花一匁 124
「勝ーって、嬉しい、はないちもんめ!」
撫子ちゃんと三浦君が、二人で手を繋いで私達に向かって歩いてくる。掛け声と同時に足を蹴り上げ、私達も〝遊び〟の言葉を叫び返す。
「負けーて、悔しい、はないちもんめ!」
今までは定型文をただ叫んでいただけの悔しさが、言葉通りに私の胸を締め付ける。私はさっきの八回戦で、撫子ちゃん達に負けて悔しかった? 自分の感情に手を伸ばして触ってみても、麻酔を打たれた皮膚みたいに嘘っぽい手触りで、生々しさが全然分からない。
「呼び戻すわよ、三浦君を! それでもう一回あのバケモノに勝負を挑むわ!」
目の色を変えた氷花ちゃんが、声を荒げて叫んでいる。さっき撫子ちゃんに負けたのが、本気で悔しかったみたいだった。氷花ちゃんの単純さが初めて羨ましくなったけれど、私は氷花ちゃんみたいな女の子には、何回生まれ変わってもなれっこない。ううん、違う。なりたくないんだ。私の求めている魂は、こんな姿をしていない。じゃあ、私は一体どうなりたいの?
「みいちゃん、ぼーっとしないで! 行くわよ! 『決ーまった!』」
氷花ちゃんはいくら怒り狂っているからといって、自分が優位に立っているという自覚までは捨てていない。まだまだ余裕綽々といった体で私達を率いると、反撃の狼煙を上げるように宣言した。
けれど、遅い。氷花ちゃんは今の時点で出遅れている。
だって反撃の狼煙なら、先に撫子ちゃんが上げたのだから。
「決ーまった!」
私の考えに強い肯定を返すように、撫子ちゃんと三浦君という背丈の大きく開いた二人も、息を揃えて宣言した。男の子の声が戻った赤い鉢巻グループは、撫子ちゃんの守り抜いた小さな炎が大きく揺らめいて燃え立つように、明るさと勢いを高めていった。
「――拓海が、欲しい!」
二人が選んだ『欲しい』子供は、最初から両方のグループ間で引っ張りだこだった坂上君だ。皆と手を繋いだまま私が横目に坂上君を見ると、目が合ったから驚いた。坂上君は、人の良さそうな顔で笑ってくれた。
「――柊吾が、欲しい!」
氷花ちゃんの命令で、私達は声を揃えて三浦君を呼び戻す。けれど私は心に沁みついた焦りに似た諦めを、拭い去ることができなかった。
――私は、負ける。このまま負けてしまうのだ。
相手は二人でこちらは七人。それでも私は負ける気がして仕方なかった。さっきの坂上君の笑顔だって、お別れみたいな笑い方みたいだ。あの男の子は私達のグループから、解放されてしまうのだ。閉め忘れた鳥籠から小鳥が羽ばたいていくように、遠くへ行ってしまうのだ。
「出て来なさいよバケモノ! さっきのじゃんけんのリベンジよ!」
「バケモノバケモノうるせえな。お前の相手は俺だ」
喚く氷花ちゃんに向かって三浦君が、一歩一歩を踏みしめるように石畳を歩いてきた。氷花ちゃんの口の悪さに対する憤りが陽炎みたいに立ち昇ったのが見えた気がして、ああ、怒ってくれるんだ、と不意を衝かれたみたいに私は思う。小学五年の時とおんなじだね。三浦君は、誰かの為に怒るんだ。
「じゃんけん、ぽん! ――待たせたな、坂上! 帰ってこい!」
三浦君が勝利を叫び、氷花ちゃんの余裕の笑みに罅が入る。わっと白い鉢巻グループで歓声が上がった。
「坂上くん、またね!」
篠田さんが、坂上君の背をとんと押した。坂上君は名残惜しそうだったけれど、鳥居に向き直った眼差しは果てしない青海原を見渡すように、迷いがなくて真っ直ぐだ。すっと動き出した身体へ私は手を伸ばしかけて、そんな自分にびっくりした。
坂上君も、私に驚いたみたいだった。けれどすぐに潮風みたいな爽やかさで、優しげな顔に笑みが乗った。
