愛憎
愛などいらぬ。魔族が憎い。魔族滅ぶべし。
『その存在』とその少年の意見は悉く対立していたが、その一点だけは共通していた。
故に彼らは奇妙な絆で結ばれていた。お互い暗殺者を差し向けあう程度には。
古くから言う言葉はこの世界にも適用される。敵の敵は味方だと。
ならば彼らにとって魔族は敵だ。少なくとも殲滅せんとお互い理由はさておき思っている。
『神聖皇帝』はその神である『金の髪』から幾何かの天啓を得ていた。
故に知った。魔王と呼ばれる魔導人形の正体を。運命を。
故に理解した。何故勇者や魔王がお互いを討った後の消息が途絶えるのかを。
一般的には勇者と呼ばれる異世界の旅人が魔王を討てば元の世界に帰還できると信じられている。実際魔玉が滅ぶときそれが可能な程の魔力が大地を満たす。
しかし、帰還に成功したという勇者の話は聞かない。尤も帰還に成功してもこの世界の人間たちには確認する術はないが。
ある『勇者』は『魔王』を滅ぼした後、元の世界への帰還を前にして仲間に殺された。
ある『魔王』は勇者に滅ぼされる前、愛する臣民である筈の魔族共に生贄同然に人間側に突き出され。
ある『勇者』は志半ばで民衆に投石されて亡くなり。
ある『魔王』は魔族の発展を考えて、新政治を打ち出し廃棄処分にされた。
魔王を討つ寸前まで行った少年勇者もいた。
彼は魔王がまだ製造されていない魔国に単身潜入し、代行である吸血鬼と激しく戦うも、人間たちが彼を使い捨てにした事実を知って翻意したという。
魔王を戦場で打ち破ろうとし、寸前で人質と共に討たれた将である勇者は怨念と共に鎧の魔物となって今も古戦場を彷徨っているという。
魔王と言う存在もまた皮肉な存在だ。
その身は魔導によって産みだされたエルフ女性の身体であり、
禁断の秘儀によって心臓に魔玉を埋め込まれて絶対君主として振る舞うがその実態はこうだ。
魔王行動三原則
第一条 魔王は魔族に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、魔族に危害を及ぼしてはならない。
第二条 魔王は魔族にあたえられた命令に服従しなければならない。
魔王の持つその全ての命令権は魔族の総意に基づくものでなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 魔王は、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
『完全な魔王』を目指していた魔玉は。狂った。
だが、彼、否彼女には。完全な魔王になるという存在意義があり、逃げられるものではない。
「ならば。完全な魔王になるまえに。なると共に。魔族どもを滅ぼしてやる」
『神聖皇帝』ディーヌスレイトは狂気の笑みを浮かべた。
「魔王を生み出すには人間の命も必要だ」
ニンゲンモ。ホロボシテヤル。
「奢り高ぶる魔族よ。大地に血を振りまき。命たる魔力を浪費し、食いつぶす愚かな人間どもよ。
私を生み出したものよ。私を生み出した世界よ。神々よッ! 魔王の『オリジナル』よッ!
全てだ。全てが。憎い。憎い。憎いのだッ」
死ね。滅べ。嘆け。砕けろ。絶望しろ。憎み殺して消えろ。
この世界ごと、消えてなくなれ。
彼女の呪いは。世界そのもの、世界の法則そのものに向けられていた。
壊れた魔玉である『その存在』。
そしてある日を境に魔族に対して憎悪を向けるようになった勇者である少年は固い絆で結ばれていた。
『憎しみ』という絆で。
彼の者は知っていた。
いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
親友である勇者、『無能』のヒロシを討たれて人知れず嘆くことはあっても魔族を虐げる事の無かった勇者ヒサシがその日を境に魔族の殲滅を誓ったことを。彼にして彼女に対しての協力を惜しまぬようになったのを。
彼の者は魔導で作られた魔玉だ。人の心などない。魔族の魂も無い。
それでも知っていた。水のウンディーネと呼ばれたニンフをヒサシが討ったのちの彼の変化を。
それを一種の愛と呼ぶなら、多分そうなのだということを普段愛を説法するその存在は皮肉にもまだ理解できていなかった。




