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コトダマアソビ  作者: 一初ゆずこ
第5章 花一匁
72/200

花一匁 12

 その声を背中で受けて、拓海は壇上を歩いた。

 そして、黒板の左端で足を止める。

「この〝アソビ〟を、とりあえず〝氷鬼〟だって仮定します。その上で、この氷鬼に参加しているメンバーが誰で、一体何人参加してるのかを、俺はずっと考えてました。……まず、〝鬼〟。追いかける側は誰か。これははっきりしてます。風見美也子さんです」

 拓海は断言して、黒板の上部へ『鬼』、その真下に『風見』と書く。

 彼女以外に、その役割はあり得ない。

『まあ、そうでしょうね』

 和泉があっさり肯定し、からかうように笑ってきた。

『鬼がいてこその鬼ごっこであり氷鬼。これで一先ず、〝アソビ〟参加者が一人ですね。……さて拓海君。次はどなたです? 氷鬼は一人で出来る遊びではありませんよ。人数がいればいるほど、面白いし盛り上がる。子供の遊びとはそういうものです。――さあ。一体誰がこの〝アソビ〟に参加しているのです? 君が特定したそのメンバー。僕に是非とも聞かせて下さい』

 試されているのか、それとも楽しんでいるだけなのか。余裕の覗く大人の声に拓海は「はい」と返事した。負けるわけにはいかないのだ。

「最初に、参加が確実なメンバーを言います。『一人目』と、『三人目』。風見さんからそう言われた二人は、この〝氷鬼〟参加者で確定です。袴塚中の綱田さんと……佐々木さん、でよかった?」

 気まずかったが、拓海は和音を振り返った。

 名前は以前から知っていたが、苗字を知ったのはついさっきだ。和音が東袴塚に来ていた理由も、ここに来るまでに七瀬から聞いている。苗字もその時に知ったのだが、一応の確認だ。

 和音は無言だったが、七瀬に睨まれたからだろう。一応拓海に頷いてくれた。その反応にびくつきつつも、拓海は安堵して黒板に文字を書いていった。

 今度は、『袴塚中』。

 その下には、『綱田』、『佐々木』と二人の名も書いた。

「この二人は参加が確実です。綱田さんは実際に、『鬼』の風見さんに触られた所為で一度『動けなく』なりました。その時に『一人目、みぃつけた』って言われてたのを、居合わせた俺も聞いてます。……それに、もう一つ。これはさっき篠田さんから聞いた事ですが、佐々木さんは風見さんから『三人目』って言われたそうです。もし佐々木さんが風見さんに触られてたら、綱田さんみたいに『動けなく』なった可能性が高いです。これが、綱田さんと佐々木さんの二人が参加者だって主張する根拠です」

 拓海は言って、吐息をつく。

 ここまでは順調だ。きっと皆にも呑み込みやすい。

 だが、ここから少し苦労する。

 適確な言葉を必死に探し、それでいて間を置かず、拓海は矢継早に言った。

「〝アソビ〟参加者は二人の他にもまだいます。でも、他のメンバーについて話す前に。もう少しだけ、袴塚中メンバーの話をさせて下さい」

 毬と和音を振り返ると、和音は怪訝そうに、毬は不安そうに拓海を見上げてきた。

 その身に纏われた制服は……黒のブレザーに緑のスカート。

 受験の今日、幾度となく見た制服だ。

「風見さんは、〝アソビ〟参加者に対して『見つけた』って言葉をかけます。誰彼構わず無差別に狙ってるわけではないんです。俺はこの台詞を根拠にして、彼女の〝アソビ〟には、特定の参加基準があると見做しました」

 携帯が、沈黙する。

 そして、一拍の後に……含み笑う声がした。

 内心で、その不気味さにぞくりとする。怯えを顔に出さないよう気をつけながら、拓海は言葉を続けた。

「彼女の選んだ特定の生徒が、〝アソビ〟に強制参加させられてる。『見つけた』って台詞からそう推測できます。この氷鬼の参加メンバーが一体どういう基準で選ばれているのか。俺は、三つの仮説を立てました。それを順番に説明していきます。……まず、一つ目の仮設。〝この氷鬼に参加するメンバーは、袴塚中学の生徒達〟」

 和音と毬が、動揺を見せる。拓海は先を急いだ。

「綱田さんと佐々木さんは、風見さんと中学が同じ。狙われた二人の共通点は、通う中学校が同じという点です。この点から俺は、この〝アソビ〟は袴塚中学の全生徒を巻き込んでいるのかと推測しました」

『もしその仮説が正しければ、君。この〝アソビ〟の規模、大変なものになりますね』

 悠長に和泉が笑い、拓海の推測に揶揄を返した。

『一つの中学校に通う生徒が、皆、歪な遊戯に強制参加させられている。これは大変な事ですよ? 袴塚中学は一クラス四十名ほどですが、クラス数は一体幾つだったでしょうね? 何にせよ、大多数の生徒達が鬼ごっこの亜種に強制参加させられているというのは、なかなか面白い発想です。しかも可能性として十分有り得るのが恐ろしい』

