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コトダマアソビ  作者: 一初ゆずこ
第5章 花一匁
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花一匁 63

【四月*日 晴れ】

 私がこの日記を書いたのは、今日もいじめられたから。

 そのいじめの記録を、私は残していこうと思う。これよりも前にあったことは、もう書ききれないから、書かない。

 げた箱にくつが入ってなかった。ゴミ捨て場にあったよって教えてくれたのは、加藤なつみと、木田ミユキ。ぜったいに、あいつらのせいだ。



【四月*日 くもり】

 休み時間に、教科書をわすれたから見せてほしいって言われた。見せたら、そのまま持っていかれた。となりのクラスの子達だった。教科書は返ってこなかった。私は先生に怒られた。げた箱のくつも、またなくなった。今度は片一方しか見つけられなかった。ヒビヤ君がぐうぜん見つけてくれた。すこしはなれた所から、加藤と木田たちが笑ってた。やっぱり、あいつらのせいだ。



【四月*日 雨】

 今日もまたいじめられた。

 かみの毛を、気持ち悪いって言われた。洗ってないんでしょって言われた。そんなことないって言い返したら、汚物がしゃべるなって言われた。家に帰って泣きながら、お風呂場でからだを服ごと洗った。私を追いかけてきたお母さんも、かなしそうに泣いていた。お父さんも、かなしい顔をしていた。

 私はくやしかった。みんなの悪ふざけが私の家を暗くしている。みんなは遊びのつもりかもしれないけれど、私はつらい。かなしい。苦しい。ゆるせない。

 みんな、死んじゃえばいいんだ。



【四月*日 雨】

 いじめはまだ続いている。新しく買ってもらったくつは、トイレの水につけらたり、グラウンドのすみっこの池の中から見つかった。なくした教科書も、まだ返ってこない。先生にもう一度そうだんしたら、こんどは話をきいてくれた。お母さんとお父さんも、学校にお話をしてくれてる。

 だいじょうぶ。かならず、こんなことは終わるんだ。



【四月*日 くもり】

 終わらなかった。今日も、やっぱりいじめられた。みんなが私のことを、『ばい菌』って呼んで遊ぶんだ。私にさわったら死ぬ遊びだ。私にさわったクラスの子たちが、大げさにたおれたり、のどをかきむしって苦しんだり、手をたたいて笑うんだ。学校のトイレで泣いていたら、上から水をかけられた。それからは、泣くのをがまんした。

 お父さんとお母さんは、先生たちとたくさんお話をしてくれてる。学校にも、私といっしょに行ってくれるって言ってくれた。それを聞いたとき、私はすこしうれしかった。

 でも、すぐにこわくなった。

 そんなこと、しないで。お父さん、お母さん。そんなことをされたら、私はもっといじめられる。学校の子たちをこれ以上怒らせないで。今のクラスから逃げれても、どこにも逃げられなくなっちゃうよ。教室も、トイレも、グラウンドも、中庭も、どこに行ってもこわいんだ。泣きながら、私は分かった。

 逃げ場なんて、どこにもないんだ。

 私の居場所なんて、学校にはひとつもないんだ。



【四月*日 くもり】

 学校を休み続けてる子が、クラスに一人いる。

 うらやましかった。からだを取りかえっこしたい。どうして私は元気なからだなんだろう。お母さんにそう言ったらたくさん泣かれてしまったから、弱いからだを願うのはやめにした。

 かわりに、休み続けてる女の子の病気が、早く治るように祈ってみた。

 からだの弱い雨宮さんも、早くいやな学校にくればいい。

 そう考えたら少しだけ、ほんとうに少しだけ、明日の学校が楽しみになった。



【四月*日 晴れ】

 席替えの今日は、今までで一番いやな日だった。

 先生が、みんなを怒ったんだ。私のことを、みんなが『ばい菌』にして遊ぶから。先生が怒ってくれて私は最初うれしくて、それからすごくこわくなった。

 どうしよう。もう終わりだ。私はこのクラスでもっとたくさんいじめられる。これから始まるいじめのこわさに、私が絶望していた時だった。

 学校を休み続けてた女の子が、ついに登校してきたんだ。

 名前は、雨宮なでしこちゃん。白くてきれいな子だった。クラスのみんながあの子を見てた。近くの席にいたかみの長い女の子だけは、いやな目であの子を見てた。それに気づいていたのは私だけかもしれないから、ひみつにしておこうと思っていると、クラスの女の子の一人が席を立って、みんなの前で宣言したんだ。