「じゃあ、また!」
短いさよならを言い残して、夕日に赤々と照らされた石畳を、坂上君は走っていく。道の先では撫子ちゃんと三浦君が、大きく手を振って待っていた。私は目元の震えを誤魔化すように俯いて、三人の姿から目を逸らした。
――何にも返事、できなかった。
自分の不器用さが悲しくて、このまま消えてしまいたかった。もしかしたら紺野ちゃんも、こんな気持ちだったのかな。上手に生きられない自分の顔と向き合う度に、死んでしまいたいって思ったりしたのかな。
「まぐれよ、まぐれ! 所詮じゃんけん勝負だもの! じきに負けて恥をかくのはあんた達よ!」
戻ってきた氷花ちゃんは高飛車に振る舞っていたけれど、古い壁から塗料の塊が剥がれるように、余裕が欠け落ちたのは明らかだ。そして始まった十回戦が、氷花ちゃんからさらに余裕を奪っていった。
「――七瀬が、欲しい!」
「――拓海が、欲しい!」
「……だからっ! お前ら坂上のこと好きすぎだろ!」
三浦君が自棄になったような顔で訴えて、氷花ちゃんも捨て鉢みたいな大声で「だからっ、馬鹿言わないで頂戴! そこの一番マシな男は私の手駒よ! 私のものを呼び戻して一体何が悪いのよ!」なんて豪快に騒いでいて、目を吊り上げた篠田さんも「だからっ、坂上君は渡さないって言ったでしょ!? 何回変態って言われたら分かるわけーっ!?」と森の木々から鳥が逃げ出すような怒鳴り声を響かせた。皆の権幕に毬ちゃんと陽一郎は怯えていて、和音ちゃんは我関せずの態度でそっぽを向いていたけれど、ふと、何かに気付いたみたいに目を瞠った。
「和音ちゃん?」
私も和音ちゃんの視線を追って、はっとする。
じゃんけんの為に、赤い鉢巻グループから出てきたのは――坂上君だったのだ。
「なんか、俺のことで皆が言い争ってばっかりになっちゃったからさ……自分の居場所は、自分で決めようって思って」
そう言って坂上君は、夕日の逆光で茜の輝きを帯びた頬を掻いて、照れ臭そうに笑った。
自分の居場所は、自分で決める――穏やかな声で投げられた言葉が、泉の水面に落ちた青葉のように、私の世界に円い波紋を広げていった。
――生きる『場所』を選べるなんて、考えたこともなかった。
「呉野さん! 私にじゃんけん代わってよ! 私だって、自分の居場所は自分で決めたい!」
篠田さんが、ばっと手を挙げて宣言した。夕陽色に輝く笑顔が、さっきよりもずっと眩しい。この子も私と同じ気持ちなのだ。さっきの坂上君の台詞で世界がぐんと拡張して、今すぐにでもこの身一つで何処までだって行けるような清々しさを感じたのだ。
「駄目よ! 絶対にズルされるもの! あんたはそこで指をくわえて、坂上拓海が負けるところを見ていればいいのよ!」
氷花ちゃんは篠田さんの主張を突っぱねると、悪意をエネルギーに変換したみたいに悠々とした足取りで、坂上君とのじゃんけん勝負に出向いていった。
その結果、呆気なく勝負の一回目で玉砕した。
「じゃんけん、ぽん! ――篠田さん! 勝った!」
日向で咲いた花のように、坂上君が顔を上げて笑った。私は予感が的中した悔しさよりも、別の鮮明さに心を囚われてしまっていた。
――喜びを純心に表す男の子の顔が、こんなにきらきらしているなんて知らなかった。
「今行く!」
叫んだ篠田さんの表情も、坂上君と同じ日向の顔だ。片側で結った巻き髪とスカートを翻して、篠田さんは軽やかな足取りで駆け出していく。また一人、私達のグループから子供が『もらわれて』しまったのだ。物憂げな感慨が、私の居場所を日向から日陰へすり替えた時だった。