 くつくつと、忍び笑いが流れる。柊吾が眉を顰めて「笑い事じゃないです」と文句を言ってくれたが、拓海は「三浦、さんきゅ。でも大丈夫」と言って柊吾を宥めた。

 気遣いは嬉しかったが、今の和泉の反応、きっと只の揶揄ではないのだ。

 和泉には分かっているのだろう。拓海がこれからどういう論理展開をするのか、既に和泉は見抜いている。大人の知己故かそれとも持前の異能故か。拓海を見抜いているからこそ、面白がって笑っている。

 手の内が読まれているのは、情けなかったし少し悔しい。

 だがそのハンデを覆せたなら、どんな気分になれるだろう。

 そんな風に考えていると、徐に柊吾が睨んできた。

「坂上。何笑ってんだ?」

「ん? ……えっと、ごめん」

 拓海は謝って、やっぱり苦笑の顔になる。からっと爽快には笑えないが、まだ自分は戦える。

「俺が今言った仮説がもし正しいなら、イズミさんが指摘した通り、〝アソビ〟参加者はかなり多いです。具体的な参加人数を絞り込めないし、絞り込めたとしても規模が大き過ぎて大変だ。……でも大丈夫です。この仮説は、多分ハズレです」

 皆が、不意を打たれたように黙る。

 拓海は教卓の真ん前、黒板の真ん中へ移動した。

「何度も言うけど、今日は受験で生徒がたくさん集まってました。その中には袴塚中学の制服を着た生徒もいたし、綱田さんが倒れた時にも何人かいたと思います。……なのに、風見さんは綱田さんだけを目指しました」

 それに、根拠は他にもある。あの時、言葉の形でも聞いたのだ。

 拓海は、毬を振り返った。

「あ……」

 毬は視線が集まって緊張したのか、心細そうに震えた。何だか悪い事をしてしまった気がして拓海は助け舟を出しかけたが、その心配は杞憂だった。

「……ミヤちゃん、私に会いにきたって、言ってた」

 蚊の鳴くような声ながら、毬はきちんと言い切った。

 精一杯と言った様子で赤面している。七瀬がほっとした様子でそんな毬を見つめていて、拓海もまた安堵して、そっと溜息を零した。

 毬は、もう大丈夫だろう。倒れた時の毬の涙を、拓海はずっと忘れられなかった。だが毬はきっと拓海が思うよりは、心の芯が強いのだ。心が温かになるのを感じながら、拓海は目線を携帯へ転じた。

 まだ、終わりではない。絶対にまた追及される。

 ならば、先手を打って喋るまでだ。

「イズミさん。今の綱田さんの話から、風見さんが特定の生徒を〝アソビ〟参加者として認識しているのは確実です。しかも袴塚中の生徒なら誰でもいいってわけでもなさそうです。確実に彼女なりの参加基準が、この〝アソビ〟にはあるはずです。……それに、もう一つ。明確な根拠をイズミさんに提示できます。『二人目』って言われた生徒は、袴塚中の生徒じゃなかった」

 拓海は、背後を振り返る。

 真っ直ぐにそちらを見ると、視線に動揺した少年がびくんと肩を弾ませた。怯えさせてしまったのかもしれない。自分まで怖がらなくてもいいのにと思いながら、拓海は親近感から微笑んだ。

 そして再び、毅然と携帯を振り返る。

 この少年の存在こそが、一つ目の仮説を潰してくれる。

「イズミさん。〝アソビ〟参加者の中に――袴塚西の日比谷が入ってます」

 皆の視線が、一気に陽一郎に集まった。

 陽一郎が、慌てふためく。「あわわ」と呟いて逃げようとしたので、気付いた柊吾が首根っこを掴んでいた。撫子からは「怖がらないの」と諭されている。

 気抜けしつつも、微笑ましい光景だ。

 なんだかんだで、仲のいい三人だと思う。

「日比谷は、風見さんに『二人目』って言われてる。その現場を篠田さんが見ています。もしこの〝アソビ〟がさっきの仮設、〝袴塚中学の生徒〟って括りで起こってるなら。日比谷の参加によって、矛盾が発生します」

 陽一郎が、和音と毬へ、おどおどと顔を向けた。

 和音は怠惰に、毬は少し緊張した様子で陽一郎を見返す。

 袴塚西中の陽一郎に、袴塚中の和音と毬。

 恐らくは今日、初めて出会った少年少女。

 繋がりなんて、どこにもない。この男女は、他人同士だ。

「以上の理由で、俺が一つ目に挙げた仮説、〝参加者は袴塚中の生徒〟は成り立ちません。イズミさん。風見さんが袴塚中の生徒を特定の生徒しか狙わなかった事と、日比谷の参加を理由に、俺は袴塚中学からの〝アソビ〟参加者を、とりあえず綱田さんと佐々木さんの二人だけに限定します」