 私と、同じグループになる、……って。

 その子の名前は、風見美也子ちゃん。


 私のことを、利用している。



【五月*日 晴れ】

 さいきんはずっと天気がいい。空が青いと、みんなはグラウンドへ行きたがる。

 風見さんのグループのみんなは、私をいじめるのが楽しいみたいだ。鬼ごっこ、かくれんぼ、いろんな遊びの鬼を私はやった。鬼ばかりを私はやった。鬼しかさせてもらえなかった。

 このままグラウンドでたおれたら、そのまま眠ったみたいに死ねるかな。

 風見さんに連れられて、私は今日も外で遊ぶ。早く死にたいと思いながら。



【五月*日 晴れ】

 今日もやっぱりいじめられた。

 前よりもずっと、いじめられるようになった。

 風見さんは、私といっしょにいようとする。私のことを『ばい菌』だって思ってるくせに、私といっしょにいようとする。

 それがどうしてなのか、風見さんは隠しているけど、私には分かってる。

 雨宮なでしこ。

 あの子のせいだ。



【五月*日 晴れ】

 今日はうれしいことと、かなしいことがあった。

 ヒビヤ君が、中庭で話しかけてくれた。ナデシコの花の種がだめになっているから、芽がでないって落ち込んでた。ヒビヤ君のことは、きらいじゃない。

 それに風見さんが私に、「みいちゃん」って呼んでいいって言ってくれたんだ。

 私は、うれしかった。

 自分でも、びっくりした。風見さんは、私を利用してるのに。あの子は私のことなんて、全然好きじゃないのに。それなのに「みいちゃん」って呼んでいいよって言われたら、自分でも分からないのに涙が止められなかったんだ。

 でも私は、それを後悔した。

 みいちゃんにも私のあだ名を決めてもらおうとしたら、雨宮なでしこが歩いてきたから。そうしたらみいちゃんは私を置いて、あの子の所へ行ってしまった。

 くやしかった。かなしかった。でもなによりも、腹が立った。

 みいちゃんは、やっぱり私を利用している。こんなにいやな子なんて待たずに、一人で中庭に帰ればよかった。

 でも、私は帰れなかった。

 みいちゃんが、ついに私のあだ名を決めたからだ。

 そのあだ名は、「紺野ちゃん」。

 それを聞いた雨宮なでしこが、私に向かってきいたんだ。

 あなたは、それでいいの? って。きれいな目と声できいたんだ。

 私は、答えられなかった。

 全然、いいわけなかったのに。



【五月*日 晴れ】

 あれからも、やっぱり私はいじめられている。

 でも、前ほど辛くなかった。それは多分、みいちゃんのおかげなんだ。木田も加藤も他のやつらも、みんな私をいじめるけど、さいきんは『ばい菌』あつかいはされなくなった。

 でも、まだ終わりじゃない。みいちゃんが私を見る目は、人間を見る目じゃない。私はみいちゃんから、汚いゴミと同じだと思われている。今日だって、私が話しかけても上の空だった。授業が終わったら、ぱっと教室を出ていった。教室にぽつんと残されて、ほっぺたがかあっと熱くなった。友達のおうちに遊びにいけるなんて、少しでも思った自分がはずかしかった。

 みいちゃんは、私を利用している。私のことなんて、全然好きじゃない。それは何も、変わっていない。みいちゃんが私と一緒にいても、友達だって言ってくれても、心は何も、変わっていない。

 それなのに。

 私はどうして、そんなみいちゃんと一緒にいようとするんだろう?



【追記】

 ひとりで学校から帰る前に、中庭に行った。

 ケヤキの木の周りに置いた五年一組のナデシコたちは、みんなすくすくと育っていた。

 私が植えなおしたナデシコも、今度はちゃんと、芽がでていた。

 みいちゃんが、私にくれた種だ。

 ちゃんと芽がでて、育ったんだ。



【五月*日 晴れ】

 今日は、いろんなことがあった。

 早くこれを書かないと、忘れてしまいそうだから、できるだけくわしく書こうと思う。

 でも、もう思い出せない。昨日の遊びの約束を無視したみいちゃんが、今度は二人で遊ぼうよって、さそってくれたのは覚えてるのに。その後で雨宮なでしこのあとをつけて、クラスの三浦君と、それからヒビヤ君に会ったのは覚えてる。みいちゃんは、三浦君とあの子が仲よくするのが、面白くないみたいだ。

