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コトダマアソビ  作者: 一初ゆずこ
第5章 花一匁
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花一匁 41

 篠田七瀬は眉を厳しく寄せながら、一人の少女を睨んでいた。

 長机の対面には、佐々木和音が座っている。七瀬は腕の中の撫子を気にしながら、和音の一挙手一投足にもそれとなく注意を払っていた。

 もちろん自分が見られていた事くらい、七瀬はとうに気づいている。何らかの不服を和音が持っているのは明白で、その鬱屈の大部分はおそらく、七瀬が原因に違いない。

 気持ちは、分からないではないのだ。和音からすれば七瀬達に振り回されて苛立っただろうし、やれ異能だの言霊だのと散々騒がれ嫌な思いもしただろう。

 ただ、そんな事情を差し引いても。

 七瀬から見て和音の態度は、看過しかねるものがある。

「皆、話し合いたい事があるんだ」

 拓海が声を上げたので、全員の目がそちらに向いた。

「最近の風見さんの事は佐々木さんから、過去の風見さんと紺野さんの事は雨宮さん達から聞けた。これで全員が知ってる事を大体共有できたと思う」

 拓海はリーダーシップを取る事に慣れてきたのか、ここへ来た時よりずっと滑らかに喋っている。物怖じしつつも頑張る様が七瀬には頼もしく思えたが、視線を感じて振り返った。

「……」

 目は合わなかったが、肩口でポニーテールが揺れている。そっぽを向いた和音の顔を、七瀬は厳しく睨み付けた。

 文句は出来るだけ堪えてきたが、我慢するにも限度がある。

 少なくともこれ以上、和音が拓海を悪意の目で見るならば、七瀬も黙っていられない。

 ――――和音ちゃん、もうやめて。

 和音と喧嘩はしたくなかった。普段であればしただろうが、今は状況が特殊なのだ。それに拓海の存在が絡む事で、女子と揉めるのは嫌だった。

 そんな喧嘩は、一人でいい。

 これ以上は、したくなかった。

「……七瀬ちゃん」

 その時、真下から声が聞こえ、七瀬ははっと見下ろした。

 撫子だ。頬を赤く上気させて、浅い呼吸を繰り返している。

「撫子ちゃん? どうしたの? 痛い?」

 七瀬は慌てて呼びかけたが、撫子は返事をしなかった。今のはうわ言だったのだろうか。心配になって背をさすると苦しそうな声が聞こえて、きゅっと胸が、しめつけられた。

「三浦くん、どうしよう……」

 顔を上げながら言うと、撫子の隣にいる柊吾は、苦々しげに顔を歪めた。

 内心ではきっと撫子を連れて帰りたいに違いない。七瀬だってそうしたい。早く皆で帰りたかった。

 だが、軽率にここを飛び出して、果たして無事でいられるのか。保障が何もない以上、下手な動きは取れなかった。自ら閉じ籠ったはずなのに、これでは閉じ込められているようだった。

 とはいえこんな籠城だって、もう長くはもたないのだ。撫子はもういつ目が『見えなく』なってもおかしくなく、こんな所へ拘束せずに早く家へ帰すべきだ。それにこの東袴塚学園中等部は六時で門を閉めるのだ。その時刻をもって生徒は、直ちにここから追い出される。

 精々あと、一時間。

 それが、七瀬達のタイムリミットだった。

「……雨宮さん、ごめんな。あとちょっとだけ付き合って」

 拓海が囁き、毅然と顔を上げた。

 一刻も早く終わらせる。

 そんな決意の覗く声で、議論再開を宣言した。

「皆。さっきも言ったけど、これで全員が風見さんに対する認識を揃えられたと思う。その上で俺は皆の意見が聞きたいんだ。まず、三浦達に聞きたい」

 そう言って、拓海は七瀬と柊吾の二人を見た。

「風見さんの『弱み』は、一体何だと思う?」

 和音が怪訝そうに「弱み?」と言い、七瀬は返答に窮してしまう。

 救いを求めて拓海を見たが、拓海は七瀬を見ようとしない。後ろめたそうな顔をしたので、確信犯だと勘付いた。

「ちょっと、坂上くん」

 不満を込めて呼んでみたが、拓海はやはり七瀬の顔を見なかった。立場を忘れ、七瀬は少しむっとなった。これでは狡いと思ったからだ。

 拓海の判断の意味は、分かる。苦渋の決断だという事も、頭では理解できている。

 これは和音への意地悪ではなく、ただ時間を惜しんでいるだけなのだ。

 和音は異能を何も知らない。無知なたった一人の為に、時間を割いてはいられない。

 だから――――何も言わずに、切り捨てる?