『……ほう。今の説明、消去法だったのですね』

 携帯から、ぱちぱちと手を打つ音が聞こえてきた。

『君は〝アソビ〟参加者の人数を絞る為に、そこから切りにかかったのですね? 有象無象を切り捨てる為に、敢えて不成立だと予め分かっている仮説を説明した。……スマートで結構。それでは拓海君。僕からの反論です』

 声音が、厭らしい笑みを含んだ。

『袴塚中学からの参加者、本当にその二名だけですか? 確かに袴塚中学の全生徒が〝アソビ〟に参加している可能性は、君の今の説明で潰れました。ですがやはり詰めが甘い。袴塚中からの参加者、まだ他に居てもおかしくないのでは? それは君、一体どう説明するのです?』

「それを言われると……すみません。袴塚中学メンバーに関しては、俺にはもう反論できません」

 正直に、拓海は言った。

 追及されると思ったが、実際に言われるときつい。

「他にも参加者がいるかもしれません。でも、多分いないはずです。袴塚中からの参加メンバーは〝鬼〟の風見さんを除けば、さっきの二人だけだと思います」

『それは何故です?』

「悔しいけど、そこは俺には分からない部分です」

 拓海は降参して、和泉に言う。

 だが、あくまで拓海が降参するだけだ。

 まだ、希望は残っている。

 拓海は教室の一角を、希望を込めて振り返った。

「今の俺には、分からない部分です。……だから、袴塚西のメンバーに、証明してもらうしかありません」

「……は? 俺ら?」

 柊吾が唖然とする。陽一郎も状況について来れてないようで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 撫子だけは変わらなかった。

 神妙な表情で、拓海をじっと見上げている。

 その視線に僅かだか――訴えかけるものを、感じた。

「……雨宮さん」

「続けて。坂上くん」

 撫子が、言った。落ち着いた声だった。

「もっと、聞いてみたい。……続き、言って」

 そう結んで、顔に薄らとした微笑を乗せる。

 拓海は、言葉に詰まってしまった。

 あまりにも、綺麗に見えたからだ。

 柊吾が、ちらと撫子を見る。撫子も見られた事に気づいているようだったが、柊吾の顔を見なかった。

 今日、何度か見た光景だ。一体いつからこうなったのだろう。恐らくは保健室を出た辺りだろうが、撫子の様子が、普段と少し違ってきている。

 元々、撫子に対して危惧はあった。そして今は、輪をかけて不安だ。

 それについても、説明しなければならないだろう。

 あまりに言いたい事が多すぎて、ちゃんと最後まで説明し切れるか不安だった。

 だが、こうして議論している今。拓海はやっぱり、撫子の事が一番心配だった。撫子という少女は口数こそ少ないが、決して内向的ではないのだ。きちんと自分の考えを言える子だ。拓海はそれを知っている。

 撫子が何を抱えているかを、拓海は知らない。何かを恐れているように見えたが、その感じ方が正しいのかも分からない。

 ただ、何となくだが……今、希望を懸けられた気がした。

 拓海と和泉の、二人の〝アソビ〟。それを見守る撫子の目が、他の誰とも違っている。まるで拓海達がこうやって謎を解き明かしていく事を、許し、同時に望んでいるようだった。

「……」

 助けたい。

 助けないと、大変な事になる。

 こうやって皆で身を寄せ合っている今でも、拓海には怖くて堪らないのだ。拓海では柊吾のようには支えられないが、それでも安堵して欲しいし、危険から守りたかった。

 去年の春に撫子が、七瀬を助ける為に清めの塩を振ってくれたように。

 今度は拓海が、撫子を助ける側に立ちたいのだ。

「……イズミさん。さっき言ったように、日比谷は袴塚西の生徒です。そして、その日比谷がどうして袴塚中学の風見さんと接点があるのかは、さっき日比谷の口から聞きました。小学五年でクラスが一緒だったそうです。その小五のメンバーを、これから挙げていきます」

 拓海は撫子から視線を外し、黒板に向き直った。

「これから言うのは、俺の立てた二つ目の仮設です。――〝この氷鬼に参加するメンバーは、風見さんが小学五年の時の、仲良しメンバー〟。該当者は、日比谷、三浦、雨宮さん。それに呉野さんの四人」

「仲良しとか、そんなんじゃねえし」

 名を書こうとすると、柊吾が言葉を割り込ませてきた。

「あと、なんで俺と雨宮まで入ってるんだ? 陽一郎の奴は『二人目』って言われてたけど、俺と雨宮は関係ないはずだ」

「三浦くん。関係なくないよ」

 撫子が柊吾のブレザーを引き、毬を振り返る。

「保健室で、毬ちゃんに触ったでしょ? ……毬ちゃん、動くようになってる」

「……あ」

 柊吾が、まごつきながら毬を見る。毬は頬を赤く染めて、視線をつま先に落とした。

「イズミさん。雨宮さんが今言ってくれた通りです。袴塚西からの参加者、日比谷の他には三浦も確定です。……でも、俺は三浦を参加メンバーって見做して本当にいいのか、こうやって喋ってる今、少しだけ疑問です」