「ばいばい!」
篠田さんが、私を振り返って手を振った。快晴の空みたいな笑顔だった。私は慌てふためいたけれど、今度は何とか返事をした。
「ば……ばいばい!」
笑みを深めた篠田さんは坂上君の腕の中へ走って飛び込んでいったけれど、その力があまりに強すぎだったみたいで、坂上君はボウリングのピンみたいに玉砂利の地面に吹っ飛ばされた。「篠田ぁーっ! 加減しろ!」と三浦君が大慌てで叫んでいて、撫子ちゃんは小さく笑っている。私は、大きく息を吐き出した。
――言えた。
胸が、どきどきと速いペースで鼓動している。緩い達成感が、気怠く身体を包んでいた。学校で友達と交わすやり取りとそう変わらない言葉なのに、今までになく心細くて怖かった。でも、私はちゃんと言えたのだ。
「みいちゃん、最初のメンバーに戻っちゃったね」
陽一郎がしみじみと言って、私の右手を握ってきた。その段になって初めて私は、これから始まろうとしている十一回戦の陣形が、両方のグループとも一回戦の時と全く同じだと気づいたのだった。
――巻き返されてしまったんだ。
〝遊び〟が始まった一回戦から、決まりきっていたことだった。たとえ私達が一時的に優位に立っても、こうやって全部リセットされてしまうのだ。
でも、果たして本当に〝遊び〟はリセットされているのだろうか?
「――まーりが、欲しい!」
「――拓海が、欲しい!」
私達が叫び合った『欲しい』子供の名前だって、一回戦と全く同じで変わらない。なのに皆の熱気と真剣さと〝遊び〟を楽しむ心意気は、勝負を重ねるごとに白熱していくようだった。皆の勢いに乗せられて、私も必死に声を出した。でも、本当に皆に乗せられて? ううん、違う。それだけじゃない。一回戦の私と十一回戦の私とでは、何かが違い始めている。
「じゃんけん、俺がもう一回行っていい?」
腰をさすった坂上君が鳥居前から進み出ると、「坂上くん、がんばって」と撫子ちゃんが声援を送った。三浦君も「がんばれ!」と威勢よく続き、毬ちゃんと陽一郎まで「がんばれ!」と声を上げ始めた。和音ちゃんが「どっちの応援してるの」なんて大人びた笑みで囁いていて、私だけは、やっぱり表情の作り方が分からない。心はまだ痺れたままで、ビビッドな感情が掴めない。
でも、あと少しだと思うのだ。私の手には到底負えない激情が、薄い膜を隔てた向こうで拍動しているのが分かるのだ。でもどんなにこの〝遊び〟が私をその感情へ導いても、私はそれに触れられない。そこにいるのは途轍もなく自分本位で我儘で、学校の皆から嫌がられる私だからだ。
――紺野ちゃん、やっぱり私、とっても怖い。
鎧を何も身に着けていない裸の心に、容赦なく冷えた風が吹き付ける。なんて心許ないのだろう。ありのままの自分でいることは、こんなにも無防備なことなのだ。生身の私なんて見たくなかった。変わってしまうのも怖いのだ。今の私のままでいたかった。好きな時に好きな仮面を自由自在に身に着けられる、袴塚中学の器用な美也子でいたかった。
なのに、もう出来ないのだ。今の私は、仮面の付け方を忘れてしまった。もう泣き顔くらいしか出来なくて、どんな自分を相手に見せているのかさえ、全然分かっていないのだ。
「じゃんけん、ぽん!」
「いいぞ、坂上ー!」
三浦君の掛け声を聞いて、陽一郎が私の傍でちょっとだけ残念そうに肩を落とす。毬ちゃんも儚げに笑ってから、たっと軽やかに走り出した。
「あっ……毬ちゃん……」
私は思わずもう一度、さっきの坂上君の時みたいに手を伸ばしてしまったけれど、それは〝遊び〟の『ルール』に反する行為で、この手に行き場を与えてはならないのだ。私の顔が、くしゃくしゃに歪んだ。