 ――――これで、いいのだろうか。

 唇を噛んで、自問を繰り返した。

 苦しかった。迷っていた。ずっとそれが気がかりだった。

 七瀬達は本当に、このやり方でいいのだろうか?

 道を、間違えている気がした。道標を見落としたまま出鱈目な方向へ突き進んで、それを薄々察しながら、後戻りできずに走っている。七瀬にはどうしても、そんな気がしてならないのだ。

「撫子ちゃん……」

 縋るように囁いて、七瀬は撫子を抱きしめた。

 撫子の声が聞きたかった。撫子ならば、答えを知っている気がしたのだ。七瀬達のこの現状が、果たして正しいものなのか。誰にも惑わされない目と心で、教えてくれる気がしたのだ。

「……」

 撫子は、返事をしない。疲れ果てて声も出せずに、七瀬に身体を預けている。

 だが、たとえ撫子がどんな状態であったとしてもだ。答えは自分で見つけるべきだ。それだけの意思と力を、七瀬は既に持っている。自覚もあった。自負もある。それが自分だと思うのだ。篠田七瀬だと思うのだ。

 そんな七瀬だからこそ、今、頼られていると思うのだ。

 中々弱音を吐いてくれない、このか弱い友達に。

 きっ、と顔を跳ね上げた。

 ――――このままでいいわけがない。

 拓海の正しさは分かる。事実時間も足りていない。だが七瀬の本心は『だめだ』と大声で叫ぶのだ。

 その違和感を言葉に変えれば、七瀬は何かを変えられる?

 しばし七瀬は考え込んで、すぐに首を、横に振る。

 そのやり方では、まだ駄目だ。以前の和音ならそれで良いが、今の和音には通用しない。これほど頑なな拒絶を前に、言葉は、心は、届かない。

 ただ、もどかしかった。

 あとちょっとだと思うのだ。

 何故和音が変わったのか、その理由にあと少しで、手が届くような気がする。そこへ七瀬の理解が行き着いたなら、何かが変わると思うのだ。

 それに、佐々木和音のこの変貌。おそらくは七瀬だけが原因ではない。

 何故なら、柊吾が言ったからだ。

 三月四日の昨日、氷花の兄を訪ねて神社へ行った柊吾は、図らずも和音と対面した。その時の柊吾が見せた微かな倦厭の表情から、七瀬は確信していたのだ。

 ――――間違いない。

 絶対、何かがあったのだ。

 昨日よりも、以前のどこかで。

 和音をこういう人間に変えてしまった、決定的な出来事が。

「『弱み』か……。あー、こういうのって女子の方が分かるんじゃないか?」

 柊吾が唸り、七瀬をちらと横目で見てきた。

「もう、ちょっとは三浦くんも考えてよね」

 いきなり匙を投げられても困ってしまう。思考を一旦ストップしてから七瀬は柊吾を睨んだが、確かにこの件に関しては、柊吾よりも七瀬の方が幾らか分かる面もある。七瀬も「うーん」と唸った。

「風見さんの『弱み』ねえ……『撫子ちゃんに嫌われる事』とか?」

 咄嗟の思いつきだったが、案外的を射ている気がする。

 だが拓海の反応はあまり良くなく、「いや、どうだろ」と思案気な声が返ってきた。

「それは俺も考えてみたんだ。風見さんが雨宮さんの事を特別好きだっていうのは、周りから見て分かりやすかったんだよな? だったら呉野さんが知っててもおかしくない。『雨宮さんの事が特別好き』っていうのを『弱み』に利用して、攻撃してきた可能性は有り得る。……けど」