「は?」

 柊吾が、ぽかんとする。

 撫子もこれには驚いたのか、きょとんと拓海を見た。

 拓海は言おうとして、口籠る。

 ……これは、少しばかり言い難い。

「えーっと……三浦、雨宮さん。皆も。氷鬼は、タッチされたら『動けなく』なる遊びだって言ったよな? で、これも少しだけ言ったけど、『動けなく』なった子は一緒に遊んでるメンバーにタッチしてもらったら、また『動ける』ようになる。ここまでは、皆も分かる?」

「うん。だから毬ちゃんは動けるようになった。三浦くんが触ったから」

 撫子の言葉に、柊吾と毬が顔を赤らめて、視線を明後日の方角に逸らす。撫子にはその反応が不思議だったのか、両者の顔をきょときょと交互に眺めていたが、やがて拓海を見上げて訊いてきた。

「坂上くん、どうして疑問なの? 『動けなく』なった子が触られて、『動ける』ようになったんでしょう? だったら、触った子は参加者。違うの?」

「うん。普通なら」

「普通なら?」

 撫子が沈黙し、無言で柊吾を見た。

 拓海の言い方に、柊吾の方も気付いたらしい。

 胡乱げな目で、じろりと拓海を睨んできた。

「坂上、どういう意味だ? なんか、お前の言い方だと、俺が普通じゃないって言われてる気がすんだけど」

「……。ごめん、その通りなんだ」

「……。はあぁっ?」

 仰天する柊吾を見て、拓海は居た堪れなさから目を逸らした。

 このまま喋れば、十中八九怒られる。それにこの〝言挙げ〟、正直かなり恥ずかしい。

 だがこれは好機だった。疑問を明らかにする絶好の機会なのだ。

 実際のところ、これは大した問題ではないかもしれない。それでも不透明なものは残したくなかった。状況は、少しでもクリアな方がいい。

 覚悟を決めて、羞恥を捨てて、おそるおそる拓海は言った。

「……えっと。イズミさん。確認したい事が一つあります」

 言いながら、一旦携帯に背を向ける。黒板に『袴塚西』、その下に『三浦』、『雨宮』『日比谷』、少し迷ってから『呉野』と書いた。

「イズミさん。『動けなく』なった綱田さんは、三浦に触られて『動ける』ようになりました。この点から考えて、三浦は高確率で〝アソビ〟参加者です。……でも、まだグレーゾーンです。この参加者の中で三浦だけが、立場が微妙です。はっきり参加者だって断言していいのか……えっと。こればっかりは、俺には推理できません。だから、『分かる』人に、教えてもらうしかありません」

「おい坂上、ちょっと待て。さっきから何の話してるんだ……?」

 柊吾がしきりに聞いてくるが、拓海は「ごめん」と謝って、和泉の応答を待った。

 携帯からは……笑いを無理やり殺したような、苦しげな息が聞こえてきた。

「……」

 和泉には、分かったのだろう。拓海が何を言いたいのか。話が早くて助かるが、気まずさは倍増した。拓海は観念してチョークを構えると、心の中だけで柊吾に手を合わせた。

 そして、ぐるりと。

 柊吾の名前を、丸で囲った。

「はっ? ……坂上、何やってんだ?」

 柊吾の目が点になる。そちらを見ないようにして、拓海は言った。

「イズミさん。俺……三浦から、去年の初夏の事件について、少しだけど聞いてます」

「……」

 そっと振り返ると、柊吾の表情が苦々しいものに変わっていた。傍らの撫子を見下ろしながら、口の端が歪んでいる。撫子は表情を変えず、ただ柊吾の指を握っていた。

 中二の初夏。

 撫子が『見えなく』なった、あの事件だ。

 しんみりとした空気が広がったが、これから拓海のする話は、そんな情緒をぶち壊しかねない。本当に気が進まなかったが、それでも何とか拓海は言った。

「あの事件で、三浦と呉野さんが衝突した時。……イズミさん、三浦は絶対大丈夫みたいな事言ったんですよね?」

 拓海は言って、今度は七瀬へ視線を転じた。

 七瀬は突然の目に戸惑ったようだが、すぐに意図を察したらしい。「あ」と何かに気付いたように、声をあげて柊吾を見た。

「そういえば、私も気になってた事あるよ。三浦くんの事で。……ねえ、『鏡』の事件の時の事なんだけど」

 七瀬が、じっと柊吾を見る。

 眉が、不思議そうに寄せられた。

「三浦くん、うちの学校に偶然来てて、その流れで助けてくれたでしょ? 撫子ちゃんの携帯使って、私達と連絡つけて」

「な、なんだよ篠田。その目」

 胡乱な目つきに戸惑ったのか、柊吾がたじたじと後退する。手を繋いだ撫子が一緒にふらふらついて行ったが、よくよく見れば撫子も、柊吾をじっと見上げていた。柊吾もすぐに視線に気づき、「おい、雨宮まで」と狼狽え始めた。

