天架ける橋を見上げて
青年。否、少年は空を見上げていた。
仲間と認めたくはない横暴な連中だったが、その境遇は同じであり矢張り『仲間』だったと言わざるを得ない彼らの事を。
少年は空を見上げ、天に架かった橋のように輝く『輪』を眺める。
戦争と言うが戦にも決まりがあり、人間の軍は夕方になれば一旦引き上げる。夜目の効く魔族に夜襲を挑むことは極めて無謀だからだ。
『戦士』エアデ。
自らの強大な力に酔い、増長し、捕虜を過度に虐待し、味方でも異性ならば魅了能力を駆使して好き放題を行い、性欲に忠実に動く木偶と貸し粛清した。
少年の歩みは思いのほかしっかりしており、
各々の天幕で騒ぐ一般兵が彼に気付き、ある者は襟を正し、ある者は身分を超えて親しく話しかけてくれる。
『忍者』ツェーレ。
味方殺しの戦士にして通称『涙のツェーレ』。この女については限りなく子供っぽく振る舞う自称大人の女で、男漁りも酷いものがあった。
結論的に彼女もまた何者かによって討たれた。一説によれば水魔将・ウンディーネによって敵の攻撃を無効にして一方的に攻撃できる実体を持つ分身を破られて倒されたと言われているが、残された死骸は醜い肉片であった。
彼は『勇者』の一人である。人間たちの英雄であり兵器である。
しかし彼は。彼自身は人間の親切、まごころを彼は本質的に理解することも信じることも出来ない自らの境遇を呪う。
微笑むだけで異性を魅了し、付け焼刃の知識を揮えば何故か確実に効果がある自らの身の上を。『勇者』としての身の上を。
同じ思いを共有していた親友、『無能の』博志はもういない。
最強と呼ばれた『僧侶』ヴィントは既にいない。
神の加護を自在に操り、自らを神と称した男は最後はその神に見切られ敵の起こした大津波と共に海の藻屑になった。
最後に残った彼、久と『魔導士』フランメすら。
「あ~あ。死んだ死んだ」そういえばあの娘に女の子と言ってあげられなかったな。
彼は勤めて明るく『笑う』。
それだけで皆が喜ぶなら、それだけで人々が悲しみを忘れるならば易いものだ。
涙を流して震えていた魔族の捕虜たちは大きく口を開けてぽかんとしている。
魔力を奪う奴隷の首輪と鎖が痛々しい。それでも彼の本陣に居れば虐待はされない。
彼らは事前に逃がされた女子供を除き、魔都が滅ぶ前に魔族の血を絶やさぬためと称して敵将、水魔将が魔都から逃がした人々だ。
彼らが手に持っているもの。
『魔王様激loveにゅーす 特別記事 訃報:敵味方から慕われた勇者ヒサシ城壁と共に死亡?! 死体確認できず』と書かれたチラシ。
私物を認めていない筈の彼らがそういったものを握っているのはおかしいのだが。後で入手経路を調べるべきであろう。
「ヒサシ……様??!」彼の世話をしている魔族の少年少女が叫ぶ。
「お前ら泣いちゃってどうしたのさ?」人々は知らない。彼は彼に惚れた異性の命と引き換えに死なずに済む能力を持っていること、その異性の力をその際に得ることが出来ることを。
彼は勤めて明るく笑い、心の中で涙を流す。
「オズワルド。お前とのチェスの続きはお預けだな」
そういって自らの天幕に戻ると男性か女性か解らない容貌の金の仮面をつけた人物が待っていた。
今の人間の軍は彼、久。そして彼もしくは彼女、『神聖皇帝』のツートップでの微妙な権力争いの危ういバランスを維持しつつ保たれている。
「魔族を囲うとは魔族が憎い、全て殺すという貴様には似合わぬ甘さだな」「俺は過度に捕虜は虐待しないのでな」「ふ。投石機の弾丸には程よいからな」神聖皇帝の嫌味に目を細めるヒサシ。
「何しに来た」「チェスの続きをオズワルドの代わりに勤めにね」「あんな端っぱの名前を貴様が覚えていたとはな」「ふふふ。『勿論だとも』」
強がる彼を見透かしたように仮面越しに見つめる神聖皇帝。
「というか、お前とチェスなんて」「良いではないか、キミの生還祝いだ」
彼らは席に着き、深夜まで駒を動かし続けた。
この世界の人々は信じている。人々の魂は天を架ける橋である『輪』を使って天に昇り、星になるのだと。