何故ボクが女装しなければいけないんだよ
シズカとエル。
二人はウンディーネこと由紀子の知り合いなのだが現時点ではお互いを知ることはない。
エルはバルラーン絶対防衛圏の戦いで由紀子に見送られて城を去った。
その後の経緯は苦難に満ちているがなんとか魔都に到着することが出来た。
シズカは遥か遠くの国より奴隷同然に連れてこられ、魔族に浚われて血を絞られている処に由紀子が発見。連れ戻して治療を施し、その命を救った。
二人の違いは由紀子を尊敬しているか憎んでいるかである。
エルは憧れの魔将として二人の義親子を見ていた。
少年兵と魔将では格が違いすぎる。
由紀子は些細なことで兵や捕虜に声をかけ、相談に応じてくれる将だった。魔将らしからぬ気遣いに泣いた兵も数知れず。
ノームは有能を画に書いたような男で時として冷徹に見えることすらある。魔将らしい魔将だ。
この魔将義親子二人がいれば絶対防衛圏が破られることはないと幼いエルは思っていたほどである。
しかし、エルは婚約者を喪った魔族の若い娘を守って魔族の主婦と共に防衛圏を逃れる羽目になってしまった。
その後、よくわからない転移魔法に巻き込まれて竜族の村に行く羽目になる。
……。
……。
「大精霊様の声が聞こえる。水魔将様を、魔王様を守れと」
少年の言葉に少女は頷く。遠いが何か切ない悲鳴のような訴えを彼女も感じていた。
「でも、私はほとんど大精霊様の声、聞こえていない」「ボクはハッキリ聞こえる。誰か助けてくれって」
『大精霊タッチィ』。由紀子ことウンディーネの守護精霊として敵味方で有名な存在だ。
実体は鳥取県由良の神社で由紀子の帰りを待つ女学生・武田彰子なのだが。
「助ける?」「ウンディーネ様に声が届かない。誰か頼むって」
少女は思案する。嘘をついているようには見えない。
「でもどうやってお助けするの? 今魔王城には入れないよ。警備厳重だもん」「うわああっ?! 一兵卒の身が呪わしいっ?! ギンカみたいに勲功を立てていればっ?!」
少女とフェイスは御互いの目を見合わせる。二人の顔が『ニィ』と歪んだ。
「なんでボクが女装を」「似合っていますよ」
平然と告げてみせる少女。彼女にとって見慣れた光景である。
今となっては故人である桔梗と躯の昔の友人に純魔族、ギンカが少し似ているとのことで何故か女装を彼に施していたからだ。
「じゃ、ギンカに化ければいいんじゃないか。面識あるんだろ」「そう思った」「思いました」
少年、エルの頬がひくひくと痙攣する。
純魔族はエルフと見た目が良く似ていることからダークエルフと呼ばれるがエルフがサインや身体表現で意志を示す習慣がないのに対して多彩な感情表現や暗殺者種族らしい無音言語を多数持っている。
「さっさとギンカにしろっ?!」「ぼく面識ないにゅ」「ええいっ?!」「だって面白そうだし」「面白いで魔王様のお命を計るなっ?!」
変装の奥のフェイスの表情は『格好の玩具を見かけた』と語っているのだが面に現れることは。ない。