 七瀬が両手を腰に当てて、疑わしげな目つきになる。

「ねえ。……三浦くんって、もしかしてすごいの?」

「は……はあっ? わ、わけ分かんねえし。何言ってんだ?」

「だって……ねえ?」

 七瀬が、拓海に目配せしてくる。

 やはり、だった。拓海だけではなかったのだ。皆が疑問に思っていた。

 しかもこの疑問は、拓海達では解消できない。

 狡いだろうが、直接答えを訊くしかないのだ。

「えっと……三浦。見ての通り、俺たち皆、ずっと疑問に思ってた。三浦は中二の初夏の事件で、イズミさんから『三浦なら呉野さんと衝突しても大丈夫』って保障されてる。それに篠田さんが今言った『鏡』の事件でも……あの場所は電話したらヤバいって警告されてたのに、三浦だけは電話をかけても平気って言われてたよな……?」

 こうして言葉の形にしてみると、やっぱりこれは不思議だった。

 拓海はかつて、七瀬に巻き込まれる形で異常な『学校』に囚われた。

 その場所から助け出してくれたのが、あの時初めて出会った柊吾だった。

 だが、拓海と七瀬を助ける為に、柊吾の取った行動は――どうやら、柊吾にしか許されない行為だったらしい。

 他の者がやれば、安全の保障はない。全てが終わってから、拓海はその警句を知った。

 それに、不審はそれだけに止まらない。去年の夏、藤崎克仁も言っていたのだ。

 人の〝傷〟が見える男。

 その克仁が柊吾を指して、ある言葉を言ったのだ。

「三浦の魂に、『お守り』が見える、って。……克仁さんから聞いてるんだけど。…………三浦、その。それ、どういう意味か教えて欲しい」

「ま、待てよ。俺、分かんねえんだけど。っていうか知らねえし。なんだそれ。待てって、皆、こっち見んな」

 一向に柊吾から返答を貰えないので、拓海は思案して黒板を向く。とりあえず書記の役割でも果たそうと思ったのだ。

 柊吾の名を囲った丸枠に矢印を引き、そこへさっき七瀬の言った『三浦って実はすごい』をとりあえずそのまま書いたところで――――、

「やめろこら坂上! 消せ!」

 目聡い柊吾から罵声をぶつけられた。

「ご、ごめん。でも疑問は書いてた方が分かりやすいかなって……」

 拓海は柊吾の権幕に気圧されつつも、チョークで文字を書き足した。

「三浦。さっき俺は三浦が〝氷鬼〟の参加者なのかどうか、断言していいか分かんないって言ったよな? えっと、綱田さんが『動ける』ようになったのは、三浦が〝アソビ〟参加者って理由以外にも、別の可能性も捨てきれないんじゃないかって、俺は一応疑ってるんだ。……つまり」

 拓海は柊吾を振り返り、身体を少し横にずらす。

 書き足した文字が、全員の目に晒された。

 ぴきりと、柊吾の顔が引き攣る。

 その形相に怯えながら、拓海は最後まで言いきった。

「えっと、その、綱田さんが『動ける』ようになった根拠は……〝三浦が〝アソビ〟の参加者だから〟なのか、それとも……『三浦がもしかしたらすごくて』『特別で』『異能持ちかもしれないから』なのか、えっと、どっちなのかなって……」

「うるせえ黙れぇぇ!」

 柊吾がすっ飛んできて、拓海の頭を平手で叩いた。かなり痛い。「痛い」と抗議したが柊吾は聞く耳を持たず、引っ掴んだ黒板消しで、黒板を猛然と叩き始めた。

「そんなアホみたいな事あってたまるか! っていうか! 呉野の阿呆と! 俺を! 一緒にすんじゃねえぇぇぇ!」

 ぼふぼふとくぐもった音が響き、白煙がもうもうと立ち込める。あまりの煙たさに咳き込んでいると、七瀬が「やだ三浦くん、こっちまで飛んでくるでしょ、やめてよ」と震え声で文句を言った。明らかに笑っている。拓海も釣られて吹き出すと、柊吾が顔を真っ赤にして全員を睨んだ。

 すると携帯からも、笑い声が聞こえてきた。

『面白いですよ、拓海君。君の今日の推論の中で今のが最も面白い。いやはや、笑わせて頂きました。成程。そういう風に考えていたとは。柊吾君が特別。異能持ち。実はすごい。いや、説明不足の僕がいけないとは言え、本当に愉快です。柊吾君、良かったですね。さすが中学生といった所でしょうか。君、格好良いですよ』

