アナタのことが嫌いです
「おはよう。ゆうちゃん。ごはん」
少女を包むは暖かな毛布と滑らかな絹のシーツ。
太陽の香りが鼻腔から喉元を刺激し微睡みと夢の世界から彼女を引きはがしていく。
「おはようございます。此渓様」現実の世界に。
寝ぼけなまこだった少女の表情が徐々に変わっていく。
あの藁のベッドではない。食事当番の日をサボって寝ようとするデュラハンの少女は隣に寝ていない。滑らかなシーツの絹の上品な手触りが却って冷たさを感じた。
「そっか」ゆうちゃんは空に還ったんだ。
虚ろな瞳の少女を気遣い、人造人間の娘である躯はあえて何も言わない。
「躯さん」「なんでしょうか」「なんでもない」
うなだれて呟く少女に躯は家事の手を止め、穏やかな笑みを向ける。
すっとその身体は少女の寝ていた寝台に。
豊かな白い胸は自重と柔らかい寝台の間で柔らかく沈む。
「主の寝台に許可なく潜り込むのは不遜ですが桔梗様もお許しくださるでしょう」そういって少女を手招きする。
首を振る少女をほとんど強引に寝台に引き込み、優しく抱きしめる。
「裕子様と違って私には体温はほとんどありませんので、不愉快かもしれませんが」冷たい躯の体温。だけど気遣いを感じる。
「うん。そんなことないよ。ありがとう御座います」
躯の肌は冷たいがその手は柔らかくて滑らかだ。
「ゆうちゃ……ごめんなさい」「いいえ。構いませんよ」思わず漏らした言葉にも躯は優しい。
心臓の音が聞こえない。剣タコのある手ではない。
「わたし。わかったんです」少女はつぶやく。
彼女にとって家族と言うのはあまりいい思い出は無い。
それでもあの粗忽な娘や勇征は彼女にとって『家族』だった。
ゾンビマスターこと芳一や水奈子も。
「私、二度も」躯の腕の力が強まる。二度も家族を喪った。
「三度でも四度でもいいじゃないですか」その細いが強い腕は不愉快ではない。だがこの腕が離れて行ってしまったら。そう思うと踏み切れない。知らなければ良かった。暖かさは逆に残酷さを伴う。
少女の瞳から熱いものがこぼれてくる。「無理だよ」
最初の家族には捨てられ、魔都にきて初めて魔族であるはずの人々から人のぬくもりをしった少女。
「家族って良いものって実感できなかった」「私たちは人造人間と吸血鬼です。血のつながりもありませんし親も兄弟も知りません。それでもいいではないですか」
そういって彼女を励ます躯に少女はかぶりをふる。
「無理だよ。躯さんは私の事、嫌いでしょ」
その言葉にはっと目を見開く躯。
しばしうわごとを漏らす躯はなんとか言葉を紡ぐ。
「桔梗様のご友人に対して誠に不遜ながらわたくしも貴女様のことを友人と思っています」「それは本当だとおもう。でも本音を言ってほしい」この娘が聡いことを躯は忘れていた。もう少しこの娘が愚かなら主もこの娘も幸せを感じたのだろうか。
「ええ。嫌いです」そういって彼女は少女の額に軽くキスをした。
「私から桔梗様を奪うヒトは、皆嫌いです」