「けど?」

「えっと、風見さんが『雨宮さんに嫌われるのが怖い』んだとしても……その、もうとっくに嫌われてると思うから、四年も経って今更傷つくのは妙って言うか……」

「坂上……お前、結構バッサリだな」

 柊吾が、呆れとも驚きともつかない微妙な表情で言う。拓海は「ごめん」と縮こまっていたが、七瀬はその言葉から、思いつく事が一つあった。

「ねえ。妙って事はないんじゃない? だって風見さんって『忘れっぽい』んでしょ?」

 確か七瀬達はそれについて、拓海から質問を受けている。

 ――――風見美也子の、忘れっぽさ。

 それは果たして、氷花の異能に因るものなのか。

 それとも、何らかの病に因るものなのか。

「……それ、坂上がさっき訊いてきたヤツの事だよな」

 柊吾も思い出したのか、視線がすとんと七瀬の方へ向いた。

 正確には、七瀬の腕の中。目を閉じる撫子を見つめている。七瀬も、あ、と気が付いた。

 そういえば、大半の者は拓海の質問に対し『美也子は忘れっぽい』と証言したが……撫子だけは、異を唱えた。

「撫子ちゃん、どうしてそう思ったのかな」

 気になったが、撫子は目を閉じたままだ。名前を呼ばれても反応しない辺り、 眠っているのかもしれなかった。

 疲れて眠っているだけならいいのだが、そうでないならどうしよう。

そわそわしていると、柊吾からは「気にすんな」と落ち着いた声で言われ、拓海からは「篠田さん、雨宮さんはそのまま休ませてあげよう」と労わるような声がかかった。

「たくさん話してくれて助かった。普段だったら家で休んでる時間だろうし。後は俺らで頑張ろう。……あと、さっきの篠田さんの言葉。当たりかもしんない」

「え?」

「風見さんの、『忘れっぽさ』の事」

 七瀬が拓海を見ると、拓海は真剣な表情で頷いた。

「風見さんは、元々は『忘れっぽく』はなかったんだ。仮に忘れっぽかったとしても、それって少し成績が悪いくらいで、普通の範囲内じゃないかって思う。……でも。何かがあったんだ。小学五年の、四月から七月のどこかで。風見さんに〝何か〟があって、それで『忘れっぽく』なった」

「ねえ、その〝何か〟ってまさか……」

 げんなりと、七瀬は訊く。

 嫌な予感がしたからだ。

「そのまさかだと思う」

 否定して欲しかったが、拓海は生真面目に肯定してきた。

「風見さんは、やっぱり呉野さんの〝言霊〟の被害者だ。それも最近の話じゃない。佐々木さんが教えてくれた一昨日の夜にも何かあったって思うけど、多分それだけじゃなかったんだ」

 名前が挙がり、和音がぴくりと反応する。

 七瀬も記憶を反芻したが、すっかり混乱してしまった。

「待って、坂上くん。ごちゃごちゃしてきた。ねえ、話が違わない? 風見さんが呉野さんの〝言霊〟にやられたのって、一昨日の夜って言ってなかった?」

 確か拓海の推理によれば、美也子が氷花の〝言霊〟にやられたのは、一昨日の夜のはずだ。

 一昨日の夜。三月三日。

 和音と美也子は、毬を巡って喧嘩をしたと聞いている。

 その仔細を語る和音の態度は最悪で、必要最低限しか話してくれなかったのは明白だったが……そんな欠けだらけのパズルから、拓海は氷花の存在と、事件への関与を炙り出した。

 美也子が変貌したとするなら、おそらくはこの時だろう。

 確か拓海は、そう言ったはず。

「うん、一昨日やられたのは確実だ」

 拓海はこの切り返しを予期していたのか、迷いなく答えた。

「でも、それが初めてじゃないと思う」

 瞳が、すうと怜悧に細められる。

 その眼差しのまま拓海は、冷徹とも呼べる声で、淡々と事務的に言い放った。

「風見さんは、最低でも二回。いや、もしかしたら、もっと。呉野さんの〝言霊〟を、過去に受けてる可能性がある」

「……!」

 柊吾が息を吸い込み、七瀬も驚愕して叫んでしまった。

「二回も……っ?」

 自然と片手が撫子から外れ、自分のスカートのポケットへ伸びる。中の物を握り込むと、ひんやりとした冷たさが、手の平へ直に伝わってきた。

 ――――去年の春の、『鏡』の事件。

 あの時は、七瀬が氷花の被害者だった。

 その時に受けた言葉の痛みは、今でも簡単に思い出せる。

 悪意と呪いのこもった言葉を――――美也子は、二度も受けていた?

