『裕子』
「今、寝言が聞こえた気がするな」
耳垢をほじりながらオズワルドは口を大きく開けた。
その口元から声ならぬ声が指向性をもって放たれ、娘の周囲を、彼女の鎧を砕き、皮膚を沸騰させていく。
本気の一撃を受けて消し飛ぶ筈だったその身体は、耐えた。
「お前、誰だ」鬱陶しそうにつぶやくオズワルドにその身体の主は告げる。
『裕子』と。またはクローディア。捨てた名前だと。
ぐつぐつと沸騰していた肌がまた泡立つ。
黒く焦げていた肌が聖なる光を受けて再生していく。装甲版の欠片が浮き、再結集していく。
その女性の顔立ちはけして美しいとは言えない。優しそうな笑みは魅力的だが凡庸さを際立たせてもいる。
砕けた脚は大地を踏みしめ、右腕はしっかりと大剣を握りしめ、左手には輝く『盾』を持ってその女性はつぶやく。
「帰りなさい。今なら許してあげるわ」「莫迦か」
裂帛の気合を入れて撃ち込まれた鎖は吹き飛び、白く輝く剣を持った女性が微笑む。
「クローディア」いつの間にか女性のそばに立っていた薄い金の髪の乙女が呟く。
それを受けて女性はつぶやく。「セリシア」と。
びきびきとオズワルドの顔が筋肉と筋で膨れ上がり、肉体が鎧を砕いていく。
大きな蜥蜴ににた魔物の姿になっていくオズワルドを二人の娘は微笑みながら見守る。
白いワンピースをなびかせて金の髪の娘が呟く。『汝は邪悪なり』。
白い剣を抜き、女性にしては短い髪の凡庸な顔立ちの乙女が叫ぶ。
「正義の刃により選べ。罪を償う道か、罪の炎に焼かれる道か」「我らデュラハン。正義の騎士なり!! 」
乙女たちの叫びに蜥蜴の魔物があざ笑う。
「魔族の癖に正義だぁ?! 寝言はヒィヒィ言うときだけにしてろッ! 」
少女は急に自らを縛る力が消えて戸惑う。
身体にかかる熱い滴りは肉を焼き、骨を汚す。
「大丈夫? 」金の髪の乙女に抱きしめられ、戸惑う少女。
ぼとりと落ちた敵の腕から大量に注がれた毒の血もショックだったが、突如現れた二人の乙女たちのほうが驚きだ。
凡庸な顔立ちの魅力的な表情の乙女は剣を手にオズワルドだった蜥蜴の魔物と打ち合う。
その蜥蜴は徐々に竜の姿へと変貌していく。
時々吐き出される音響の吐息を盾で打ち砕き、白い剣を赤く染めて乙女は戦う。
「あのひと」ゆうちゃん? 声が出ない。
生臭い血の臭いと唾液の穢れのついた牙を剣で弾き、
蛆も死ぬような毒の爪を盾で砕き、瓦礫を白く輝く鉄靴で蹴り飛ばして乙女は剣を振い、小型の竜を攻撃する。
棘のついた尻尾が彼女に巻きついて締め上げる。それをみた少女は顔を青ざめさせ、金の髪の乙女は顔をゆがめた。
「調子に乗るなッ 小娘ッ 」オズワルドの声が響く。
『本気』の音響攻撃は周囲を砕き、建物を瓦解させていくが少女と少年、犬頭鬼の周囲を青い光が優しく丸く包み、空に浮かせる。
「ゆうちゃんっ ゆうちゃん! 私も戦う! 」宙に浮かびながらも必死で叫ぶ少女を抱きしめて微笑む乙女。剣を持つ乙女と竜は地面に叩きつけられた。
竜は姿を膨らませていく。その尻尾は毒を放ち、周囲を溶かし悪臭を放つ。
締め上げる力は岩をも砕かんとし、乙女の鎧をきしませる。
身動き取れない乙女を何度も瓦礫に叩きつけて竜は勝ち誇るが、乙女の表情は血にまみれ、苦痛にゆがみながらも明るい。
「正義よ。天の神々よ」乙女の祈りが清廉な光となって集う。
「我は願う。雷となりて、希望となりて邪悪を討て」
焦げた臭いと共に閃光が天より落ちた。見開く少女の瞳に悶える竜の姿が映る。
自由になった乙女は素手で悠然と構え、竜を見据える。
「あれって」震える少女の唇。天を呪う邪龍の声。
「神よ。我に立ち上がり、戦う力を」乙女の鎧が、傷がみるみる再生していく。
「神に見捨てられた死族の貴様が、何故神聖魔法を使える!?? 」
乙女は微笑む。「罪を贖わんとするものに神は加護を与える」と嘯いて。
裕子の指先が天に向かってすっと伸びる。
焦げた香りと共に天に向けて光が昇っていく。
『大規模落雷』その光は雲より迸り、裕子たちの頭上で静止した。
少女は振り返る。かつての主人の声を感じて。
都市規模で敵を焼き払う大規模落雷の雷は収束、より力強い光となっていく。
雷より強く熱く、純粋な光へ。
「その術は。『勇者』にしか使えないッ?!」「『勇者』だからだ」
勇征の声と『裕子』たちの声が重なる。
「正義を願う民の祈りよ。集いて邪悪を打ち砕く鋼となれ」
少女は自らが持つ憎しみや呪いがより力強く清らかな気持ちにかわっていくのを感じた。それは恐らく倒れている二人の少年、いやこの街にいる魔族、この外で魔族たちを倒そうと取り囲む人々達からも。
そして皆の祈りのこもった白い光は集い、煌めき、『裕子』の指先に収束していく。
「『祈りの光』」
雷というにはあまりにも強すぎる光と熱と圧を持って収束した『大規模落雷』の力は一点に集い、オズワルドに向けて迸った。