――毬ちゃんを見送るのは、二回目だ。
もう、三回目はないだろう。この〝遊び〟で私が毬ちゃんと手を繋ぐのは、さっきが最後だったのだ。
どうして私、何も言わなかったのだろう? せっかく毬ちゃんが帰ってきたのに、もっとお話しなかったのだろう? 後悔が、黒い波みたい押し寄せてくる。その濁流の冷たさと自己嫌悪の熱さから逃げるように、私は隣にいた和音ちゃんの手を掴んだ。私を振り返った和音ちゃんの長い黒髪が、扇みたいに広がった。十二回戦の掛け声が、赤い空に響き渡った。
「勝ーって、嬉しい、はないちもんめ!」
「負けーて、悔しい、はないちもんめ!」
私は、大きな声を出した。さっきよりもずっと大きな声を出した。私達の白い鉢巻グループは残り四人。私と氷花ちゃんの他は、和音ちゃんと陽一郎。二人がまだここにいるうちは、きっと強い私になれるから。
「あの子が、欲しい!」
「あの子じゃ、分からん!」
でも二人がいなくなってしまったら、強い私ではいられなくなってしまうだろう。学校にいる時と一緒なのだ。友達がたくさんいたら強い私になれるのに、一人になったら今度は弱い私になる。
「相談、しましょ!」
「そう、しましょ!」
だから、必死に声を出した。がむしゃらになって声を出した。そうしていたら色んな考えがすうっと私の中から溶けた角砂糖みたいに消えていって、亡霊みたいに一緒だった紺野ちゃんの影さえも、夕暮れの風が攫っていった。そのことに罪の意識を感じるのに、時間はすごい速さで流れていって、景色も、色も、匂いも、五感に伝わってくる全部が、私の意識をこの瞬間だけに向けさせる。
ああ、和音ちゃん、分かった気がする。こうやって無心になって打ち込む意味も、理由も、何にも見つからないままなのに、私、今、すごく生きてるって感じがする。
「次も坂上拓海で行くわよ! 許さないわ、ここまで私をコケにするなんて、許さないわ……!」
「ええっ、もうやめようよぉ、坂上君ばっかり狙うの、僕そろそろ恥ずかし……」
「黙りなさいよ弱虫! 文句だけは一人前なんて生意気よ! 口出しするならもっと建設的な意見を言いなさいよ、ほら、ほら、ほら!」
「ひ、酷いよっ! だ、黙れって言ったり、意見言えって言ったり……!」
「何ですって! 私に口答えなんていい度胸してるじゃない! 雨宮撫子と付き合ってた頃のあんたが私とこの場所でしたことを、今から大声で暴露してやってもいいのよ!?」
氷花ちゃんはあからさまに不機嫌で、真っ青になって怯えている陽一郎をストレス発散のモグラ叩きみたいに暴言でぼこぼこに伸していた。その顔にはまだ余裕の名残が浜辺に打ち上げられた海藻みたいに張り付いていたけれど、鳥居の方から篠田さんの声が聞こえたから、余裕の欠片がまた一つ、ぼろっと大きく剥がれ落ちた。
「呉野さんー! 日比谷くん苛めたって仕方ないでしょー! もう『欲しい』子は決まったなら進めようよ! こっちも準備できてるからね! 皆、せーの! 『決ーまった!』」
「ちっ……!」
鬱陶しそうに舌打ちして、氷花ちゃんが半べその陽一郎の手を引っ掴んだ。私達も「決ーまった!」と四人で十二回目の台詞を叫んだ。
「――和音が、欲しい!」
「――拓海が、欲しい!」
もうここまで来たら、坂上君のモテモテっぷりを突っ込む人もいなくなった。じゃんけんに向かった氷花ちゃんの勇ましい後ろ姿を見つめながら、私は思わず傷だらけの両の手を、胸の前で組み合わせた。祈っても負ける結果は変わらないのに、どうして私は意地悪な神様に祈るのだろう?
