夢を見ない夢
さわさわと吹き上げる風が心地よい。
少女はその手に毬を抱き、草の生い茂る丘の上でただ立ち尽くしていた。
風と草花の香りにツンとする鼻。耳に入る風の歌。
「でも、夢」そう。これは夢だと少女は思う。瞳を閉じて舌を出してみる。それでも目は覚めない。醒めないほうが良いのかもしれない。
「起きたら、きっともうみんなはいないから」諦めたようにつぶやく。
そこに近づく影がいた。その影はフラフラヒョコヒョコと実にいい加減な足取りで少女のそばに。
「よっと」少女の脇に青年が座り、勝手に寝転がって呟く。
「生意気にパンツ穿きやがって」下から見上げる青年は愛嬌のある顔立ちで笑う。
少女はそっと毬から手を離すと、毬が風を受けてコロコロ転がりながらどこかへ。
「えっと、手ごろな大きさの石はっと」「こらぁ?! 殺す気かッ?! 俺は今動く鎧じゃねぇぞッ?!」
天に昇った癖に実にマメな動く鎧である。
昇天しても生者に逢いにくるあたりやっぱり死族は変わっている。
「空海さん。昇天したんじゃなかったっけ」「うっさい。天国なんて性に合うか」
困った死族だ。
折角死族の運命に逆らって地獄行きを免れたのに。
「こんな可愛いレディが道に迷っていたら地獄に引きずり込むのもまた亡者の仕事」「昇天してるくせに。というか悪霊じゃないのに出来るわけないじゃん」
くだらないダべリングを続けながら、
適当に腰かけた少女と寝転んで空を見上げる元動く鎧。
彼が何故夢見に出てきたのか。
虫の知らせや直感のようなものがあったのだろうか。
少女は言葉が唇から勝手に漏れ出したのを感じた。
その声は少し震えていた。
「桔梗さんと躯さん、朝起きたら多分いないと思う」「そっか」「そっちに行ったら宜しく。私ももうすぐ行くし」「嬢はダメだ」「どうして」風が一際強く吹く。
「どうしてよ。連れて行ってよ」
涙を流すことも出来ない少女の額をゴシゴシと撫でる元動く鎧は穏やかな笑みを浮かべる。
「お前のその空っぽの胸に詰め込む夢が見つかって、それが大きく花開いて、その花が広がって行って、それからずっとしたら考えてやってもいい」
そういってとぼける青年の脛を軽く蹴る少女と大げさに痛がる元動く鎧。
「こら、私の毬を何処に放りだしているのよ」毬を胸に抱いた吸血鬼の少女と、彼女に大きな日傘をさす人造人間の少女が遠く微笑んでいる。
「むぅ。残念無念。今夜は三人でシチューの予定だったのに」「桔梗様は相変わらず計画性がありませんよね。わたくしがついていないと不安で仕方ありません」じゃれ合う彼女たちに走り寄ろうとする少女の肩を掴む青年。
「行くな」「どうして」抗議する少女に空海はつぶやく。
「あっちに目を向けるな」
そういって大柄な身体で少女を覆いかくす。
徐々に遠ざかっていく少女たちの笑い声を耳朶におさめながら彼女は何度も友人二人の名前を叫んだ。
叫んで、叫んで、目が覚めた。
部屋には誰もいない。
部屋の中央に捨てた筈の一枚の絵。
何処からか転がってきた一つの毬。
少女は夢の内容は覚えていなかったが、
彼女の胸に広がる寂しさは消えることは無かった。