機械少女は夢を見る
「何処に行くのですか。躯さん」
荷物らしい荷物などない。
立ち去ろうとした躯は少女の言葉に一瞬身を固めたが寝言と知って安堵のため息をついた。
「ごめんね。私もあなたのことが好きです。でも奪われるのは嫌いです」
捨てられるっていいですよね。彼女は隠し持っていた一枚の絵を部屋に飾る。
沢山の人が握手している絵を見ていると死肉で作られた彼女の心臓すら暖かくなってくるようだ。
「でも、幻」そういって部屋を出る。
「簡単に全てを捨てられるほど私たちは短く生きていないのですよ」
嫌な思い出しかない。それでも捨てられない。
羨ましいですよね。
そう言いかけて躯は気づく。少女の世界では一〇年は彼女の全てだ。
あの年頃の子供ならば小さな石ころだって思い出の詰まった宝物だろうにと。
「幻なんですよ。私たちはどの世界に行ってもヒトと交わることなどあり得ない」揺れる気持ちなどは躯は感じたことがない。やることは決めた筈なのに後戻りしたい。今なら無かったことに出来る。永遠に嘘をつき続けて。
一瞬だけ未来が透けて見えた。
日光の元パラソルを広げて桔梗が手を叩いて笑っている。
その傍らでワインを注ぎながら試合の様子を盗み見る彼女。
その中央ではかつて少女だった娘が跳ねて遠くまで球を投げる。
「3Pいっちゃえ!!」魔族の男の子と人間の女の子が叫ぶ。
「桔梗さんッ 躯さんッ 」パチパチと手を叩く自分に抱き付くかつての少女にぶうたれる桔梗。
「なんで私じゃないの」「崩れているじゃないですか」喉が震えている。自分が笑っているのだと気づく。
幸せそうだ。実際幸せなのだろう。未来の私は。
そして胸に刺さった見えない棘に永遠に苛まれる。主人を裏切って友を裏切っていた事実を隠蔽した記憶と共に。
「私は、躯が一番大事だよ」
炎に包まれながら、彼女の主人はそう言ってくれた。
はじめて会ったときは敵同士だった。幾何の将を倒し、魔王を倒すために作られた彼女と玉座を守る少女は敵として会合した。
「倒されるのは嫌。キミを殺すのはもっと嫌」「殺す? 私は死にません。生きてもいないのですから」「じゃ、私の元にいたら生きられるよ? 」
意味が解らない。さっさと滅ぼすべきだという機械の心に抗う何かを感じた。
「おいでおいで~。今日からキミは私のトモダチだよ~」
記憶に残るその掌と自らに差し向けられた手を見比べる。変わっていないですね。貴女はと思う。
「(ああ。あの子が心配でございます)」
自分の心の中に生まれた不思議な感覚に戸惑う。
彼女の世界には桔梗しかなかった筈なのに。
自分の身体が肉片となって消えていくのを感じる。主人の身体が灰となって風に舞って行くのが解る。
『滅びたくない』そう思うことが出来た。
ああ。解った。滅びたくないと思うことは醜いと思っていた。それは嬉しい事だったのだ。
同じ思いを持つ主人と共に滅べるならなお嬉しさは増す。
有難うございます。その言葉を彼女は告げることが出来ない。
でも、いつかは伝えたい。いつかは。
いつかは。
永遠に夢を見る。
『いつか』