「中三と小五。この二回は確実だ。小五のどの時点で〝言霊〟を受けたかは分かんないけど、雨宮さんが『普通だった』って言った風見さんは、まだ『忘れっぽく』なる前の風見さんだ。その後の風見さんの変化に雨宮さんが気付かなかったのは……雨宮さんが、風見さんを避けた所為だ。怖かったって、言ってたし。……とにかく」

 拓海は撫子を一瞥して痛ましげに目を伏せてから、結論を口にした。

「風見さんは、呉野さんの言霊で『忘れっぽく』なって、小五の事を忘れたんだ。でも一昨日の佐々木さんとの喧嘩で記憶が戻ったか、別の言霊を受けたかして……この〝アソビ〟が、始まった」

 緊迫感が、場にひしひしと満ちていく。空気が温度を下げた気がした。

 拓海の話は現実感を欠いていたが、馬鹿にする者は誰もいない。一人はいるかもしれないが、空気を読んだのか黙っている。そして他の者は例外なく、すっかり気圧されてしまっていた。

「坂上……」

 茫然自失の状態から、真っ先に我に返ったのは柊吾だった。

「それってつまり、こういう事か? 風見が一昨日の夜に食らったかもしれない〝言霊〟が……四年前の〝言霊〟を、呼び覚ました?」

「うん」

 柊吾の声は自信なさげなものだったが、拓海はしっかりと首肯した。

「風見さんが『忘れた』事で、風見さんの狂気も記憶と一緒に封じられた。でも一昨日の夜の〝言霊〟がその封印を破ったって考えたら、一応筋は通る」

「ねえ、じゃあ、それがどうしてこんな〝アソビ〟になっちゃったの?」

 七瀬は慌てて割って入った。

 今更、信じられないなんて言うつもりはない。

 だが今の話が本当なら、他にも気になる事がある。

「ねえ、それに忘れてたって何? 紺野さんの事とか、撫子ちゃんの事とか全部? ねえ……そんなに何でもかんでも忘れちゃって、大丈夫なの……?」

「分からない。ごめん。でも袴塚中学では一応問題なく過ごせてたみたいだから、それほど深刻じゃないとは思う」

「……本当に?」

「……ごめん。やっぱり俺には分かんない。でも大まかになら、『忘れてる』範囲を絞れると思う」

 拓海は、柊吾と陽一郎へ目を向けた。

「三浦、日比谷。確認させて欲しいんだけど。風見さんは小五以降、雨宮さんに接触してないよな? もしそうなら、雨宮さんの事も綺麗に忘れてたって考えるのが自然だ。今まで風見さんは、雨宮さんに会いに来た?」

 話を振られて柊吾と陽一郎は考え込んでいたが、やがてそれぞれが首を捻った。

「僕は聞いた事ないよ。撫子がみいちゃんの名前出す事もなかったし」

「俺もねえぞ。他校の友達っつって名前聞いた事あるのは、篠田と、それに綱田くらいだ」

 毬の表情が、ほんの少し明るくなる。嬉しかったのだろう。毬の素朴な喜び方が七瀬には微笑ましかったが、今はそちらに和む余裕もなく、ただ気だけが急いてしまった。

「……風見さんって、何なの……」

 七瀬の呟きに、全員が押し黙った。

 ――――風見美也子。

 突如として高校受験の会場を混乱に陥れた、七瀬と同じ歳の少女。

 その鬼女は、一体何者なのだろう?

 それを深く知ろうとして情報を分け合ったはずだったのに、美也子の事を知れば知る程、どんどん恐ろしくなっていく。

「……もしかしたらこの〝アソビ〟って、ほんとなら四年前に始まってたのかもしんない」

 ぽつりと、拓海が呟くように言った。

「でもそうならなかったのは、風見さんが『忘れて』しまったからだと思うんだ。〝言霊〟を受けて傷ついた事も、その小学校で起こった事も。……雨宮さんや、紺野さんの事も」

「……忘れられてて、良かったのかもしれないよね。撫子ちゃん」

 何となくやりきれない気分になり、七瀬は小声で言った。

 あの小学五年の年に、転校という形で幕が下りた悲劇。

 美也子も紺野も袴塚市からいなくなったが、実際の所、何の解決もしていない。喧嘩別れに近いだろう。しかも一人は死に別れだ。撫子は口にこそしなかったが、それを今も気に病んでいるかもしれない。