 だめだ、やっぱり思い出せない。でも、あの子が、たしか。

 雨宮なでしこが、初めて五年一組にやって来たあの日。あの子のことを、いやな目で見ていた、あの子が。くれの、ひょうかが。

 私に、あまみやさんを、『きれい』って言ったんだ。

 それを聞いた私は、なんだか熱くて苦しい気持ちでいっぱいになって、めちゃくちゃにあばれ出したいって、生まれて初めて思ったんだ。

 『きれい』って、何? 私はそんな言葉、だれからも言ってもらったことない。逆の言葉ならいっぱい言われてきたのに。汚いって、さわるなって、死ねって。『ばい菌』って、言われてきたのに。教室にいたら空気が汚れるって、気持ち悪いって、たくさん、たくさん、嫌がられたのに。私は生まれついて『汚い』のに、あの子はどうして『きれい』なの?

 私は生まれて初めて心のそこから、人がゆるせなくなったんだ。

 雨宮なでしこが、ゆるせなくなったんだ。



【五月*日 晴れ】

 みいちゃんが、私を無視し始めた。

 昨日は、どうやって家に帰ったのか覚えていない。日記に書いたことも、自分で書いたことなのに意味がぜんぜん分からなかった。中庭でナデシコの花のお世話をしていると、すごくいやで熱い気持ちでいっぱいになって、私はハサミをにぎりしめた。こうしていると、少し安心するからだ。

 くらい気持ちのまま、私は教室で雨宮なでしこを見た。

 あの子の周りには、いつも人がいる。仲がいい友達に、クラスの男子。ヒビヤ君もいる。好かれているんだ。みんなに。私は、ハサミをにぎりしめてたえた。何にたえているのか、自分でもよく分からなかった。

 でも、くやしかったんだ。くやしいって、私は思ったんだ。

 私と雨宮なでしこと、いったい何がちがうんだろう? あの子だって、そんなにおしゃべりは上手じゃない。それにこのクラスの席替えの日に、私はいやな気持ちで思ったんだ。新学期に学校にこれなかった女の子は、友達をつくるタイミングを外した、って。さびしい思いをこれからする、って。きっと私とおんなじになる、って。

 でも、ちがったんだ。そういうふうにはならなかった。

 雨宮なでしこは、学校で友達と遊んでいる。だれにも、いじめられていない。みんなとふつうに会話をして、時々、きれいに笑っている。私はなんだかくやしくてかなしくて辛くなって、ハサミをにぎる手に力がこもった。

 学校は、みんなは、この子を受け入れているんだ。

 仲間外れは、私だけなんだ。

 私だけが『ばい菌』で、人間あつかい、されないんだ。

 中庭に行った私は、自分のナデシコを見下ろした。

 きれいな花なんて、見たくない。

 ぜんぶ切って、死んじゃえばいいんだ。



【六月*日 晴れ】

 この日記を書くのは久しぶりだ。書くことがなかったからだ。

 この一か月の間、私はひたすらいじめられた。みいちゃんが私のことを無視するのは、木田や加藤たちが言うには『きおくそうしつごっこ』だという。その言葉の通りみいちゃんは、私のことを無視した。もう、『紺野ちゃん』とすら呼んでくれない。何度か雨宮なでしこが私のところに来たけれど、すぐに自分の友達に引きとめられて、私には分からない何かを、みんなでこそこそとしゃべっていた。

 私は、かっとなって、苦しくなった。ばかにされた気がしたんだ。

 でも怒りの気持ちよりもずっと、私は、切なくなったんだ。

 こんな時に、いつでも私のとなりにいた人はもういないんだ。

 元々みいちゃんは、私を利用していた。

 その利用きかんが、終わっただけなんだ。

 そう思い込もうとするのに、どうして涙が出るんだろう?



【七月*日 晴れ】

 みいちゃんが、私に話しかけてきた。

 もう私には、みいちゃんのことが分からないよ。

 でも、それだけじゃない。私は、自分のことも分からない。

 私はみいちゃんのことを、本当はどう思っているんだろう?

