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裏切り。あるいは

 勝てる訳が無い。

裕子はそう思った。力でも負け、魔法は通じず。ニンゲンの身でありながら異能の力まで発揮する。

対する自分は腕の骨が折れ、両脚を砕かれ、頭は何処かに蹴り飛ばされて酷い様だ。

このまま大人しくしていようか。あの時のように。


 恐怖と共に彼女の記憶と心は退行し、今となっては遥か昔の過去に戻っていく。

あの日村を襲った族は男たちを殺し、女たちを言葉に出せない程酷いことをして殺していった。

親友と二人でクローゼットに隠れ、震えていた。

「大丈夫。大丈夫だよ」親友の励ましを受けつつ泣きわめく。

がたっ。人の足音。声を殺して族の通過を待つ彼女たち。

「女の声がしたんだがな」族の足が見える。その足が止まった。

「見つけたぁ♪」クローゼットに迫る。

その時、彼女は自らの掌に強い圧を感じた。

親友を族の前に突き飛ばしたという事実を認識したのはそのままクローゼットを閉じ、立てつけの悪い隙間からすべての成り行きを見終わってからだった。

「ごめんなさい。ごめんなさい」親友がゆっくり殺されていくのをただ口を押え、涙を流して堪える彼女。

かすかに優越感があった。どうがんばっても優しくてかわいくて賢い親友には勝てなかった自分を思いだして。


「ゆうちゃんに触るな」


 少女は這うように進むとオズワルドの足に絡みつく。

彼は情け容赦なく少女を蹴り飛ばす。

「こんなろっ! 」犬頭鬼と少年が噛みつこうとするが、体中が『音響攻撃』で萎えて動くこともままならない。魔法の備えなしに聴覚の優れた魔族が受ければ不意打ちとなって働く。


 オズワルドは顎をさすると笑う。

「餓鬼どもを引き裂いて遊ぶか」と呟く。

かつての少女は耳を押さえ、口を閉ざし親友が動かなくなるのを待っていた。

出来れば自分だけは助かりたいと痛切に思いながらその時を待っていた。

裏切られて絶望の声を上げる親友の声に優越感を感じ、生き残った自分に安堵する。

『本当にそれでいいの? 』


 不思議な声が響く。自分の声であって自分の声ではない。

いや違う。そもそも『自分の声』はどんな声だった? あの首の持ち主、あの美しい声の持ち主は『自分ではない』。


 少女の細い腕を握り、瓦礫の中で哄笑する男。

悔しそうに地面をのたうち、涙を流して吐血する少年たち。

『私は、貴女を見捨てなかったよ。貴女のダメなところも良いところも大好きだったから』

この声の持ち主はクローゼットに隠れた彼女を見ていたが、ついに彼女がクローゼットに居るという言葉は放たずに死んでいった。

「あいつはニンゲンだもん。関係ない」

少女の悲鳴を遠くに聴きながら彼女はつぶやく。

かつての親友、今の首の持ち主の声が脳裏に響く。

『本当に? あなただってニンゲンじゃない』どき。

動かない筈の心臓が動いた。


「クローディア。否。『裕子』」

「セリシア? 」「貴女の名前は何? 」


 それは。なんだったっけ。すごく大事だった気がする。

遠く退行した心は過去の記憶を巡っていく。

名前も記憶も失った日々の事も。人間として親友と花を愛でていた時を。

収穫の喜びを。父祖とふざけ合い、兄妹とじゃれあった日々を。人間だった頃の記憶。魔族として駆け抜けた日々。そして、今へと。


『真の勇気は、恐れを知ること。真の勇気は優しさを失わないこと。

優しさとは如何なる困難の中でも微笑みを守ること。不完全でもいいじゃないですか。罪にのたうっていても良いじゃないですか』


 誰かの声が聞こえる。首を差し出し許しを請う自分に告げる声。

自分に力を与えてくれる非力な少女の力強い声。

「私は。私は」『クローディア! 思い出して! あなたの誓いを。貴女の正義を。貴女の名前を! 』


 動かない腕を無理やり動かし、砕けた足を這いずらせ、芋虫のように動く。

「我が名は。我が名は」


『貴女の名前は裕子です。微笑み、優しい人を目指す人です。それって『正義』って言いませんか』

もう笑えない。笑えないよ。自分はもう笑う資格はない。

『資格なんて言うなッ わたしを殺しておいてッ 』彼女の首から黒い血が噴き出る。

「笑えない。笑えないけど。優しい人になるのを諦めたら」私ではない。

「罪びとよ。その首を手に贖罪の為剣を振え」黒い騎士たちの声が聞こえる。

今まで斬ってきた人々の声が聞こえる。

「裏切りは死を持って、死は微笑みを持って贖え」


 少女の声が聞こえる。「勇征様? 」

「ああっ? 」倒すべき敵の声が聞こえる。

「勇征様の声が聞こえる」「狂ったか? 餓鬼」


 盾を叩く剣の音は葬送曲と共に響き渡り、

鉄靴が飛ばす火花は焦げた香りと共に彼女の脳裏によみがえる。

血の味が告げる。己が業を。「その子を放せ」


 彼女は勤めて微笑み、男に『交渉」を試みる。厳密には脅しだが。

「今なら許してあげる。もうすぐ呪詛術の時間切れで本陣に強制帰還でしょう。このまま帰ればいい」

彼女の『唇』から聖なる言葉が漏れ、彼女の傷を癒していく。

オズワルドは見た。今まで成すすべもなくやられていたデュラハンの娘の首から上に知らない娘の顔が乗っているのを。

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