「どこが!」

 柊吾が絶叫する。七瀬がお腹を押さえて笑い始めた。

『ああ。君達には説明した気になっていましたが……僕が言った相手は君達ではなく、氷花さんでしたね』

「呉野さん?」

 拓海は訊き返したが、和泉は答えなかった。

 それどころか突然、こんな提案をしてきた。

『拓海君。君達は学校にいるのでしょう? ……図書室に行ってみては如何です?』

「図書室?」

 拓海は戸惑ったが、『ええ、そこに答えがありますよ』と和泉は譲らなかった。

『僕が教えてもいいのですが、君達は受験を終えて勉学の重圧から解放されたばかりですし、ここで一つ、心置きなく皆で調べものをしてみては如何でしょう。……『ヒイラギ』について。調べて下さい。答えは分かっても分からなくても大丈夫ですよ。ですが、得るものはあるはずです』

「ヒイラギ?」

 拓海は、柊吾を見る。柊吾も不意を打たれたのか、怒りを忘れた顔で携帯を見下ろしていた。

 ヒイラギ。……柊。

 植物の名前。

 柊吾の名前に、入っている。

「……三浦の名前と、何か関係あるって事ですか?」

『まあ、そういう事にしておきましょうか。……ですが、拓海君。君が欲しい答えだけは、先に答えておきましょうか。君は一応、柊吾君が異能持ちという可能性を疑ってくれたようですが……答えは、君の最初の予想通りでしょうね。三浦柊吾君。君は、〝アソビ〟参加者で確定です』

「!」

 柊吾が、息を詰まらせた。

『君の魂に〝お守り〟が見える。克仁さんの言葉は正しいですよ。君の魂は異能に強い。特に、悪意に対して強い耐性があるのです。……その特性を君が知れば、何かが変わるかもしれませんね』

 柊吾は黙ったまま、和泉の台詞を聞いていた。

 眼光に、鋭いものが混じる。

 拓海にはその感情が、手に取るように理解できた。

 柊吾は、もどかしいのだ。和泉の言葉が、回りくどい。話の真相が目に見えない。それが気持ち悪くて仕方がないのだ。拓海が今、和泉との〝アソビ〟で勝てないように。同じもどかしさで苛立っている。拓海は、唇を噛みしめた。

 ……早く、解き明かさなくては。

『――ああ。ヒイラギについて話した所で、もう一つ。思い出す事がありました。……拓海君。君は『山椒大夫(さんしょうだゆう)』という物語を知っていますか?』

「山椒大夫? ……知りません」

 突拍子のない台詞に驚いたが、知らないタイトルなのでそう答えた。

 和泉は拓海の戸惑いを意に介さず、『森鴎外ですよ』とすらすら言った。

『森鴎外。有名な著書を挙げれば『舞姫』でしょうか。君達はきっと高校で学ぶと思いますよ。日本人の男と異国の女の恋愛を描いた文学作品です。日本と外国の情緒が溶け合う、ロマンチックな物語ですよ。ああ、話が横道に逸れましたが――次に、七瀬さん。貴女は、柊吾君と面白い話をしたようですね?』

「え?」

 突然の名指しに、七瀬がきょとんとする。

「お兄さん、何言ってるんですか?」

『……。〝花一匁〟。そう言えば、分かるのでは?』

「えっ?」

 今度は七瀬が、息を呑む番だった。

 柊吾をばっと振り返り、二人揃って固まっている。

「篠田さん……?」

 拓海には、何の事だか分からない。訊こうとしたが、和泉の声が早かった。

『はないちもんめの、人買いの暗喩。……可愛い子供が買われてしまう。人買いに攫われいなくなる。それが悲しいからこそ歌う。〝買って〟嬉しい〝花一匁〟。〝まけて〟悔しい〝花一匁〟……拓海君、君に一つヒントです。君は七瀬さんに、この話をじっくり教えて貰えば宜しい。君、物知りな彼女がいて幸せですね』