 好き? そんなわけない。みいちゃんは私を利用している。みいちゃんは最初から、私のことが好きじゃない。

 でもみいちゃんは、私に『居場所』を作ってくれた。

 『ばい菌』呼ばわりされていた私に、うそでも笑ってくれた。新しいグループに入れてくれた。友達だと言ってくれた。ナデシコの種にいたずらをされていた私に、新しい種をくれた。私は、それがうれしかった。ほんとうに、うれしかったんだ。

 私はどうして、うれしく感じているんだろう? くやしかった。腹が立った。こんなに、ひどいことをされてるのに。怒ったらいいんだ。みいちゃんなんて大きらいって。みいちゃんが私にやさしくするのは、私のためなんかじゃない。みいちゃんは私を利用して、雨宮なでしこに好かれたいだけなんだ。分かってる。にくめばいい。私はみいちゃんなんて大きらいだ。

 でも、そんなにきらいな、みいちゃんなのに。

 私はみいちゃんから、はなれられないんだ。

 みいちゃんがいるから、私は学校で生きていける。みいちゃんが学校を休んだりしたら、私はもうおしまいだ。私はこういうふうにしか、ここでは生きていけないんだ。こんなにもひどい人が、私の支えになってるんだ。『きおくそうしつごっこ』にあきたみいちゃんが泣き笑いの顔で話してくるのを聞きながら、私は目の前が、まっくらになった。

 そんなときに、あの子がきたんだ。

 雨宮なでしこが、私に「おはよう」って言ったんだ。

 きれいな声だった。きれいな目だった。みんな私の顔を見たらばかにしたみたいに笑うのに、雨宮なでしこはちがった。私のことを、笑わなかった。

 その顔を見た私は、いつの日かクレノさんに思ったのと同じ、熱くて苦しい気持ちになってしまって、雨宮なでしこのことが、やっぱり許せなくなったんだ。

 どうして私に話しかけるの? 助けてくれるつもりなの? 何から、誰から、どうやって? どうして雨宮さんは、だれかにやさしくできるの? おかしいよ、変だよ、みいちゃんが私にやさしくするのは、雨宮さんに好かれたいから。でも雨宮さんが私にやさしくしても、雨宮さんは何も自分のものにはできないのに。そんなことをしたら、雨宮さんも私と同じになるかもしれないのに。『ばい菌』になるかもしれないのに。

 もしかしたらそれが、私と雨宮さんのちがいなのかな。私はこういうふうに言えないから、私は雨宮さんになれないのかな。いつだったかクレノさんが言った『雨宮さんって、きれいよね』って言葉を思い出しながら、私はハサミをにぎっていた。

 みいちゃんが、私をほかの友達との遊びに混ぜるのは、たえられる。

 でも、私のひどい友達で、最悪の支えのみいちゃんが、汚い鬼の私よりも、きれいな人間の方が好きなのは、たえられないと、思ったんだ。

 私はこれからも、みいちゃんに利用され続けるんだろう。

 雨宮なでしこみたいな子がいる限り、私は学校で利用され続けるんだろう。

 だから私は、私の全てをかけて、みいちゃんに最初で最後のお願いをしたんだ。

 『私のことを、名前で呼んで』……って。

 みいちゃんは、私を沙菜って呼んでくれた。

 かたい笑顔で、ぎこちない言い方で、私の名前を呼んでくれた。

 私は、それを聞けてうれしかった。

 そういうふうにしか、書き方がわからない。



【七月*日 晴れ】

 みいちゃんが私を、「紺野ちゃん」って呼んだ。

 あれから一度も、名前では呼んでくれない。



【七月*日 晴れ】

 ついに、やった。やってしまった。どうしよう。私は、たいへんなことをしてしまった。雨宮なでしこの花を切ってしまった。

 だれにも見られていないと思う。でも、すごく後悔した。なんでこんなことをしたんだろう。私が切り落とした花はすぐに見つかって、女の子たちの間でうわさになっている。真っ青になって教室でふるえる私のことを、一人、あやしんでいる男子がいた。あの男子には、私のしたことが分かるんだ。私のやったことは、いつか、全部、みんなにばれる。

 もう私は、この学校にはいられない。私は必死にお母さんとお父さんに、学校を転校させてほしいってお願いした。

 その言い訳には、いじめがたえられなくなったって言った。

 でも、そう口にしたらいきなり、両目から涙があふれて止まらなくなってしまった。

 私は床にうずくまって、学校では出したことないくらいの大声で泣いた。

 もっと早く、こんな風に言えばよかったんだ。

 私は、逃げても、よかったんだ。



【七月*日 晴れ】

 私の罪は、止まらなかった。さいしょに切った雨宮なでしこの花のほかにも、私は今日、クラスメイト全員の花を切り落とした。

 もう転校の話はきまったと、お父さんから聞いている。その間だけ、私はクラスでたえればいい。あと少しだったんだ。ほんとうに、あと少しだったんだ。

 でも、私はがまんできなかった。クラスの男子にばれていることが、私をさらに焦らせた。みんなの分も切ってしまえば、犯人が私だってばれないはず。そう簡単に考えて、私はハサミをまたにぎった。切ってから、また後悔した。こんなゆるされないことをした私は、これからどうなってしまうんだろう?

