『水の魔女』
何故こうなったのか。また人間たちはどうして略奪者から魔王に命乞いをすることとなったのか。結論だけ言えば魔都は救われることは無かった。
押し寄せる人間どもは一六〇〇〇〇の略奪者となって魔都に攻め入ってきた。ここまでは解る。皆理解できる範囲だ。
魔都を守るべき魔将たちはこともあろうに戦うことを放棄し、民を魔王城に逃がしてするに任せた。
あろうことか四つの『門』たちに抵抗することなく主要地域に飛ばさせるというおまけつきで。
一六〇〇〇〇の略奪者たちは無人の華やかな魔都に踏み込み略奪し酒を煽り食料を喰らい破壊を楽しんだ。
女は何処だと騒ぎながら、彼らは評判高い魔族の娘を求めて街の奥へと入っていく。
そこに魔将たちが炎を放った。
略奪をほしいままにしていた愚か者共は欲望と共に炎に巻かれ、風に煽られて逃げまどい、港湾地域に向かったものは逆に大きな炎の壁に阻まれる。
「水が近いのに炎があるのか」と人間たちの多くは叫んだが魔将の炎は可燃物が無くても機能する。力の殆どを使うが。
略奪者たちの暴挙に怒りを抱いていた魔族たちはいつしか自分たちの膝が震えている事実に気付いた。
目の前で人間どもが都市ごと焼かれていく。根こそぎ。ごっそりと。
あれほどの数と猛威を誇った敵は一夜にして消え去った。
四天王の真価は戦闘能力ではない。指揮能力でも人望でもない。
地水火風。戦場そのものを操り、有利な状況を作るその能力だ。
そして今代の四天王は最も有効にその力を使い切った。
水魔将は海軍をよく使い、海での戦いで人間を寄せ付けず、土魔将はその陣地構築能力と地形変更能力を駆使して寡兵を何度も覆して魔都をまもりつづけた。
炎魔将や風魔将の力は押し寄せる攻城兵器を焼き払い、飛来する敵の飛び道具を無力化して戦い抜いた。
何より今代の魔将たちは一致団結して人間たちに立ち向かったという点も大きい。
それは一人の人間の少女が『水のウンディーネ』になったことが大きな理由だった。
魔将としては最弱であった人間の少女は政治的に対立していた四魔将の心を一致させ、軍政を整え、人間たちに一歩も譲らない近代的軍を作る切っ掛けになったのだ。
近代戦争における大きな変化は死者の数だ。
かつて剣を取り、名乗りを名乗り合い、強者の一騎打ちで決していた戦争は参戦者の数は多くとも死者は少なかった。しかし。
「化け物だ」「魔女だ」「ウンディーネ様恐るべし」味方の魔族たちですらこれほどの敵を虐殺する結果になるとは予測だにできなかった。
確かに一六〇〇〇〇の敵から魔族を守るためには一六〇〇〇〇の敵を撃退するしかない。だからといって皆殺しになるような戦争はこの世界、この時代には無かった。
由紀子はこの世界で最も人命を奪った将になってしまったのだ。
虐殺や略奪を嫌い、あるいは後方支援を主任務とするため泣く泣く都市攻撃を断念した人間たちは味方が魔都に放ったと思われた炎が計画的に友軍を追いつめ追い立て魔王城に向かわせる姿を見ていた。
ただ、震え、脅えながら黙って見ていた。
慈悲を乞い、脅えながら略奪者だった人間たちが魔王城の城門の前で松明になっていく姿を遺された人間、魔族たちは黙って見ていた。
震え、脅え、戦慄しながら見ていた。
略奪者たちはいつしか魔族の王である魔王に慈悲を乞い、炎から救ってくれと叫ぶ無力な民に変わっていた。
その変わり身に。その身勝手さに。生にしがみつくその醜さに魔族たちは恐怖した。