光の王子
「ゼーゲン。『魔族共の食事』はさぞ美味しかったでしょう」
王族の青年、ゼーゲンは微笑みを絶やさない。
この程度の嫌味など大したことはない。例え人間の世界で魔族の食事が人肉を差す言葉であっても。
バルラーン絶対領域をめぐる攻防の序盤で水魔将ウンディーネに倒され捕虜になった彼は多額の賠償金と引き換えに人間の軍にかえされた。
「しかし、一六〇〇〇〇の兵を失うとはな」「父上は残念でしたな」
あの父は欲にかられて兵を損失させたのだから万死に値する。それよりも。
「虜囚となって何も出来なかったわが身を呪う」
欲に駆られたとはいえ兵たちが逃げ場を失い、あの魔王に『聖なる経典(魔王への服従)か死か』を迫られている間、自らは『無限の客室』にて不自由のない暮らしを送っていた。精神的には不自由だらけだったが。
「神聖皇帝、反撃の目途は無いのか」「今は不貞魔族が夜に乗じて好き放題だな」
武装解除され、魔族が用意した調停案に乗るしかない状態だという。
「切り札の騎兵隊も使えないまま魔族の奴隷になるとは」歯ぎしりをして悔しがるゼーゲンに神聖皇帝はまたも嫌味を言う。
「水魔将の色香に惑わされたのではないのか」と。
「へっ?! 」思わず変な声を出してしまった。王族とは思えない子供っぽさであるが彼は優秀とはいえまだ若輩だ。
正直、確かにあの水魔将は囚われの彼によくしてくれたとは思うが。
絶世の美女と呼ばれ、水の魔女と恐れられる『水のウンディーネ』。その実態を知る者は少ない。遭遇した者は皆死ぬからだと言われている。言われていたからだが。
「色香……。ぷっ。ふははあっははははっ?! 」
大笑いしてしまうゼーゲン。
由紀子の見た目は小学生そのものである。ゼーゲンの好みではない。
そのことを伝えると神聖皇帝は真鍮の仮面を揺らした。首を振っているのである。
神性皇帝の指先がすっとのびる。かつて宗教的に人間の国々を統一していた伝統国家を治める彼または彼女は今でも国々の王を形式的ながら任命する権限を持っている。
その偉大なる神聖皇帝が言葉を放つ。
「その『子供』共はなんだ」「ついてきた」
頭を抱えるゼーゲン。その頭を不遜にもぺたぺた触って労わる子供たち。
「その『子供たち』は魔族でも最も危険とされる諜報能力に優れた種族」
ゼーゲンにぴったりくっついて離れない『子供たち』は神聖皇帝の指摘を受けて嫌そうに首を左右に振ってみせた。
……。
……。
「本当に、本当に騒がしかった」「だな……」
苦言を放つ神聖皇帝に憔悴した様子のゼーゲン。
「『子供たち』に好かれる者は因果律に愛されるというがな」「勘弁してくれ」嫌いじゃないが。
「ヒサシには死んでもらう」「そうか。彼は勿体ないな」
本来ならばヒサシの位置にゼーゲンが居た筈だ。
しかしかの『勇者』たちは彼よりも遠く声を響かせ、彼より慕われ、彼より強い。
王としても未熟ながらも優れた才覚を見せる。チート能力などと言われるだけの事はある。
「もっとも、真の意味で王になる資格があったのは博史殿だな」「奴は『無能』だったが、素の素質に優れていたからな」
死んだ者の事を語っても今は益がない。今後の事を語るべきだ。
「つまり、勇者殿には暗殺者になってもらうわけか」「そうだ。そもそも奴らが『自らの手で戦え』などと煽らなければこれほどの損害にはならなかった。彼には相応の償いであろう?」
ゼーゲンは思う。
「勝手に拉致して、兵器として、暗殺者として使おうと思ったのは我らだ」その言葉を飲み込んで呟く。「今後はどうする」「手はまだある。案ずるな」
その案、神聖皇帝自身や自らも駒の一つなのであろう。
では『指し手』は。この局で我らの『指し手』は誰なのだ。ゼーゲンは思う。
この戦いは自らの意志でありながらもっと大きな意志があるのではないか。
ゼーゲンは王族でありながら時々そのような妄想を抱いてしまうのだ。