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おのれうんでぃーね。やっぱり殺す

 どうしてこうなったんだろう。

「じゃ、今から野球を始めるからな」シズカは心の内で泣いていた。

勇者ヒサシが『ヤキュー』と言う謎の遊びを好むのは知っている。

シズカも何度かその様子を見たことがあるからだ。

ヒサシが敵の捕虜だろうが奴隷だろうが娼婦だろうが貴族だろうが関係なくメンバーに入れてヤキューをやっている姿は永い永い歩みの中で何度も見ている。


 人間の軍隊はこの数なので非戦闘員も多い。

主な娯楽は雑談だったり各地の村々で手に入れた情報だったり。

村ひとつがまるまる参加する例もあった。冬を迎えて確実な飢え死にかあるいは軍団に入るかの選択を事実上迫られたに等しい。

近代的な軍ではあり得ない。

 そんな中でも勇者たちは相応には近代的な軍制度を導入しようと努力はしていたが魔族軍ほど徹底はしなかったようだ。

中には山賊や山師なども混じる。

 巡礼の途中で便乗した者、商売の旅を安全に進めるために参加したものと目的も様々。

各国の貴族は魔都への略奪目当てに勝手に参戦してきたものもいる。

そうして永い永い旅をして、結果的にほとんど生きている者はいない。

シズカはそんな中で最悪の位置でいきていたが。


 「おい。どうした?」

人懐っこそうな勇者の微笑みに思わず胸を高鳴らせる。

少女・シズカは男に抱かれることは昔から知っているが恋をすることは知らない。

よって今何故胸が高鳴ったのかはわからない。


「おら。ゼーゲンっ!? 行ったぞっ?!」


 ヒサシが豪快に棒を振ると彼に向けて飛んできた球が遥か空に。

ダッシュした王族の青年はすかさずスライディングでそれを受け取る。

高貴な王族が走るとか。ましてや泥まみれになって楽しそうに笑っているとか最初は異常な光景だったが既に皆慣れつつある。

「そら。シズカ。ぼうっとするな。チェンジだチェンジ。しまっていこうぜっ」

ぱふっと頭を撫でられて思わず自分の髪をさするシズカ。

「ヒサシ様。今、シズカって言いませんでしたか」「ん? 違ってた? ごめん」

「……いえっ。そのあの……勇者様に名前を覚えてもらっていたなんて?!」「まぁ勇者っていっても普通の丁稚だし。俺」

そういって棒を手に背を伸ばし、キビキビと動く勇者の背を見守るシズカ。

この勇者は彼女たち娼婦の待遇にも気を配ってくれた。

しかし以前のシズカと今のシズカは別人だ。

腱を切られた片足は力強く地面を蹴るし、ボロだらけの着物は外套はさておきウンディーネこと由紀子が与えた実用的ながら最低限女性としての美を尊重した服になり、フケだらけのボロボロの見た目は美しい少女のそれになっている。

その頬が真っ赤に染まっている。


 つんつん。

脇腹を誰かがつついた。


「ひゃぅ?!」


 振り返ると魔族の娘。

首には魔力を防ぎ服従の証である奴隷の首輪がついている。

「あげないよ。大将は」そういってほほ笑む娘に「へ?」とつぶやくシズカ。

「惚れたんでしょ」「ちちちち。違いますっ?!」「あ~あ。こんな子供にまで。あの大将は何処まで罪作りなんでしょうね」そういって大きな胸を張る彼女をじーっとみるシズカ。年齢的に色々勝てないものを感じる。

「まぁ。迫っても拒否されるんだけどね。残念無念」と舌を出す彼女は楽しそうに笑う。

「うちの大将、童貞の癖に真面目だから」「そうなんですか」

そういえば仲間の娼婦たちも似たようなことを言っていた。

「まぁそんな想いももうすぐ終わりだけど」「?」

そういってため息をつく魔族の娘と不思議そうに見上げるシズカ。

「魔王様は未婚。しかも親族はいないと来ている」「???」

「なんか前にも垂れ幕で言ってた流れになるんじゃないかって言うのが仲間内の意見でね」「仲間?」

そういえば、魔都陥落を見越して女子供を逃がし、その後死ぬのを恐れた魔族の一部が勇者ヒサシの保護下に入っていたことを思い出す。

「アレですか。魔女のウンディーネと結婚して和平の印とするっていう」「そうそう。ソレソレ」


 肩を落とす魔族の娘と憤慨するシズカ。

「セーリャクケッコンって言って人間の世界ではよくある婚姻契約らしい」「許せないですね」「だよねぇ」

そのヒサシは魔王を暗殺する前の最後の息抜きをしているなんて二人は知らない。

そして二人は意味は違えど同じセリフを吐いていた。

「おのれウンディーネ様。殺す」

何故魔族と意気投合しているのだ。シズカ。

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