「へ? 篠田さんから?」

 拓海は七瀬と顔を見合わせたが、七瀬は蒼ざめた顔のまま、拓海を見つめるだけだった。

 明らかに、今の和泉の台詞に怯えている。拓海は、携帯を振り返った。

「……」

 胸騒ぎがした。

 だが、それしか考えられない。和泉は妙に知り過ぎている。

 一度唾を呑んでから、拓海はそろりと訊いてみた。

「イズミさん。イズミさんの異能って、もしかして……強くなってたりとか、します?」

『……さあ、どうでしょうね』

 和泉ははぐらかして、拓海の問いの答えなかった。

 そして何事もなかったかのように――歌うような伸びやかさで、文学の講釈をし始めた。

『……『山椒大夫』。鴎外の執筆したこの小説は、日本の中世に成立した説教節、『さんせう大夫』が大元です。この説教節を子供向けの昔話に作り替えたものでは、『安寿(あんじゅ)厨子王丸(ずしおうまる)』というタイトルのものもありますね。ちなみに説教節とは、語り物芸能。仏教の教えに節がついた、音楽的な芸能を指します。……そしてこの芸能、説教節『さんせう大夫』。上演によって題目や内容のバリエーションが非常に豊富なのですが……その全てを説明するわけにはいきません。ここでは鴎外版の概要を中心に、お話させて頂きましょう。――物語の登場人物は、無実の罪で左遷された父を訪ねて、旅をする家族たち。男の妻と、二人の年若い子供。十四歳の姉・安寿と、十二歳の弟・厨子王です。彼等は父に会いに行く途中、山岡大夫という性質の悪い人買いの手に落ち、母と子達はばらばらに売られてしまいます。そして姉弟はついに、悪辣な荘園領主、山椒大夫に買われてしまうのです』

 拓海は唖然として、和泉の話を聞いていた。

 山椒大夫?

 姉弟?

 ……人買い?

『売られた姉弟は奴隷としてこき使われ、厨子王は芝を刈り、安寿は潮を汲みながら生活します。母を恋しがって涙する二人は、しかし脱走する事もできません。その企てが山椒大夫に知られたなら、苛烈な仕置きを受けるからです。ですが安寿はついに脱走を決意します。己の身を犠牲にして、厨子王だけを逃がすのです。……皆さん。厨子王を無事逃がした後の安寿。どうなったと思いますか?』

「……」

 空気が、冷たくなっていく。

 言葉の圧力がひしひしと、全身を潰すようだった。

『鴎外の小説では、沼での入水。ただし鴎外は、この物語芸能の小説化にあたり、独自の脚色を加えています。……改変前の、その後の安寿。入水ではなく領主に捕まり、手酷い拷問にかけられ、惨殺されたケースもありますよ』

「……。イズミさん」

 拓海は、和泉を呼ぶ。

 読めたのだ。今の話の、落とし所が。

 だがそれが今回の件に、一体どう関係するというのだろう?

 分からないが、分かった事も一つある。それを拓海は、問い質した。

「今の、はないちもんめの話と、『山椒大夫』の話。……〝人買い〟とか、〝人攫い〟ってキーワードが被ってます。それが今回の件と、どういう風に関係するんですか? ……誰か、人が攫われるような事が起こるかもしれないって、そういう意味ですか?」

『どう取ってもらっても構いませんよ。拓海君。ですが、〝人攫い〟を瞬時に見抜いた君に免じて、もう一つ僕からヒントを。……『ヒイラギ』に加えて、『ナデシコ』も調べてみては如何です?』

「ナデシコ?」

 視線が、一点に集まる。


 視線を受けた、雨宮撫子は――少し、驚いた様子だった。


 表情を微かに硬化させて、柊吾の指を握っている。

 柊吾がはっとした顔になり、ぎりと歯を食いしばった。柊吾の睨んだ携帯からは、声が淡々と流れ続けた。

『安寿の自己犠牲によって逃げ延びた厨子王は、立派に成長します。後に国司に就任し、人買いを禁止する条例を出すのです。荘園領主、山椒大夫。随分阿漕な事をやった男ですが、鴎外版『山椒大夫』では何のお咎めもありません。むしろ農作が盛んになり、一層家が栄えたほどです。……ただし改変前では、そうではありませんでした。……極悪非道の領主に制裁を。厨子王は山椒大夫を、鋸引きの刑にかけて処刑します』

「の、のこぎりっ?」

 拓海はぎょっとして、思わず叫んでしまった。

『調べなくてもいいですよ。残酷ですから』

「……」

『犠牲になる少女と、その少女の仇を討つ少年。……この構図、どこかで見た図だと思いませんか? ――拓海君。君は勿体付け過ぎです。君、雨宮撫子さんの何が気になるのです?』

 拓海は、驚く。

 そこまで、和泉には分かっているのか。

 声を詰まらせる拓海に『何故です?』と和泉が畳み掛けた。

『君は撫子さんを気遣っている。その度合いは、今日に限っては柊吾君より上に思えます。何か理由があるのでしょう? 君の思考、実に不可解で謎めいています。……さあ、その理由をどうぞ。僕は君の〝言挙げ〟を待っています』

「……二つ目の仮設に、話を戻します」

 拓海は、覚悟を決めた。

 もしかしたら、デリケートな話かもしれない。さっきの撫子の様子から、薄らとした予感があった。

 黒板を、振り返る。

 柊吾に黒板消しで殴られた所為で、酷い有様になっていた。さっと黒板消しで表面を均し、拓海はチョークをこつんと当てた。

「俺がさっき挙げた、二つ目の仮定。〝この氷鬼に参加するメンバーは、風見さんが小学五年の時の、仲良しメンバー〟。これは、かなり確率が高い仮定でした。現に綱田さんを『動ける』状態に戻せた三浦と、風見さんに『二人目』って言われた日比谷の参加は確定です」

