が涼やかになった気がした。
冬の外気が、氷水を流しいれたかのように急激に引き締まる。吐く息の白さが先程よりずっと濃くなった気がした。私の首に巻いたマフラーの隙間から、風が刺すように吹き込んでくる。身を竦ませて、私は震えた。
その瞬間、一層生々しい悪寒が身体を襲い、私の心臓が、どくんと大きく脈打った。
「あ」
苦しい。
息が、出来なくなっていた。喘ぐように手を伸ばし、震える手でブレザーの胸を鷲掴みにする。胸が絞めつけられたようだった。肺のあたりに手を突っ込まれたような激痛と不快感がない交ぜになり、喉の奥に、血の味を一瞬感じた。
でもそれは、錯覚だった。
そんな悪夢的な悍ましさは、一瞬で身体から消え去ったのだ。
私は茫然と、嫌な夢から醒めた後のように、胸から離した手を見下ろす。
どっ、どっ、と心臓の鼓動が早くなっていて、ひどい酩酊感が脳を揺らした。
「……惨めね、ミヤちゃん。あんたって昔も今も、もうちょっと上手い子じゃなかったかしら? 佐々木和音が変わったのと同じように、あんたも人への対応を変えてみたってところ? でもその結果がこの様じゃあ、惨めすぎて汚いものね。自分の器に見合わないやり方をするから、こんなつまらない結果になるのよ。にっこり愛らしく笑っていれば、こんな醜い事にはならなかったのに」
私はその声を、半分薄れかけた意識で聞いていた。
誰。どこから。色んな疑問が渦巻く中で、頬から顎のラインにかけて、汗の玉が伝っていく。私は熱い吐息をぜいぜいと吐きながら、脳の芯に走った痺れで、息が止まるほど驚いていた。
今の言葉が、突き刺さったのだ。
今。女の子の声が。私の名前を呼んで言った。
汚い、と。
醜い、と。
「……私が、汚い? 醜い?」
「そうよ」
私は、弾かれたように顔を上げた。
声は、今度は前方から聞こえたのだ。
そして、顔を上げて――ぽかんと、した。
「……だあれ?」




