帰りを待つ者
「ゆうちゃんって粗忽だよね」「誰がだ」
ぶうたれる娘の本来の位置には首が無く、右手に抱いている。
その足元で跳ねる少女はカマドに近づき、薪をくべている。
「マキもないのに『発火魔法』なんて」「お前が悪い」
「でも薪を割る当番ってゆうちゃんだったじゃない」「そうだったか? 」
右手の首を傾けて見せるデュラハンの娘。物凄く滑稽な姿だが彼女は真面目にそうやっているのであって冗談のつもりではない。
にもかかわらず少女は大笑い。「なにそれ。おかしい」「どこが」
裕子からすれば首を傾けるという行為は手で行うものだ。
そもそも首に乗せた状態で下手に首を傾けようものならば転げ落ちる。戦闘時の緊張状態ならばある程度の激しい運動には耐えてくれるが。
ケホケホと灰を顔につけて笑う少女は「本当に『儀式』出来るの? 」と彼女をからかう。
「やったことはないが多分出来るぞ」「すっごく、不安です」
胸を張って虚勢も張ろうとするデュラハンの娘を疑わしげに足元から眺める少女。
「一撃で首を落とさないとダメなんでしょ」「出来るといっておろうが」
「昨日、薪を割るのを何回失敗したっけ」「薪と人間の首を比べるな」
裕子の手に抱かれた生首がダラダラと冷や汗をかきだす。
「軽く刃を埋めてから一気に割ればいいのにカッコつけて剣で割ろうとして」「悪かった。怪我させるところだった」
「研ぎ師を呼ぶデュラハンなんて初めて見た」「……」
少女の視線が裕子の首のない頭を睨む。
そして不機嫌そうな表情が一変。にぱぁと楽しそうに笑ってみせた。
「『儀式』が出来ないなら、できなくてもいいよ」「そんなこと、できるかっ?! 」ムキになって裕子は叫ぶ。
「お前の事は勇征様に頼まれている。『儀式』を代わりに行うのは私だ。他には譲らんぞッ 」「へぇ? 」
やっぱりそうなんだ。それで前線から遠ざけられたの。
そういって視線を落とす少女に思わず口を押えようと自らの生首に手を伸ばし、引っ掴んだ髪でブラブラと暴れる首を指先でついてしまって狼狽える裕子。
「勇征様のこと、好き? ゆうちゃん」「理解しがたい。立派な上官だった」
「騎士の魂に誓って? 」この娘は子供の癖に聡い。
「ああ」「『好き』ってどうとでも解釈できるよねぇ」
少女は追及の手を緩めない。ぶら下がった生首をつんつん。
「で、実際はどうなの? 」「お前はイジワルだ」
意地悪く笑う少女の顔にぶら下がった娘の生首はなんとも言えない表情をしてみせた。
……。
……。
「くたばっちまったか? 生きていたほうが楽しいんだが」
凹んだ胸の装甲版を剥がそうとする男の声を頼りに裕子は手甲で男の頬を殴った。手ごたえと骨が砕ける音。血の香り。
「おう。痛い痛い。あとでもっと痛くて気持ちよくさせてやらねばな」
そういって余裕の残るオズワルドはあえて下がってみせた。
這いずるように手探りで自分の剣を手に取る娘を眺めつつ、生首を遠くに蹴ってみせる。
「目も見えずに声だけで俺を倒せるかぁ? 」
余裕を見せながらオズワルドは裕子が立ち上がるのを待っている。
裕子は剣を手に、眩暈に耐えながら立ち上がった。
「あの歓声が懐かしい」「は? 」
大切な仲間たちがいた。愛する上司がいた。
捕虜とは言え、血袋とは言え心を通わせ、試合場を駈けた者達がいた。
「だが、今は敵だ」裕子は剣を強く握りしめる。
「貴様を討つ。我が名は『裕子』魔王軍第一軍団親衛隊、補給部隊所属」「舐められたもんだな。補給部隊の娘っ子が俺を討てると」
『討つ』。裕子は叫ぶ。
「『儀式』を待つ友がいる。私に未来を託した敬愛する人がいる。私は負けないッ 」
裕子は敵の声を頼りに剣を振り被り、敵将に挑む。