 だが七瀬は、これでいいと思ってしまった。

 喧嘩別れでもいい。死に別れでもいい。冷たい考えかもしれないが、七瀬は美也子にも紺野にも好印象を持てなかった。そんな過去の亡霊よりも、撫子の方が大切なのだ。撫子のこれからの方が、二人よりも大切なのだ。

 だから、もし。

 美也子が本当に、撫子の事を、今まで『忘れて』いたのなら――――。

「……忘れたままだったら、良かったのに」

「……でも風見さんは、雨宮さんを『思い出した』かもしれない」

 ぽつんと本音を吐露する七瀬へ、拓海が寂しそうに言う。

 顔を上げて振り返ると、拓海の全身が赤かった。夕日の赤みがさっきよりも深いのだ。筋状の光を辿って窓へ目を向けてみると、そこには黄昏間近の茜の空と、灰色一色の住宅街。家々の向こうの黒い小山へ、鳥が数羽、飛んでいく。

 もう少しでこの夕日も、姿を消してしまうのだ。

 ……時間がまた、削れていった。

「イズミさんと話した時にも言ったけど、普通の状態の人間には、こんな〝アソビ〟は絶対できない。できるとするならそれは呉野さんの〝言霊〟被害者だけだ。……だから。こうやって〝アソビ〟が動き出してるって事は、風見さんの記憶が、戻った証拠じゃないかって思う」

「風見が『忘れてた』おかげで、俺らは助かってたって事か?」

 柊吾が、苛立たしげに吐き捨てた。

「分かんねえな。さっきの篠田じゃねえけど、紺野の事も分かんねえし、風見の事も分かんねえぞ。大体、呉野の阿呆が風見に何か言ったとして、なんでそれがこんな〝アソビ〟に繋がるんだ?」

「三浦くんってば。それじゃ私の質問と同じじゃない。だから『弱み』探ししてるんでしょ」

 七瀬はぴしゃりと言って、渋い顔をする柊吾を黙らせた。

 そうやって友達を叱咤して、自分の心も入れ替える。

 ――――感傷的になっていても、何も解決しないのだ。

 ならば少しでもこの〝アソビ〟終了の為に、思考を重ねていくべきだ。

「ねえ、今一つ思いついたよ。風見さんの『弱み』。『風見さんは、友達と喧嘩をするのが怖い』。これならどう?」

「喧嘩が怖い?」

 拓海が、不思議そうに七瀬を見る。「そ」と七瀬は頷いた。

「さっきの坂上くんの話きいて思ったんだよね。風見さんって、毬と和音ちゃんと喧嘩した日から変になったかもしれないんでしょ? だったら単純に『喧嘩』が怖いのかな、って」

 話を聞く限り風見美也子は、苛めっ子であると同時に友達思いの少女なのだ。学校社会の交友関係を中心に据えた生活は、七瀬にも馴染みのあるものだ。

 そんな少女がある日突然、友人と喧嘩をしてしまう。これは一大事だと七瀬は思う。

 そうやって考えていると、七瀬はふと、気付いてしまう。

「……小五の風見さんって。撫子ちゃんを好きになってから、元々一緒にいた友達のこと……あんまり、大事にしなくなったんじゃないかな」

 ぽろっと、口が滑っていた。

 拓海が、「え?」と訊き返す。

 純粋な驚きの顔を見ると、胸の閊えが押し流された気分になる。安堵がささくれ立った心を溶かし、言葉がするすると湧水のように、意思に反して溢れ出した。

「誰だって、この子と一番仲良くしたい、とか。この子の一番は自分がいい、とか。そういうのあると思うんだよね。……でもそういうのって、やっぱり面白くないんだよね。その一番に、自分が選んでもらえなかったら。風見さん、撫子ちゃんの事すごく好きだったみたいだけど、好きで、追っかけてたみたいだけど……風見さんと仲良くしてた女の子たち。そういうの、どう思ってたのかな」

「篠田さん……」

「分かってるよ。苛めっ子だって。でも私は、その子達ばっかり責める気にもなれないんだよね」

 湿っぽくなった空気に気付いたが、結局、最後まで言ってしまった。

「仲良くしてた子に、急に離れられるの。ヤでしょ」

 和音と毬が、揃ってはっと顔を上げた。失言だと分かっていたが、七瀬には不 思議と焦りや後悔は全くなく、寧ろ心が軽くなったほどだった。

 苦笑の顔に、なってしまう。

 それを伝えたかったのは、この二人ではなかったのに。


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