 でも、ひとつだけ、後悔していないこともある。

 あの子の花だけは、切らなかった。

 あの日のことを思い出そうとしたら、やっぱり今でも頭が痛い。目の前が白っぽくなって、何にも考えられなくなる。でも私は、たぶん、あの子のことが、自分で思うほど、きらいじゃなかった。これって、人のせいにしていることになるのかな。でも、きっとちがうと思うんだ。私はあの子がきらいなはずで、その反対のことを思うのは、まちがった心かもしれなくて、でも私はそれを、自分で決めたかったのに。人に、選ばされた気がするんだ。

 もっと時間があったなら、私も、あの子のようになれたのかな。人にやさしくできたかな。だれも傷つけないですんだかな。そんな自分に、なれたかな。

 あの子はさいごまで、きれいだった。私に、『居場所』を作ろうとしてくれた。どこにもいけない、消えるだけの私に。きれいな声で「おはよう」って言われるだけで、私は今も苦しいんだ。どうしてあいさつを続けるの? もうやめてよ。周りの子達も止めてるよ。私だって気づいてるよ。あなただけだよ、そんな変なことを続けるの。なのにどうして、やめないの? あなたが手をのばしてくれても、私は手をのばせないよ。あなたは生まれついてきれいなのに、私は、同じにはなれなかった。それが今も、ゆるせないんだ。

 だから、私から終わりにした。

 これで、よかったんだ。雨宮さんがどれだけ私のために言ってくれても、私は同じようには言えないよ。だって、おそいよ。もどれない。私は花を切ったんだ。雨宮さんのことだって、大きらいって思ったよ。苦しすぎて涙がでるくらいに、大きらいって思ったよ。

 どうして私は、あなたと同じになれないの? 私が一番知りたいんだ。私だって言いたいのに、たすけてなんて言えないよ。ここにいさせてなんて言えないよ。逃げたくないなんて言えないよ。いっしょにいたいなんて言えないよ。あなたみたいには言えないよ。こわくてなんにも言えないよ。私は、なんにも言えないよ。

 それでも言ってほしいなら、全部あなたが、代わりに言ってよ。

 助けて。

 助けてよ、雨宮さん。

 こんなに痛くてかなしいことは、あなたが全部、私の代わりに終わらせて。



【七月*日 晴れ】

 この日記は、ここで書くのをおしまいにする。

 みいちゃんと会えなくなってしまったからだ。

 私がみいちゃんにハサミを向けたあの日から、みいちゃんは学校に来なくなった。だから、もう何も言えない。でもみいちゃんが学校に来ていたとしても、私はきっとみいちゃんを前にしたら、なんにも言えない私になる。だから、私たちふたりのさよならは、こんな形でよかったんだ。

 私はこれから転校して、ちがう学校に行く。そこでも、またいじめられるのかもしれない。考えただけで、からだがふるえた。

 この学校でひとつだけ、私はやりのこしたことがある。

 それは、私のこういう気持ちを、みいちゃんに伝えられなかったことだ。

 私はみいちゃんと出会って、何も変わらなかった。みいちゃんは私のことを変えてくれたつもりかもしれないけれど、私は、最初から私なんだ。だれに決められなくても、私は紺野沙菜なんだ。人間だ。『ばい菌』なんかじゃない。私はずっと、私のまま生きてたんだ。

 私は、人間だったんだ。

 ちゃんと、人間だったんだ。



【最後の追記】

 もし、この日記を読んだ、ひどい人がいたなら。

 あなたに、お願いがあります。

 私のこの思いを、私が世界一ひどいって思う、最悪の友達に届けて下さい。

 そして、どうか私の代わりに伝えて下さい。

 私がこわくて、おびえて、でもくやしくてかなしくて、腹が立って、どうしようもなくて、最後まで言えなかったこの気持ちを、全部、私の代わりに伝えて下さい。今度こそ、私の代わりに伝えて下さい。



 みいちゃん。

 もし私が死んで、みいちゃんもこれから先、死ぬようなことがあったとしたら。

 ふたりで生まれ変わって、また小学五年の女の子になれたなら。

 その時は、私たち、今度はめぐり会わないでいよう。

 たとえどこかですれちがっても、他人どうしのまま、声をかけないでいよう。

 さようなら、みいちゃん。

 私は、あなたが大きらい。

 もうにどと、あなたとは。

 死んでも、いっしょにいたくない。

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