『では、撫子さんは?』

「三浦と日比谷、そして風見さんと呉野さん。この四名との繋がりを考えれば、小五のメンバーの繋がりがはっきりします。雨宮さんが参加者じゃない方がおかしいです」

『どうおかしいというのです』

「それは、皆が小五の時の事件で証明できます」

 拓海は言う。自然と、声が大きくなった。いよいよ焦っているのが自分でも分かってしまう。早く。気が急く。早く。和泉の追及がしつこい。こんな事をしていては、保てる安全も保てなくなる。

 こんなにも悠長に、〝アソンデ〟いて大丈夫なのか。

 ――犠牲になった少女と、仇討の少年。

 和泉の言葉の不穏さが、拓海を急き立ててやまないのだ。

 拓海はチョークでもう一度、『袴塚西』、そして『三浦』、『雨宮』、『日比谷』と書いた。

 そして、『雨宮』の名前を、皆に指し示した。

 もう、楽しんでいる場合ではない。早く決着をつけるべきだ。

「さっきも言ったけど、俺は三浦から一応、中二の初夏の事件について聞いてます。……雨宮さん」

 拓海は、撫子を呼んだ。

 撫子は、もう覚悟していたのだろう。拓海を見上げ、頷いてきた。

「俺、一度だけ、聞いてるんだ。三浦から。雨宮さんが『見えなく』なった事件の時に……三浦が、イズミさんと出会った時のこと」

 その話を聞いた時から、拓海にはずっと疑問だった。

 それで本当に、終わりなのだろうか、と。

 呉野氷花の異能と関わり、一人が死んで、一人が生き残った。

 それで本当に、あの事件は終わったのだろうか、と。

 決まっていた。

 そんなわけがない。

「小五のクラスで出た、二人の転校生。一人は風見美也子さん。……もう一人の、名前は」


紺野沙菜(こんのさな)


 撫子が、言った。

 ……寂しそうな、声だった。

 人の命を、悼む声。その声を聞いただけで、拓海には分かってしまった。

 撫子も知っているのだ。柊吾と同じように。その柊吾から聞いた拓海と同じように、撫子もまた知っている。

 少女がもう、どこにもいないという事を。

「紺野沙菜。美也子と、いつも一緒にいた子。……坂上くん。三浦くんの言う通り、私達は本当に、仲良しじゃないよ。仲良しでいたことなんて、一回もなかった。……でも。見た目だけなら。仲良しに見えたかもしれない」

 撫子が言って、柊吾と陽一郎を見上げた。

 二人は、驚きで固まっていた。シビアな台詞に面食らったのか、声も出せないでいる。

 撫子は陽一郎に視線を定めると、「陽一郎は、優しかった」と、囁くように言った。

「陽一郎は、あの子に一番優しい男の子だった。あの子が転んでたら、絆創膏あげてたの覚えてる。給食も一緒に居残って食べてたし、あの子、陽一郎の事は嫌いじゃなかったと思う」

 次に撫子は、柊吾を見た。

 そしてすぐに俯いて、「三浦くんの事は、分からない」とぽつりと言う。

「多分あの子、男の子の事はあんまり見てなかったと思うの。陽一郎くらいだと思う。何かあるとしたら。……でも、私には。色々思うとこ、あったと思う」

「……」

 小五の、花の切り取り事件。

 その概要に、思いを馳せて――やっぱり、そうだったのか、と。拓海はやりきれなさから唇を噛んだ。

 何故、撫子なのだろう。辛さを噛みしめて拓海は思う。

 そんな感情の理由なんて、拓海には理解出来ないのに。

「……イズミさん。今のが理由です。呉野さんの異能が原因で、死んだ子が出ています」

 室内の数人が、びくりと身を引いた。死という言葉に驚いたのだ。だが、柊吾と撫子は反応が違っていた。その死を知っているからだ。

 だがそれでも柊吾は、目を見開いて拓海を見てきた。

 別の側面で、驚かされた。その衝撃が、顔に出ている。

「三浦。高校受験が終わってすぐの電話で、俺が三浦に言った事、覚えてる? ……袴塚市の、花を切られる事件。俺達は真っ先に呉野さんを疑った。呉野さんが昔、花を鋏で切ったから。だから、呉野さんを疑った。……でも、違うんだ。これはやっぱり、呉野さんがらみだ。でも、それだけじゃない。それだけじゃないんだ。三浦達の同級生にも、いた。花を切った子がいたよな。この事件は、その女の子がらみだ。……だから」

 拓海は、撫子を見下ろす。

 そして辛さを堪えて、断言した。

「これは、雨宮さんがらみだ。――――雨宮さんを恨みながら、〝ナデシコ〟の花を切り落とした、紺野沙菜さんの事件。それと、関係する事件だ」


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