赤く蕩けた夕日の逆光を背負いながら、三浦君が歩いてくる。
必ず勝つという気迫を、その立ち姿から感じた。同時に小さな反発が私の中に生まれてきて、手に刺さった棘のように、心に小さな傷を作った。その痛みがあまりに鋭敏に私の神経を伝ったから、ああ、私って諦めが悪いんだ、と今更みたいに気がついた。
何でも簡単に割りきれる物分りのいい子だったなら、勝ち目のない恋なんてしていない。学校で悲しい思いを何度したって、すぐにころりと忘れられる。そんな単純な女の子になりたかった。なりたかったけれど、なれなかった。
――それでも私は、諦めたくなかったのだ。
諦めが悪い私は、まだ諦めたくなかったのだ。この勝負だって本当は、まだ諦めたくなかったのだ。
――紺野ちゃん、どうしよう? 私はこれから、どうしたらいい?
三浦君と氷花ちゃんの右手が、喧嘩みたいに掲げられた。
このじゃんけんに氷花ちゃんが負けてしまったら、和音ちゃんはまた『もらわれる』。先に『もらわれた』毬ちゃんみたいに、もう手を繋げなくなってしまう。
――紺野ちゃん。お願い、答えて。紺野ちゃん。
心の中で何度呼びかけても、世界は静まり返っていた。それがどうしてなのかくらい、馬鹿な私にも分かっていた。紺野ちゃんに直接言われたわけじゃないけれど、何となく答えを知っていた。
――紺野ちゃんは、私と一緒に地獄には行かないのだ。
だから私がいくら助けを求めても、進む道を違えた二人の声が、響き合うなんて奇跡は起こらない。死んでしまった紺野ちゃんに、私の声は、届かない。
――私が自分で、決めるしかないのだ。
孤独でも、一人で、さっきの撫子ちゃんのように。
呼吸が、荒くなっていく。血の塊でも詰まったような息苦しさを、喉に感じた。それでも、私は、もう決めてしまったのだ。私は惨めなくらいに震えた声で、恐い女の子の名前を、呼んだ。
「氷花、ちゃん」
三浦君と氷花ちゃんの右手が、宙で止まった。
勝負に水を差された氷花ちゃんが、不愉快と不可解の混ざった顔で私を睨む。他の皆も、顔は驚き一色だ。八人の視線に私は怖気づいたけれど、審判の藤崎さんと神主さんも私を見ているのに気付いたから、肩から少し、力が抜けた。
――二人の視線はまるで、私の家が本当に幸せだった頃の、お父さんとお母さんみたいだったのだ。
ばらばらになってしまった家族がもう一度集まって、見守ってくれた気分になったから――私は中学で磨いた社交性と、とうに絞り尽くしたはずだった勇気の残りを捻り出して、掠れた声で、主張した。
「じゃんけん……私にも……代わって……?」
和音ちゃんが、はっと息を吸い込んだのが聞こえる。私は余所見なんてできなくて、ただ不愉快をどん底まで極めたような氷花ちゃんと、根競べみたいに見つめ合った。三浦君が、ふっと表情を緩めるのだけは見えた。何だか淡い温かさがふわっと春の気配みたいに境内へ漂ったような気がした。
やがて、氷花ちゃんは――突然、にたぁと笑ってきた。
その笑顔は、私が小学五年の初夏、学校の中庭で、死神みたいな女の子から『キチガイ』と言われた時に見たものと、全く同じものだった。
とっても、悪い顔だった。
「――絶対に、嫌よ!」




